首に手をかけた花姫
(花姫視点)
美咲という娘を見つけたのは、お狐様の雑貨店に通じる道を走り抜けていったから。
その先に何があるのか知っていて、あんなに嬉しそうな顔をしているのだとわかった。
白くてきれいな頬はほわりと染まっていて。丁寧にまとめられた一つ結びの髪には柘植櫛の神気をまとい、なんだか神々しい微笑みで。
セーラー服のみだれを気にするしぐさに恋をみて、なんて可愛らしいのかしらねとこちらまでときめいた。
……うちはといえば、通り道を見下ろす場所にある朽ちた祠の隅に咲く彼岸花。
そして彼女の家の隣にひっそりと咲く彼岸花。
またはコンクリートが割れたところに小さく咲く彼岸花。
そのあたりの”弱い”彼岸花群であり、まとめて切り捨てられたものが、うち。
花姫たちは一種類の花の象徴。
神様であるために、自分たちの中の弱い部分を切り捨てている。切り捨てられて黒い泥となった花姫の名残は、下位の世のもっと下に堕ちていって、やがて腐って土地を肥やす肥料となる。だってうちらは花やから。
けれど世界の一部になってしまう前に、お狐様たちが”そこ”を通りかかった。
うちは引き摺られるようにして、そのひらめく布地の端っこにしがみついた。
何に引き摺られたかって、美咲さんにまとわりついとった”念”や。
べっとりしとって陰湿で。文句と愚痴をまとめたような。ほんの一人の人間が抱くにしてはちょっとしんどいくらいの悪意。けして珍しくはないものやけど、そんなのもの程度が下位の世にまでついてきたから、くすぶっていた”あかん下級神”をたくさん引きつけていた。
いや、下下下下下級神もどき、かな。
──うちらはもう神様ではないんやから。
そんなふうに諦めとったのに、人間の悪意というものはうちらの気持ちのもう片方を刺激する。
うちらやってもっと注目されても良かったのに。
うちらがもっと大事にされなかったのはなんでなん?
栄えるものあれば廃るものあり、ならば栄えるほうでありたいやんか。
其処退け、其処退け、うらめしや…………
初めてやってきた上位の世で、美咲さんはあまりに大事にされていた。神々にちやほやとされて、叩かれたという頬にはお狐様が狐面をかぶしてあげて守ってる。
落ち込んでいたら励ましてもらって、ちょっとあまりにもずるいんやない?
其処退け、其処退け、うらめしや……
緑神様の香を焚いたというのに、まだうちらみたいな神もどきの身体が残っているやなんて、人間の執念はおそろしいねえ。
キシキシと髪が傷んで花弁が枯れていて、それを「美咲さんのせいで」ってなすりつけて念を増すことも出来てしまう。ああ愚かねえ。
大広間でいろんな方々におだやかに癒されていく美咲さんを見ているのがもう我慢できなくってね、上位神様たちに触れていただこうとしていた美咲さんの手をとって、うちが連れ出した。
あなたも人間やもの、愚かに決まっているわよねえ。
二人きりで狭い化粧室で、何もされやんと思ったん?
うちらは神様だろうから大丈夫やと思ったん?
残念、もう神様ではなかったから人間みたいに酷いんよ。
美咲さんの首にそうっと手をかける。
うちの中から声がする。
うちを巻き込んだあの念はたしか、美咲さんの叔母のものやったっけ?
──優遇されることが当然だと思っているその顔がずっと憎たらしかった。姉も娘も、あたたかい家庭というものを当たり前のように享受している。たまたま生まれてきたときに可愛らしくて、可愛がられたから愛想がよく育っただけのくせに。笑顔を向けたら周りが同じものを返してくれるのは、お前たちが恵まれていたからだ。
──あたしは二番目に生まれて損だった。なんでも姉のお下がりだったし、あたしが下手なことを姉は上手くやるのがむかついた。五歳の年の差がでかいのは幼い頃だけだと思っていたら、成長してもそのまんま姉は器用であたしは不器用。神様は不公平だ!
──あたしは気をつけて機嫌を良くしていないと笑顔なんて保てないのに、姉は当たり前のようにいつも機嫌がよく笑っていてそれがまた良い縁を呼ぶらしい。不公平だ。不公平だ、不公平だ、不公平だ!
ずるい、ずるい、ずるい!
──生まれたときからずっと運が良かったのだから途中で死んじまったのね。その幸運をもらってあげる。お金も、機嫌よくいられる生活も、質のいい家族も、あたしによこしやがれ。
ああ逆恨み。ああ愚かねえ。
「ごめんなさいねえ美咲さん。でもどうしようもなく妬ましいのよ。心も体も朽ちていくときにね、どんなことを思うかによってその者の魂が地獄にゆくか、極楽にゆくか、選ばれるのって知ってた? うちはきっとあなたの叔母に引き摺られて地獄行きよ。あなたはどんなことを思っているのかしらねえ……」
美咲さんの首がゆっくりと締まっていく。
不思議と抵抗しないのは、血の繋がった叔母の本心を聞いて驚いてしまったからかしら?
ああきれいね美咲さん、お花みたい。
摘んでしまいましょうね。
けれどどうしてかしら。
美咲さんはまるで苦しそうでもなくて、うちはなんだか人の首を絞めているような感じがしなくって。
「それがあなたのお気持ちだったんですね?」
こんな声やったかしら……?
読んでくださってありがとうございました!
しばらく連続更新して、11月中にまとめます〜〜!