神の世はお祭り騒ぎ
祭りだ!!!
下位の世では、ひとあし早い夏祭りがやってきたような騒ぎとなった。
初夏の台風によってまきあげられた神々の宝物が、しぶきに当たって見事に彩られていった。
夏祭りの時に人が落としていった砂付きのりんご飴に、気まぐれで置いていった祠のまんじゅう、井戸に落としたヨーヨー。
下位の神々にとってはとっておきだった。
でも、他のものに見せるとバカにされるような、なんでもないもの。無駄なもの。
キラリと七色が移って、ピカピカ光るとてもいいものに代わった。
大事なものを大事なままにできることに喜んで、自分たちの思い出話をとくと語った。
清め水と土が混ざった地面からはまたたくまに草花が芽吹いて、初夏のあざやかな彩りをこれでもかと与え給うた。
「騒ぎを活用していて、けっこうけっこう」
沖常は下位の世の簡素な家々の上に飛びのると、今度は空を駆ける。
あっという間に階段前にたどり着いて、門番が重々しく一礼をすると、位を上がるための鳥居をくぐった。
苔石の階段を三段飛ばしで駆け上がる。
だんだんと白石に変わっていった。
中位の世のまっすぐな道の真ん中を走ってゆく。
下位の騒ぎを聞きつけた烏天狗が笛を吹いて、白銀狐の来訪を知らせた。
ひょっこりと顔をのぞかせた面屋の店主は、美咲の顔に狐面が施されていることに驚愕した瞬間に、空にぽーーんと吹き上げられて──あまりに愉快で大笑いした。
あちこちから神々が出てきて、大通りの脇に並んで騒ぐ。
日本各地のてんでばらばらの踊りを、沖常の装飾の鈴の音に合わせて舞い、上空まで熱気が登ったほどだ。
上へ、上へ。
夏へ、夏へ!
「……あ、俺の影にひっついてきた陰のものがいるな。この機会だから、まあ縁であるし、上位の世まで連れて行くとしようか」
「雑っっ! おおらかを超えていますよぉ!?」
「影の神と千代に会ったから、移った、かもなあ」
「いいんですかそれ? あの、おきつねさんがおきつねさんだからこそ、彩りの神様として舞台に臨めるのでは……? 何日もかけて尻尾を馴染ませていたじゃありませんか。影響を受けたまま、上位の世を尋ねてもいいんでしょうか?」
「変わらない神などいないさ。周りの影響を受けるのは当たり前のことだよ。自分が何者かだけ知っていたなら、変わったって俺は俺のままいられるから問題ない」
「深い話なりぃぃ〜〜……!」
ゆさぶられている千代が目を回している。
沖常には千代のおおらかさが移ったのであるし、下位の世の懐かしき空気に触れて狐としての野生を取り戻してもいる。
華やかな衣装に反比例するように、足取りはいっそう狐らしくなっていった。
ぎこちなかった数日前からは早々と変わり、風が草の葉を撫でていくような軽やかな獣の足運び。
「さて。あの階段も登ってしまおう」
上位の世へ続く金の階段はすぐ目の前だ。
『千代のことはここで捨てていって!? ここより先は彼岸丸様に禁止されておりまする!』
「力が弱いと消滅してしまうらしいからな」
『それそれ!』
っぽーーい、と沖常が放り投げた。
なんと潔い。
「ではまた」
『夏の間は居られるから、そなたら、またね〜っ』
千代を放り投げたことで片手が空いた沖常は、美咲をそのまま前に持ってきて横抱きにする。
だんだん重くなってくる影どもなど、ものともしない。
いっそうさわやかに吹き抜けた。
「すまないな。美咲。髪は後で整えてあげるから」
「そこですかーー……!?」
上位の世。宴の席では混乱が起きていた。
春と夏をつかさどる上位神々が揃いぶみ、さわさわと噂をする。
中位の世からもかなり遠いため、ここまでの沖常たちの動きは風の噂にも知らされていない。
緑坊主は緑神の隣で、不安そうにつむじ風となってくるくるしていた。
「時刻になったというのに、彩りの神が来ておらん。このようなことは前代未聞であるのだが──」
「紫陽花姫もまた涙ぐんできちゃいましたね……」
「クスンクスン……」
「神々が乱れておる。さて、これは、あの人間を近づかせ過ぎたためだろうか?」
「緑神様、ご子息をご覧の通りですよ」
「うむ……」
緑坊主については自分から仕掛けたゆえの罰だが、美咲がいなければ起こらなかったことでもある。
ここにいる神々にとって、ただ一人の人間である美咲はまだ特別な存在ではない。
はたしてどのような人間なのか。
見極めようとする目が鋭くもなる。
緑神は龍のような姿をしている。
フウーーーーとため息を吐くと、生命力に満ち満ちた神気が周りに満ちた。
「新しいことは歓迎もしよう。しかし乱れるにしても、縁起が良くなくてはならない」
門の方が騒がしくなった。
門番たちが騒ぐだなんて何事だ? と、時間を持て余した上位神たちが様子を見にぞろぞろと移動した。
雨が下から昇っているかのような光景だ。
「何が起こっているというのだ……?」
ポカンと口を開けた神々の前に、正解が現れた。
台風のような風と雨が鮮やかに吹き付ける。
門をくぐるとそれらは霧となってほどけて、しっとりした白銀の九尾をそよがせた「白銀狐」が躍り出た。
湿気を振り払うように頭をひねると、白銀の髪には虹の七色が映る。余裕のある微笑みが美しい。
「待たせたな」
そしてその手には大事そうに、花柄の着物を着た狐面の少女を抱えている。
紫陽花姫がピタリと泣き止んだ。
緑神が、すうーーーと息を吸って、龍の指を、ぐっと上に立てる。
「──及第点」
わっっっ!! と神々が盛り上がった。
読んで下さってありがとうございました!
四連休……できるかぎり更新していきますね!(。>ㅅ<。)休日の方が家庭行事がおおいので忙しい。
みなさまよい休暇を!