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パーティへの条件

 


「いらっしゃい」

((店主!))


 沖常は相変わらずやんわりとした空気を纏っていて、しっとりとした黒髪・・に色気がある。

 まとう着物はこの店内によく馴染んだ薄紫色だ。ひらひらと手を振る動作一つとっても、水が流れるように自然で優雅。

 目尻のほくろが自然に視線を誘導してゆき、緑を帯びた黒真珠の瞳と自然に目があう。


(遊び人っぽくはない)

(けど独特すぎて……信頼できそうな普通の人、でもないよね〜)


 ぱちりと瞬く動作すらも、妙にゆっくりに"魅せる"浮世離れした人。


 真里とほのかは、ごくりと喉を鳴らした。

 強気で挑まねば、雰囲気に呑まれる。



「美咲。友達づれでやってきたし、今日はお客として過ごすか?」

「いえ。バイトさせてほしいです」

「じゃあ着替えておいで」

「はい」


 美咲が店のすみに置いてあったエプロンをひょいと身につけて、にこやかに振り返った。


「いつもは服も軽く着替えたりするんだけどね。今日は真里たちだし」


「まあ、顔と体は取り換えられないから、美咲を見たら『あー美咲さんだ』ってわかっちゃうわよ」


「うっ」


「でも店主さん一回学校に来たことがあったじゃない? 親戚の方、でなんとか切り抜けられるでしょ」


(伯母さんの耳にさえ入らなければ、そうできるよね。……最近外に行っている様子もないし、多分、大丈夫だと思うけど)


 美咲はぱしんと軽く手を叩いた。


「懸念ばかりしてもしょうがないもん。鬼の規則、いち。働き始めはすばやく動いて体をほぐそう」

「あはは〜」

「掃除から始めるのね」


 動き始めた美咲を、真里とほのかが目で追っている。

 沖常の方を見ようとはしていない。というか、覚悟がいる。


 ……チラリ、と意を決して振り返った。


 さあ質問があるのだろう? とでもいうような爽やかな佇まい。


(うわー余裕そう。この態度のままパーティにも挑むなら、主催者の言いなりになったりしないだろうけど)

(ええい、聞くわよ!)


「美咲から聞いたのですが。店の関係者主催のパーティに行くんですよね?」

「ああ。悪いが君たちは招待できないのだけどね」


 沖常はきっぱりと断る。

 軽いものいいだが、意思を示す受け答えには慣れていそうだ。


「なぜですか?」

「君が言ったように、店の関係者が主催だからさ。誰でもいらっしゃい、というパーティではないから。こぢんまりした会場で、ごく親しい人を招待した宴なんだ」

「美咲は……その、主催の方とは仲がいいですか?」

「とても」


(とても……?)と美咲本人が首を傾げてしまっている。友情は数値化できない。


(どれくらい会話をしたら、関わった時間があれば、とても仲が良い判定になるんだろう……? 私、めんどくさいこと考えてるかな)


 と、自己判断ができるようになったのは喜ばしい変化である。


 真里が痺れを切らした。


「率直に聞きますね。私たちが気にしたのは、未成年の少女を連れて行くんだから昼間の時間帯のみで、ちゃんとした会場で、貴方が守ってあげられますよね? ということです!」


「店主さんのことを全然知りませんので、美咲が信用しているってだけで送り出すのは危険かと思いました。ほら、恋って盲目になるらしいし。美咲はこの通り優しくて断れないタイプだから、私たちが来ました」


 あらぬ疑惑を盛り込まれているのだが、沖常がじっくり噛み砕いて理解するよりも前に、ほのかたちはずずいと詰め寄る。

 若い活力ある”睨み”は、なかなかに凄みがある。



「なるほどなあ」


 沖常は────まず座ってごらんと勧めた。

 商品が入っていた木箱を椅子の代わりにして、座布団を敷く。そして「少々おまち」と言って奥に引っ込み、緑茶のお盆を持って帰ってきた。


「はい」


(ボーイさんの方が向いている気がしてきた……不思議な人だ……)

(雑貨店なのよね? 独特すぎるわよ)


 ほっこりと温かい緑茶を飲むと、心のささくれが急激に治っていくようで、「ありがとうございます」と二人が言う声も先ほどよりも随分とやわらかい。

 沖常は座らずに立ったままだ。

 そしてじっくりと間をおいて。


((((今だぞ沖常様!))))


