歓迎の神々と緑の枯れ芽
長い廊下を歩きながら神々が思い思いに語る。
みんな話好きなのだ。
それに主役は白銀狐と梅姫なので、本日は観衆として盛り上げる立ち位置でもある。
さっきとびきりの新しいことが舞い込んできたから、話題に事欠かない。
さわさわと木々がざわめくように様々に語る。
そこに幼い泣き声が混ざってくる。
紫陽花姫が感極まったのだ。
美咲の着物の袖にしがみついて離さない。
「お狐様あああ……! 美咲サンを連れてきてくれて、ぐすん、ありがとうネー! 後始末もしっかりネ……?」
「泣いたかと思えば、たくましいな花姫は。もちろん」
「そうよネ。……可憐な芽に水を注いだからには、咲き誇るまで見てあげなくっちゃあ」
ネ! と紫陽花姫は美咲の方を見上げているが、返事に困ってしまうような問いかけである。
美咲はなんとも言えない顔で苦笑しているのだが、狐面越しではわかるはずもない。
「おきつねさん。神様たちの前で狐面は失礼になりますか……?」
「かまわないさ。客なのだし……っと、うん、他の神々も思い想いの格好をしているだろう? 美咲も自由にするといい」
(ちゃんと同等扱いを覚えててくれてる! けれど他の神様たちと同等扱いはきつかった……!)
じろじろと見られて、美咲はドギマギしている。
狐面があってよかったかも、と思う。
いたずらっぽい声の小さな神が尋ねてきた。
「その仮面、中位の世で買ったものだろう? 宴にふさわしいと思っているのかい?」
(自分の意見を尋ねられてるわけだから……)
「はい。いいものですから」
「おおっ」
ぴょこんと小さな神が弾けると、火花が散った。
ギョッとしたけれど、自己紹介を聞いて納得。
火薬の神で、この梅舞の時にだけ上位の世にあがってくる、中位神だそうだ。
そのため狐面を素直に褒めた美咲のことをたいそう気に入ったようだった。
(好かれても、嫌われても、どぎまぎしてしまうなああ……)
「皆の者。この者は美咲というので」
「知ってるよ」
「有名だものな」
「白銀狐様の今代のお気に入りだよね」
「こらこら。【四季堂】の従業員と……というのと、うーん、上位神のお気に入りと、個人的な好意だ」
(苦しい!)
沖常が頑張ってひねり出した「同等扱い」がわりと苦しい内容であり、個人的な行為と言われて美咲の胸が苦しいのでもあり、なんともぐちゃぐちゃの言の葉となった。
龍の姿をした緑神が難しい顔をしている。
大きな龍の顔の眉間がぎゅっと寄っているのだ。
廊下を歩く人型の神々の横に、並行してとても広い廊下が伸びており、龍が通っている。
ものすごい迫力なので美咲もチラチラと横を向いてしまう。ちょうど沖常が話しかけてきたタイミングで、緑神をついでに眺めるという格好だ。
(立派なヒゲ。苔むした鱗がなんだかふわふわして見える。鱗そのものが見えるところは水面みたいにピカピカだ。木の芽が所々に生えてたりツルが絡んでいるのは、緑くんに似てる。ここだけで一つの森みたいな神様なんだなあ……あっ、今、ネズミ親子みたいなのが体を走って行ったけど!?)
それは、失礼にはならないのだろうか?
どう見ても普通の動物親子のようだった。
やはり神様たちには、独自のルールがあるのだろう。まったくお咎めがないのではなく、美咲を連れてくるときの道について沖常がお小言を受けているし、美咲が知らないだけのことがたくさんあるのだ。
(……店に帰ったら、彼岸丸さんに教えてもらおう)
きっと膨大な量になるのだろうが、望むところだった。
沖常に迷惑をかけないため、と思いつつ、それだけの回答にしては自分の心境に違和感があるなあ、と美咲が思っていたときだ。
「美咲ねえちゃん、いらっしゃい」
「緑くん!」
なんと、人型に戻った緑坊主が大きな襖の前で待っていた。
ぱあっと美咲の声が弾む。
「「よかった」」
思わず二人の声が重なり、ころりと笑い声が溢れたのだった。
神々が集う控えの間。
座っている席順などバラバラだ。畳の上に、小さな輪がいくつもできていて、変動している。
神というのはてんで落ち着きがなく、自分がつかさどる現世の様子をつい眺めに行ってしまうために、いつの間にかいないことなどよくある。
全員いるだろうか? という確認をとることは、実はとても重要なのであった。
緑坊主と紫陽花姫に誘われて、美咲は高級和紙を手に、神々の名を確認して回る手伝いをしている。
とはいっても、あまり聞きなれない立場の神の名は、美咲の耳にはぼんやりと音だけ響いて頭で理解できなかった。そのようなものだ、と紫陽花姫は言う。
彼らと同等か上位に当たる緑坊主が、主に筆を動かしている。
(妙な噂になる前に、ふつうの学生だっていうことを、認識してもらえたらいいなあ)
神々から名乗られると、緑坊主がそれを美咲に耳打ちして、そして美咲が深く礼をする。
この流れならば過剰な縁が作られない。狐面と被衣をとろうとするイタズラな神からは二人が守ってくれた。
そうして広間を周っている間に、沖常と緑神の会話が耳に入ってきた。
「緑神様。久しいな」
「白銀狐、そのようにかしこまって呼んでくれるのは我の力増す六月だからか? それともその娘のことで媚を売っているのだろうか?」
「媚は俺の店にはないよ」
「ということだ。──おおい、娘、安心してよいぞ。この白銀狐は、誰に対しても自己犠牲をするような神ではないからな。六月はいつもこのように呼んでいるというだけだ」
「……は、はいっ!?」
急に呼ばれて心配してもいなかった事情を説明された美咲が、うわずった声を出すと、神々がふんわりした声を漏らした。口元を押さえて肩を震わせているものもいる。
(初々し〜〜〜〜!)
