人間と神様
宴の控えの大広間は緑を焚いたいい香りに包まれていた。
障子をからりと開けると(緑坊主が勢いよく開けてしまって風神にたしなめられている)外に香りが流れていった。
「わあ」
思わず声をあげた美咲。
障子の向こう側はみごとな木で造られた”せりだす”ような舞台。
(清水の舞台、ってこんな感じだったかも。でもそれより広そう。それに……!)
青空。
すっきりと晴れた青い空がそのまま目前に広がっているのだ。
この上位神のいる場所は、黄泉の国から登って登って登って──長い階段のさらに上に在る。
心も清められるような光景にさわやかな緑の香り、神様たちのあたたかい眼差し。
(聞いた? 今の声聞いた!?)
(驚いちゃって可愛らしいのお〜〜)
(こういう反応人間に求めてた。すっごいよかった。人間が感動するときの表情大好き)
…………大変あたたかい眼差し。
「すごくいいもの、ですね」
美咲がそう呟いたら真っ先に沖常が寄っていって、とすんと隣に座った。
「いいものだろう?」
「はい!」
そのまま外まで駆けていった緑坊主が踊るように空にいる。
祭り用のひらりとした豪華な装束をそよがせて、浮遊してはそよ風を生み出してこの本堂を包んでおり、しっかりと浄化しているのだ。
勝手に飛び出していった息子を叱ろうとした風神が、思わぬ働きを見せたことをみてその勢いをなくしそっと鼻から息を吐いた。
畳から初夏の濃い緑の芽吹きが生まれる。
しばらく心地いい沈黙が流れていた。
ジリリリリリリリ!
「あああ。ここにも目覚まし時計持ち込んでたのよネ」
「なにそれ」
「なにそれ」
「えへん」
紫陽花姫が得意げにしている。
上位神様ともなると神社に祭り上げられて境内の中のことしか知らない者もいる。人の世はものすごい勢いで変わっていくので、あれもこれも珍しいことばかりなのだ。とある神はつい最近ポケベルを知ったらしい。
「おっとこんなところにスマホが」
「彩りの神、それなにぃ……!?」
「また今度俺の店においで。教えてあげよう。それに綺麗に飾り付けをしてあるから店内を見るのも楽しいと思うぞ」
「白銀孤があんなに軽快に誘うなんていつぶり?」
「お狐様最近スランプ抜けたらしいのよネ」
ごきげんに沖常の尻尾が揺れて、美咲の膝にぽふんと当たった。
「あ。すまない」
(ふっかふかだ。興奮のためかちょっと膨らんでふっかふかのモフモフだ……!)
美咲はぷるぷる震えながら役得の感動をして「いえいえ」のジェスチャーをしている。
クスリと沖常が笑った。
獣の本能で、なんとなく美咲の状況も正しく察している。
「さて。俺も着替えてこよう。美咲、……んー、一緒に来る?」
「……」
「……」
美咲は理解した。
この場においていくと神々に話しかけられまくるのは目に見えている!
なので紫陽花姫に美咲を頼もうかと思ったところ、特別扱いはしないという約束をしていたなと悩んだ!
自分の側に置いていたほうがいいのではないか?
という流れ、なのだと。
「……ここで待てます。おきつねさんのお洒落、楽しみにしていますからね」
「わかった。一番に見せよう」
(それはもはや特別扱いではありませんか?)
しかし沖常は浮かれているのだ。それはあの尻尾を見ていたらわかる。わっふるわっふるとしている。
狐は喜んでいるときに尻尾をふるタイプなのか?
白銀狐の九尾であればそうなるらしいと美咲は柔軟な学習をした。
沖常は廊下の向こうに消えた。
ここの廊下は複雑に入り組んでおり、本堂面積もたいそう大きく、どこかが着替え部屋にもなっているのだろうと美咲が察する。
梅姫も席を離れたので主役のみ正装をするようだ。
美咲は沖常を見送ったままの姿勢で、固まっている。
背中に神々の視線をたくさん感じているのだ。
神々は先ほどのやり取りを見て、こう思っていた。
(そういうのもっとちょうだい……!)と。人と神の微笑ましいやり取りに和みまくっていた。
先に動いたのは花火の神。
パチパチと弾ける音を出しながら歩き、美咲の正面にやってきた。
「上位にいる人間なのだからもっと自信を持てばいいのに!」
「えーと、自信ですか……」
「そう。ここに在るだけですごい」
「それはもちろんです。誘って下さったおきつねさんのおかげです」
「そういうのもっとちょうだい……!」
「紫陽花姫さん?」
「ふうむ、人間はこのように奥ゆかしいから可愛いのではないか? 一秒ごと、ささやかなことで一喜一憂してたいそう愛嬌があるじゃろう」
「人間のこと見てるの好きだなあオイラ」
「たまに境内ではしゃぐ子どもの癇癪も、それをたしなめる大人の声もよい」
「巡る一生の中にたくさんのものごとを詰め込んで、あんなに面白い生き物ほかにいない」
神様が人のことを好いてくれているのは、沖常を見て知っていた。けれど他の神様もそうであることを感じて、美咲はとてもホッとした。
(ここの神様は上澄みだっておきつねさんも言ってた。感謝されて愛された神様だからこそ人にもそれを返してくれるみなさん)
「ふふ」
「あ、美咲さん笑ったネ」
だから美咲も好意を示したいと、微笑む。
頬はまだ腫れているから仮面をとることができないけれど。
声に目一杯の気持ちを乗せて、柔らかく話すのだ。会話は和やかに弾んだ。
ふと、とある世話焼きの神が聞いた。
「困っていることはないか?」
美咲はどきりとした。
そして胸にじーーんとこみ上げてくるものを感じていた。
自分のことを心配してくれる神様がこんなに身近にいてくださる。悩んでいる時に沖常がきてくれたように、きっと下界を見守ってくれているのだ。
この感動に正直に、答えを選んだ。
「困っていることはあるけど……もう少し頑張ってみたいと思います。お気遣いくださり、ありがとうございます」
「そうかあ」
それ以上は言及されなかった。
神はぱちくりと丸い目で瞬きをして、笑って、丸く大きなお腹を揺らした。
金色の豪華な服がぴちぴちになった。
「自分で乗り越えて手に入れたものはいいよねえ。ひょっこりと与えられた幸運は甘美だが、甘さにとろけてそのまま身を持ちくずす者も多いものなあ」
「もー。福の神は与えすぎちゃうから」
「それが福の神だもの」
ほっほっほ、と笑う「気のいいおじさん風」の彼がまさかの福の神。たいそう徳が高そうだ。
上位の世の奥深さを、美咲はその額を流れる冷や汗に感じたのであった。
空をびゅうっと緑坊主が吹き抜けて、神々の視線がそちらに向かう。
「あら美咲さん。髪に木の芽のかけらが」
「すみません」
「せっかくの結い髪がほつれてしまった。あちらで直して差し上げましょう。さあ……」
花姫のような神が美咲の背を押した。
黒い爪だな、と美咲は思った。
沖常は着替えを終えて、大広間に戻ってくるところだった。
しかしスンと鼻を鳴らして、化粧部屋の障子を開けると、そこは誰もいなかった。しかし気配がする。
「美咲──……?」
読んで下さってありがとうございました!
こんなに神様いるのに誘拐!?!?というところきちんと回収していきますのでご安心ください。
10/10までの冬フェンリル一巻発売記念・連続更新もこなせましたので、
これからお狐様も週1〜3更新しますね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
これからもお楽しみいただけますように!
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