叔母への、歩み寄り ※暗いです
出かけられる日が楽しみだ。
ちょっぴり緊張もしてしまうけれど、きれいな服を用意してもらえて、沖常に化粧をしてもらって、髪をつげ櫛でといて、これまでで一番綺麗な自分にしてもらえる。道中は、沖常が隣にいて守ってくれる。心がポワポワとしている。
けれど心配でもあった。
叔母の元気がどんどんなくなってきているように感じるのだ。
リビングで冷めきったご飯を捨てながら、美咲は心配そうにぎゅっと眉根を寄せている。
(また、食べてない……)
食事をしなければ、人は生きられない。
好物を作っているけれど、あの叔母がかつてうっかり褒めたほどの手作りシュウマイでも食べないのだ。
いったいどうしたら。
苦手とはいえ、ともに暮らす人である。
倒れてしまいそうな人を見過ごせるほど美咲は鈍感ではなかった。
それに、最近心が少しだけ自由に、強くなったから。
とっとっとっ……と叔母が階段を降りてくる音がした。
久しぶりにこの時会いそうになったのだから、それを、(縁だと思うことにする)。
浅くなった呼吸を、必死に整えて落ち着こうとする。
カーテンの向こう側は晴れだ。
朝に近いため、まだ涼しい。
──美咲は、勇気を出してみる。
「よしっ」
刺激しないように気をつけながら、叔母の前に出て行った。
「おはようございます」
「……? なによ……」
「ええと、ちょうどお湯を沸かしたのでなにか飲み物を作ります」
「……ココア」
「! はい」
お湯をコップの底より少し上まで注いで、ココアの粉を溶かす。別の小鍋で温めたミルクを注いで、ちょうどいい温度にした。
「どうぞ……」
叔母はテーブルに置かれたコップをゆっくりと持ち上げ、飲んだ。
ちゃんと飲んでくれて表情がわずかに緩んだのをみて、美咲も、やっと肩の荷が下りた。
カルシウムや鉄分などが入った栄養機能食品を選んでいるし、これでちょっとは叔母の健康増進にもなればいいのだが。
たまたま気が良くなったのか、叔母が話し始める。
「あのさあ。あたし最近株をやっててさあ。これがけっこういいのよ……」
「そうなんですか? 私は全然知らなかったです」
「そーよね。パチンコとかより金額が大きくて、ちゃんと勉強してたら失敗もそんな……ないし。ほら最近投資の本とか買ってんの。電子書籍でね。それなら単語検索もできるしさー」
美咲は軽くうなずいたり、小さく相槌を打ちながら耳を傾ける。
怒りっぽい叔母が快適に話しているのだから、この状態を続けてもらうのが心身に良さそうだ。
(頑張ったことは聞いてほしいよね。それにこの機嫌の良さなら、いけるかもしれない……)
学んだ知識についてひととおりひけらかした叔母は、ココアをもう一杯欲しいと言った。
最近体がだるいんだよね、とぼやく。
二杯目のココアは一気に飲み干してしまった。
今かな、と美咲は口を開いた。
「あの。今日外が晴れているんです」
「そーなんだ……?」
「もしよかったら少しだけ出かけませんか? 裏道を散歩をするだけでもいいですし。太陽の光を浴びるとビタミンが生成されて体調がよくなるんです」
「あー聞いたことある」
叔母は迷っているようだ。
よほど、体調の悪さに困っているのだろう。
「じゃ、化粧しないとな……。いつぶりだろう。あたし忙しかったしー」
「! ではこれ……お化粧品使いませんか」
「は? 何これどうしたの」
美咲が持ってきたメイクボックスには、立派な筆やハケが入っていた。職人の銘が刻まれたもので、馬の尻尾の毛が使われた立派なものだ。そのかわりシャドウパレットなどはないけれど。
「えええと叔母さんは化粧品販売していましたから、アイシャドウなどはお持ちですよね。筆だけでも……」
「そんなこと聞いてない。で、どうしたのこれ?」
叔母の声が大きくなったので、美咲は肩を縮こまらせた。
けれどまっすぐ前を見て、必死に言葉を紡ぐ。
「母が、私の成人後に使うようにと買ってくれていたらしいです。あの、新品なので、ぜひ」
「……。……。……! 死んだ奴の持ち物使えって?」
美咲が驚いて口をポカンとさせている間に、叔母はズカズカと迫るように美咲に近づいていった。
「ふざけんなよ。あたしにも死人になれって言ってんのか!!」
机に置かれていた化粧ボックスは床に叩き落とされて、丁寧に作られたものが無残に踏まれた。
読んでくださってありがとうございました、そして、辛い回ですみません……!
このあと30分後に、次の話を投稿します。
そこで助けがきますから、今しばらくお付き合いをお願いいたします。