 情緒を安定させるためにきちんと尻尾を外して。


「こほん」


 咳払いを一つ。


(おきつねさんが一晩考えたっていう返答……どんなものだろう? うう、気になっちゃう……)


 いざ。


「美咲を守れるのかという話だな。どんな時でも、俺が盾になると誓うよ」


「お、おきつねさあん!?」


((……照れどころがわからん!!))


 美咲がわたわたと箒を落としてしまい顔を真っ赤にしているし、沖常が満足げだ。二人の間でのみ通じる謎ルールがあるのだ、くらいしかわからない。


 なお炎子たちは(まじいい回答になったじゃん)(えー。身内ネタなんじゃない)(沖常様、今朝方までずーっと考えてたもんなあ)(寝不足のクマってかっこいい)(((そーか?)))など評価が分かれて揉めている。



 ビシリと真里が沖常を指差した。


「それ、ダメです」

「……ダメなのか?」


 あまりにスパッと却下されたので、沖常の獣耳がしゅんとなる。(真里とほのかには見えていない)

 もふもふにときめいてしまう美咲の心だけが忙しい。


「盾?……ってよく分からないけど、今みたいに美咲を会場で特別扱いなんてしていたら、悪目立ちして目の敵にされてしまいますよ。特別扱いなんて、他の招待客からしたら面白くないに決まってるから」


「そういう時は、他と同じように扱ってあげるのがいいですよ〜」


「同じように、か」


「人の嫉妬や劣等感をそもそも刺激しないようにするんです。盾のように守る前に、攻撃をさせないの。……店主さんは不思議そうにしていらっしゃるけど汚い世界もあるんです」


「君たちはそのような場所を見てきたんだね?」


「ええ! それはもう!」


 ハン、と真里が鼻で笑い飛ばす。


 絵の世界は、嫉妬や足の引きずり合い、炎上やビジネスがない交ぜになって出来ており、しかしそれすらも圧倒するような心を震わせる美しいものが現れるところなのだ。

 苦い思い出に眉をしかめながらも、真里の瞳はきらめいている。


「そうなのか。俺は現代に疎いなあ……ふむ……」


「人間の普遍的なところですよ」


「人間にもわりと疎くてな?」


「そんな風に見えます」

「綺麗すぎるんだよね〜」


「そうか? そうなんだろうな。美咲にもよく言われるよ」


「……え、私、疎いって物言いしたことありましたっけ?」


「俺のことを綺麗だってよく言ってくれるじゃないか」


「そっちですか!?」


 沖常が美咲の顔を覗き込んで、ニコリとする。

 美咲の目には、白銀の髪がふわりと揺れて、獣耳がヒクヒクと褒めを待機しているように見えている。こんなのずるい。機嫌を持ち直していて嬉しい。


「綺麗だから……! 綺麗って言ってしまう……」


「俺は嬉しくなるので、なんの問題もないな。そう赤くなった顔を隠さなくともよいのに」


「そーいうのWIN-WINの関係って言うんですよ、店主サン」


「うぃんうぃん」


 やけに間延びしていて歌うようなうぃんうぃん、であった。


 お店組の、薄紫にハートマークが舞ったような空気に当てられた真里は、自分の鞄で自分の額を殴ってしまった。






読んで下さってありがとうございました!



ひー〜遅めの時間になりがちですε-(´∀`; )




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― 新着の感想 ―
[一言] 黒は全てを消す色と言われ ピンクは全てを包んでホワホワ空間にする色と言われています …たぶん
[一言] 祝・100話! 更新有り難う御座います。( ^▽^)ノ∠.;*+ 今回も楽しく読ませて頂きました。m( _ _)m ……俗世に疎い……若年寄(小声) ……ん? ……若くは無い……のか?…
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