(愛い〜〜〜!)
ここにいる神たちは人間が好きである。
かまいたくて仕方がないのをぐっと堪えているくらい。
沖常が、ふう、とわかったようなため息を吐き、尻尾をふわふわと揺らした。
自分が連れてきたいいものが認められて気分がいいはずだけど、なんだろう、このむずっとした心地は。
「……ああそうだ。俺は、下方からここまで大急ぎで登ってきたので」
「うむ?」
「影を“いくつか”引き連れてきてしまってなあ」
広間の端々に、小さな黒いシミがいくつかできている。
びゅうううううう!! と緑神が息を吹くと、神気に当てられた影たちは昇天した。これより先は魂の循環を待つのみとなる。
「白銀狐!」
「そういえばここ最近、負の濁りが濃くなっていたではないか? 清め雲にまかせ切るだけでなく、たまには俺たちも力を貸してやったらどうだろう?」
ひょうひょうと沖常が返事をする。
緑神の叱咤をまるで恐れない。
風に転がって仮面と被衣を押さえていた美咲は、乱れた着物を紫陽花姫に直してもらいながら、最大限に緊張していた。
(おきつねさんんんん!?)
「────」
(緑神様怒ってない? この間、怒ってない?)
無言のまま、緑神の体の芽が枯れ始めた。
(ひいいいっ)
「……おきつねさぁん!」
「おお、美咲。こっちにおいで。緑神の枯れ芽をつむ手伝いをしてくれ」
「なんですかそれー……!?」
「これ? 枯れ芽を砕いて炙ると負の心の循環先がみずみずしくなるんだよ。……ああ……うん、わかった。ほら、他の神々もぼうっとしていないで手伝ってくれるな?」
(同等扱いの請求じゃないですけれど!?)
しかし神々は嫌がるそぶりもなく、嬉々として枯れ芽をつみ始めたので、美咲も始めるしかなかった。
背中の苔にそうっと触って、枯れ芽を根元のほうからちぎっていく。ぷつん、と茎が切れた。根はそのまま体に残っているようで、また生えてくるのかもしれないと思うとわずかにホッとした。
「うむ、重すぎた体が、軽くなっていくわい……」
「清め、舞い、彩りを施したら今年の梅の仕上がりはすばらしくなるだろうなあ」
「お狐様の思いつき、うち、ええなあって思ったよ!」
(……梅姫がそう仰っているなら、大丈夫なのかな?)
さっきの叱咤は、とりあえずやっておかねば面子が保てないためだったのか。
いや案外、沖常を他の神々に咎めさせないためだったかもしれない。
緑神が、緑坊主や沖常を眺める眼差しは、美咲の中にある実の両親のように柔らかくてあたたかいものだったから。
──美咲はそこで、はた、と気づいた。
(緑神からの謝罪とか、梅舞の時間とか、今どうなってるんだっけ?)
あとで説明されることだが、謝罪はいちばん清らかな舞の後と予定されており、梅舞が遅れたときには二倍速で舞うことが決まっている。
それに今、沖常と美咲が導いてきた新しいことに神々は夢中なのだ。
(──まあ、成るように成る、なのかなあ)
おおざっぱな千代のことを美咲は思い出しつつ、枯れ芽を花火で炙った。
この諦めの対応について「肝が座っている」と評価されたことを美咲はまだ知らない。
読んで下さってありがとうございました!
四連休=家庭行事みっちりなので、
感想返信滞っててごめんなさい(。>ㅅ<。)
全部、とても嬉しく読ませてもらっています!
いつもありがとうございます♡
これからも楽しんでいただけますように。