おかしな”何か”になった美咲
「ねえ美咲さん、その声ってあなたのもの?」
つい、というように花姫が尋ねる。
「そうだよ。私の本心です」
「ふぅん……」
ここに来るまでにいろんな世を通ってきたから神様のようなものに変化しているのだろうか? と花姫は考えた。首を絞めているのにあまりにもなめらかに喋る。苦しそうにもしないし。
そんなにも連れ歩いてもらえて妬ましいなあ、と首に力を込める。
ぐにゃりと歪んだ首の感触はなんだか手応えがない。
(これはもう、美咲さんではない何か、かもしれないわ)
美咲さんみたいなもの、と花姫が心の中で皮肉げに呼んだ。
「私はねっ」
美咲がいきおいよく喋る。
「うわっ」と花姫が驚いてしまったくらいだ。
「そんなふうに羨ましがられたって、この場所を譲ってあげようとは思えないんですよ。だっていいところだから。いいものが欲しいのが、人間じゃないですか?」
「それが美咲さんの本心なんや」
「そうです。あなたも、私のいるところが良いなあって思ったから、欲しいんでしょう?」
「うちは今、人間にかぶれているからね」
くつくつと花姫が喉の奥でかなしげに笑い、頷く。
彼岸花を靴の裏で踏みにじって振り返りもしなかった人間そのものになってしまうなんて! 皮肉ねえ皮肉ねえ、と親指をグリグリ動かす。
(……喉の骨の感触ないよねぇ? えっ?)
美咲が息もつかずに口を開く。
「いいところにたどり着けたのはたまたま、生まれつき、偶然に、私の運が良かったからだと思いますよ。けれどそれをどうしてあなたに差し上げなくちゃいけないんでしょうか?
私の人生には良かったことだけなんだって思っていらっしゃいますか? 本当に? 例えば幸せに生きていて、家族を事故で早々に亡くした時の差のつらさ。あなたが花姫から切り捨てられた時のつらさ。あなたの方が悲しいとか、そんなふうに思っていますか? 不毛な比べ方をしてしまったのは人間らしくなったからでしょうか」
「ええぇ、めっちゃ喋るやん……」
「その語り方、叔母さんにちょっと似ていますね」
「わざわざ嫌いなものの名前を出してまでその感想言うん?」
「嫌いではないですよ。苦手で、見捨てられない血の繋がりが悔しいだけです」
「それも美咲さんの本心なんやねえ」
はーー、と花姫がため息をついた。
死んで消えてしまいそうなときに、人は正直になるものだ。
もうその度の生には残すものがないから、怒涛のように吐き出す。後悔も反省も告げて、それを鬼に見つけられて行き先が決まってしまうというのに。
(それでも美咲さんは極楽にゆくのでしょうねえ。この程度なら、ね)
花姫がくつくつ笑って、美咲の喉を締めた手をわずかにゆるめた。
ゲホッと美咲が咳をする。
そして美咲の着物の裾に爪を立てて、蚕婆様が仕立てたうつくしい着物をわずかに引き裂いた。
ぞろりと糸が飛び出した。
……妙にやすっぽくない? と小首を傾げる。
けれどそれ以上に花姫はムカついていた。
「嫌いではないとか言うけれど、嫌って当然やないのあんなもの。それやのにいつまでもいい子ぶっているから叩かれて神様の手も煩わせて、けれどそれが手のかかる子ほど可愛いってねぇ、そんなふうに思ってもらえることが妬ましいのよ。
ほとんどのものがそんな寵愛は受けられない。うちやって欲しいのよ、ちょうだいよ。ちょうだいよ。ちょうだいよっ!! 言っても無理なら、殺してしまって成り代わろうか」
花姫の見た目がズルズルと変わっていき、美咲とよく似た容姿になる。
けれどどれだけ造形を真似ても、ぎゅっと卑屈に寄せられた眉根であったり、歪んだ口元であったりと「あの」美咲にはなることができない。
わかっていたから花姫は化粧室にある鏡を見なかった。
「そのわがままを全部受け止めて、っていうんですね?」
駄々にウンザリしたような声だった。
しめしめ、と花姫は思った。
美咲だって人間なのだからもっとどす黒いものを吐き出したっていいのだ。吐き出せ。言って自分と同じところまで堕ちてしまえ。幻滅されてしまえ。
だってこのままだと美咲が神様みたいで、花姫のほうが人間みたいじゃないか。
「そういうこともできますよ。もしも私が神様ならね」
ゾワリ、とした。
美咲が本当に、神様になろうとしているのかと思って。
神様というのは受け皿だ。人の願いを受け止めて、叶えたり見守ったりする。
人間よりも、木っ端の花姫もどきよりも、もっと上にあるものだと。
「いやよ」
花姫が震える声で言って、美咲の首をぎゅうっと締めた。
「一緒に堕ちてほしいのよ。どうして、すぐ近くにいるのにあなただけいい思いをするのよ。うちだって幸せになりたいのに。どうしてどうしてどうして!!」
「幸せに気付けるかどうか、なんですって」
美咲がそんなふうに言って、最後までいい子ぶろうとするので、もう見ていられなくて、花姫は手に力を込めて、ポキリと細い首を歪めた。
それなのにまだ美咲は生きている。
いや、首からもやもやと影のようなものが溢れ出てきている。
花姫が真っ青になってズルズル後退すると、おぞましい造形になっている美咲がそのまま覆いかぶさってきて首に手をかけてきた。
ポキリ、と折られることは花姫にとって一番の恐怖だ。
「いやああああああっ!?」
「それをわかっていて相手にはやるんだから──人間って、愚かでいじらしくて目が離せないんだよねえ」
「そこまでーーーーっ」
障子が開いて、もう一人の乱入。
ここには三人の美咲。
何か、といえば、飛びこんできた美咲と、変身していた花姫と、同じく変身していた影の神、という組み合わせだったのだ。
三者三様の表情をしていた。
花姫もどきの企みに気付いて、その本心を語らせてしまおうと、影の神があらかじめささやいていたのだった。
読んでくださってありがとうございました!
ちょっとふわふわした話になりましたね。
明日も更新します。
応援してくださる皆様へ、ありがとう₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