緑の夜風
初夏の夜。
美咲がお風呂上がりの体を冷まそうと、二階の私室の窓を開けると、夜風がふわりと吹き込んできた。
やけに狙いすましたように室内につむじ風を作っている。
それにさわやかな緑の匂い。
「……もしかして緑くん……?」
「正解だよ!」
「え、えっ? いま、スタンドライトの影から……影クンさんも!?」
美咲はバッと口元を押さえた。
うるさい声になったかと思ったからだ。
けれど隣の部屋からはなんのリアクションもなく、ホッとした。
髪に巻きつけていたタオルを解いて、髪の水滴を取りながら、リラックスした様子でベッドに腰掛けた。
「”美咲姉ちゃんがそんなふうにオイラの前でだらりとしてんの、初めて見た〜”」
「影クンさんが通訳なの? そうだなあ、その影クンさんがいるから素の自分になっちゃうのかもしれない」
「”罠みたいな神だからねえ”……ヒドイよ二人とも!?」
「本当にお嫌でしたら言わないんですけれど、なんにせよ話題になるのが嬉しいように声が弾んでいらっしゃるので、つい」
「あうう正解だよぉ……君は本当に相手をよく見るんだなあ」
「尊敬する神様だからこそ、かもしれません。同じ『人』については、むしろ正面から見るのが苦手かなあ……」
「おっと褒められちゃった♪ 美咲チャンはよく出来る子だから、昔から妬まれてたからじゃない?」
「人間関係作るのは苦手でしたけど……どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「人間って性質は誰しもそう変わらないからさ! 上手なら妬まれるし、祭り上げられることもあれば、はたまた貶めて縛って利用されちゃうこともあるよね。それ以上に上手になったら『神』って呼ばれたりする」
「最新の知識に余念がないですね……真里は絵が上手で、よく『神』ってクラスメイトにも言われてる」
「あはは! そういえば図書室でねぇ……」
びゅうう! と風が強く吹いた。
美咲が慌ててワンピースパジャマの裾を押さえた。
影の神は話し好きすぎるのだ。久しぶりの会話が嬉しくて早口でまくしたてて止まらなかった。
しかしそれでは、緑坊主が本題を伝えられない。
「ごめんごめんって〜」
「か、影クンさん小さっ」
スタンドライトの影から転がり出てきたのは、手のひらサイズの影の神。
どこまでも注目をさらっていくところは、彼岸丸などに似ている。
その小さな影の神が、ぱくぱくと口を開けて話すことにはこうだ。
「”先に、いろいろごめんねって伝えたかったんだー。騒がせちゃったもんなあ。美咲姉ちゃん、緑神と話すようなの畏れ多いって怖がってるだろ?”」
「まあ、そう……だね」
「”ごめんね!”」
「……」
美咲はちょっと考えた。
つむじ風は、沈黙が苦手なのか、あわあわと部屋をくるくるしている。
そのまま待たせるのはかわいそうなので、そっと微笑んで口元に人差し指を当てておいた。
安心して待ってて、と言われているようなので、緑坊主と影の神はおとなしく待っていた。
美咲は、緑色のカラーペンセットを机の引き出しから取り出す。
春には桜のカラーペンセットを販売していた会社の新商品だ。
そして木の葉型のメモを一枚とって、そこにさらさらとメッセージを書いた。
ちょっと線はブレている。緊張していたので。
つむじ風に乗せるようにそっと置いた。
くるくるとメモ用紙が回る。
「なになに?──”緑神様へ。緑くんからきちんと謝っていただき、私はこの件を六月の水に流すつもりでいます”」
読んだ影の神がひっくり返った。
「自己犠牲的だ!」
「そ、そうですか? そうかもしれない……自覚は、あるかも。ねえ緑くん、このメモを緑神様に渡してくれる?」
「自殺行為に等しい!」
とは、美咲自身が感じているのだろう。
ばっちりと影の神と美咲の目が合っているから。
美咲の気持ちを代弁してくれちゃっているのだ。ちょっと言わないで欲しいと思わなくもないけど。自殺したくはない。
「……私だって、色々やらかしたから。なんかこう、緑くんだけ叱られるのもなあ……って……このメッセージで緑神様がちょっと肩の力を抜いてくれたらと」
「うーん、彩りの神なら面白がりそうだけれど、こんなちょっとした手紙程度に上位神へのメッセージを添えるなんて怒られちゃうかもね」
「そそそそんなに……!?」
「だからねボクが一緒について行って、こう言ってあげることにする!”いいものだよ”って!」
やりたかったことの、方向性はちょっと危なかったけれど。
今回は、緑坊主たちには喜んでもらえたようで。
神様たちのあたたかさに感謝しつつ、美咲はそうっと眠りについた。
緑の爽やかな香りは、良い眠りを運んでくれた。
読んでくださってありがとうございました!
昨日がっつり寝落ちしてすみません!汗
明日、2話投稿しますね。
ちょっとオチる話ですので、救うところまでお届けします。
美咲も不運な子だけど、不運をただ過ごすのではなくて、挑戦する姿勢をみせてくれるようになったので、涙ぐみ頷きながら綴ってます……(グッ)
夏編ラストまで盛り上げますので、どうぞお楽しみに!
宴のあとは、日常的に雑貨を眺めつつしばらくまったりです。