三人の話し合い
「首を折ったり、折られたり、もうナシにしましょう。ね?」
狐面を被った美咲が、むすくれている二人の美咲の間に入っている。
変身した花姫も、影の神も、さっきまでの激情に駆られていまにも美咲に噛み付いてきそうな危うい空気だ。指先がピリピリするような気すらする。
「というかお二人とも、私の容姿なんですからね!? 困りますよ!? 考えてもみてください、目の前で自分が自分に首を折られているときの心境を……!」
「特殊すぎてピンとこないなあ」
「ふうん。うちなんてしょっちゅう見たよ」
プイと花姫が横を向く。
美咲は自分の言葉選びのまずさを反省して、うーーっと唇を噛み、穴に入りたくなった。
そう、昔から間が悪かったり運が悪かったりするのが美咲なのだ。そのせいもあり高校に入るまでろくに心を許せる友達もいなかったし。
影の神がぼやいたとおり、美咲の人生だって見方を変えたらろくでもないだろう。
苦笑してしまう。
「美咲さんなんて、美咲さんなんて、美咲さんなんて〜」
「花姫様、私の指先かじらないでくれます? せめて変身解いてもらっていいです!?」
「あそこで面倒ごとは終わりにできたらよかったのになあ」
「影クンさん、今それ言わないでくれます!? ほら花姫さんがビクってしちゃったから! 私の顔で顰め面やめましょう!」
「くくく首折られる……首折られる……」
「ナシにしようって言ったのに面倒だねえ?」
「ああもう」
怯えて青くなっている美咲、面倒そうに唇を尖らせている美咲、心底困っている本物の美咲。
そして美咲は、二人の美咲を抱きしめた。
「臆病な私も、嫉妬深い私も、逃げグセのある私も、強情な私も。ぜんぶ私です。……認めます。
だからこそ他の誰かに同じ感情を向けられたって、譲ったりできないんですよね。しっくりときました」
「ずるい」
「そうですよ。私もあなたもずるいですね」
美咲の心にストンと言葉が座っている。
ついつい、と影の神が美咲の帯をつまむ。
「ボクが言ったことを認められたから、美咲チャンはこれから強くなれそう??」
「……なります。だって、知ってしまいました。私が、叔母さんと家の環境をどう思っているか。高校三年間、きっと私は我慢できないでしょう。叔母さんも我慢できないはずです。頬を叩かれた以上のことがやってくるはず。
そうだなあ、とりあえず権力のあるところに相談するところから始めます。こんな情けない弱音を聞いてもらうようなところも心当たりはあるから……」
「真里ちゃんとほのかちゃんとか好きだな!」
「影クンさん、さすがに私の心を映しているだけありますよね。尋ねてみることにします」
「対価は対等に──。重い相談にはたくさんのものを払うはずだけど、大丈夫さ。親友が頼ってきたことへの対価とみてくれるんじゃない?」
「ありがとうございます」
ビヨーーーン、と座敷の影に伸びていって、影の神はひそみながら"元の姿"に戻った。ずずずず、ずずずず、とうごめいているのはどうやらお礼を言われて照れたらしい。
もう一人の美咲は俯いていて、ゆっくりと花姫もどきの姿に戻った。
どろりと、腰の下の部分が汚泥になっている。
悪臭が立ちこめる。
「花姫さん大丈夫ですか……いたっ」
バシ!と花姫の手が美咲の顔を横から叩いた。
狐面が吹き飛ぶ。
「乱暴ですよ」
「すまんなあ、今もう手がうまく動いてくれんのや。……影の神様に人の本音を晒されて、それでも前向きなことを言い返すようになった美咲さんが、どんな顔をしているんかって気になってしまってね」
(美咲チャンを守りきれなかったって知れたら彩りの神に叱られるやつーーッ!って影クンさんが暴れてる……)
影と光がめまぐるしく入り乱れるせまい和室で、花姫もどきは、美咲の顔をまっすぐに見ていた。
うっすらとお化粧が施されているのは蚕の着付けのついでだろう。そのおしろいがあってもわかるくらい頬の片方が痛々しく赤い。
けれどそれよりも美咲は、目前の花姫を心配するような苦笑を浮かべていた。
「ずるぅい。なんで今も笑っていられるん?」
「ずーっと怒ってますけれど?」
「え”っっ? そうなん……」
「影クンさんがそんな風に話していたでしょう? ということは、姿を映してもらっていた私の心の底なんです。怒っていたんですね、私、ずっと。きっと。首を絞められたことも、八つ当たりされたことも、譲れって駄々をこねられたことも、私は嫌だったんだなあ」
「……」
しっとりと美咲と花姫が見つめ合う。
影の神がにゅるりと入り込んできた。
「そして嫌ってことを表現できない自分自身に対しても今絶賛イラついてるよね美咲チャンー!? けれどいいよお、人間ってさあいくつになっても赤ちゃんみたいなところあるモン。たった17年で何を完璧にやろうっていうのさ? 詰め込み教育反対! 人生と歯車は紙一重! どーせ人間生きても100歳くらいまで!
たったそれだけの時間でワガママを我慢できないのもワガママの出し方を知らないのも、とーってもよくあることだよ気にしないで生きて。でも繊細さんだから気にしちゃうんだよね、わっかる〜!
そんな君にこれをあげる!」
「……この流れで何を!?」
「お焚き上げ用の緑神の枯れ芽」
「ひたすらに成仏を早めようとしているっ」
自分の姿を映していた後遺症でこんなことになっているのか!? と美咲が影の神を眺める。
意味深な笑みを浮かべている。
いや、冷や汗をかいているようだ。
彩りの神につめよられるのがこわくて成果を急いだのかもしれない。
「成仏したくないいいぃ」
いやいや、と花姫が頭を振る様子は弱々しい。
自分の意思というよりも、人間らしい意思を与えられてしまったから混乱しているのだろう。頭を振るたびに髪の毛先から枯れていって、体はどろりと崩れていく。畳には黒い染みが広がっていく。
「こんな様子のまま居させられませんね……。ここは上位神様が舞う神聖な場所ですし。畳の染みもなんとかしなきゃ」
「美咲チャーン。枯れ芽が腐っちゃった……これは……使えない」
「なんと!」
助けて助けてと言いながら、崩れかけの花姫が美咲の方に手を伸ばしてくる。
その顔がふと叔母の怒りの形相に見えて、美咲はひゅっと息を呑んだ。
でも(助けられる力は私にはないって分かるから、もう、抱え込んだりしないから)
「神様は頼られるのが好きだよ」
影の神のつぶやきが、背中を押してくれた。
「白銀狐!」
「うむ、そこまで」
美咲の背後の障子を勢いよく開けて、覆いかぶさるようにして白銀の衣装を着た沖常が現れる。
この時は沖常というよりも、まさしく「白銀狐」という名がふさわしい美しさであった。
迫ってきていた泥の手のひらは恐れをなしてピタリと止まった。
場が一気に清められ、白銀の光が満ちた。
裏話で、
ここに入る前に本物美咲と沖常は合流していました。そして美咲がまずじっくり話してきたいというので、見守っていた感じです。
影の神はまさにプレッシャー最大限という感じでした。
読んでくださってありがとうございました!