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夕方、小花のヘアピン

「こんにちは」


夕方、美咲は【四季堂】を訪れた。

玄関の招き狐はしばらく反応しなかったが、店内からはドタバタと音が聞こえてきている。


「……いらっしゃい!」


沖常がやっと扉を開けて、美咲を迎えた。

なぜか前髪がクリップで留められている。美咲がまじまじと前髪を見たので、沖常は気まずそうにクリップをつついた。


「……いや……今日はもう来客がないと思っていてな。仮眠していたら、髪に妙なクセがついてしまったんだ」


沖常と狐火はすっかりダラけて過ごしていた。

外出の疲れを癒すためと、美咲の訪問がなくなったと思い込んでのふて寝である。


「お店に[閉店]の看板がかけられていないから、お客が来ちゃいますよ」


「そ、そうだな」


言えない、美咲以外の来客は眼中になかったので店を空間隔離していて、返事をするつもりもなかったなんて。


「今日はいつもの袴姿ではなくて、お着物なんですね。初めて見ました」


「外出で少し汗をかいたから、部屋着でくつろいでいたんだよ。あっ」


沖常が気まずそうに頬をかく。


「ふふっ」


美咲は小さく笑った。

実は少し緊張していたのだが、いい感じに毒気を抜かれた。


「沖常さん、これを使って下さい」


美咲がカバンから取り出したのは、小花のヘアピン。


「髪をとめる時に便利ですよ。最近では男の子も使っているようですから、どうぞ」


「そうなのか?」


「ええ。流行ってます」


沖常はクリップを外して……前髪がぴょこんと跳ねる。

早くヘアピンで髪を押さえようとするが、使い慣れないため何度も失敗する。


「付けてくれるか?」


沖常が諦めて美咲に頼んだ。


「私が?……いいですけど。しゃがんでくれますか」


沖常が屈んだので、ヘアピンをつけていく。

赤、黄色、水色のカラフルなヘアピンが白銀髪を彩った。


(……クラスメイトは黒髪だって言ってたけど、やっぱりどう見ても白銀だよね? 髪質が柔らかくて地毛みたいだし)


美咲が髪に触れていると、狐耳がピクピクと動く。


(近くで見てみると、耳も本物にしか見えないよ!?)


「美咲? もうできたか?」


「あっ、はい!」


ゆっくり驚く暇はない。

美咲はあわてて手を離して、沖常に手鏡を渡した。


「これは珍しいな。こんな髪飾りをするのは初めてだ。これが現代の流行なのか」


「そ、そうですね。よく似合っていますよ」


「幼子のようだと思ったが、俺の感性は古いようだ。ありがとう」


……実は高校生くらいまでの男子がヘアピンを使っている姿しか見たことがなかったが、まあここは室内だし、大人の男性でも沖常には似合っているのでいいだろう。ということにして、美咲はごまかし笑いしておく。


「沖常さん。お弁当を届けて下さってありがとうございました。とても美味しかったです。お礼を言いたくて」


美咲はぺこりとお辞儀した。

沖常がピンと狐耳を立てる。


「それで来たのか? 丁寧でとても素晴らしいな。縁を大切にされると嬉しい。

美咲に弁当箱を返してしまったから、今日はもう来ないかと思っていたが起きた甲斐があった」


ご機嫌に狐耳が揺れる。

美咲は思わず目で追ってしまう。


「そ、そうですか。来て良かったです」


「ヘアピンを返さなくてはいけないから、また店においで。お礼を用意しておこう」


いい口実を見つけたので沖常はさらりと誘う。


「【四季堂】の雑貨が好きですから。とくに用がなくてもまた来てしまいますよ」


「そうか、そうか!」


美咲の言葉に喜んだ沖常の狐耳がいっそう大きく揺れたので、美咲はもう気になって仕方がない。



(ここに来ると……私、ポジティブな言葉ばかり口にしてる気がする。心地いいなぁ)


喜びにふんわり膨らんだ胸に手を当てて、美咲が店内をキョロキョロ見渡した。



「えっと……沖常さんと同じ狐耳の子にもお礼を言いたいんですけど、ここにいますか?」


「ああ。呼んでこよう」


(やっぱり! あの子も狐耳で間違いなかったんだよね)


美咲はドキドキと、沖常が目を向けた店の奥を一緒に眺める。


炎子ほのこ


子どもが飛び出してきた!


(やっぱり! 白銀髪に狐耳だよね)


美咲の前で、子どもがポンと狐火に変化した。


「えーーっ!?」


美咲の顎がカクンとおちた。

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