四季堂で春の出会いを★
美咲はゆっくりと春の町を歩いていた。
数日前に女子高校の入学式を終えたばかり。真新しい制服に身を包み、きょろきょろと周囲を見渡す。
小さなタンポポのつぼみを見つけて、顔をほころばせた。
「春はとくに好きな季節。新しいものとたくさん出会えるから……」
そんな独り言を呟くと、ふと、商店の間の小道を見つめる。
小道の向こう側に、こぢんまりとした店がある。
「あんな店、あったっけ?」
毎日この通学路を通っているのに、と記憶をさかのぼったけど覚えがない。
不思議に思いながらも、雑貨店のような見た目に興味を惹かれて、小道を進む。
「新装開店のお店かもしれない」と自分を納得させた。
それなりに賑わっている昼間の商店街で、危険なことはおきないだろう。
店の前に来たが、木の扉なので中が見えない。
少しためらって、玄関先で立ちぼうけていると、
「お入りなさい、いらっしゃいませ」
と扉の脇に置かれた招き狐が声をかけてきた。
「陶器の入れ物の中にスピーカーが入っているのかな? へぇ、可愛い」
美咲がまじまじ見ると、狐は照れたような……気がした。
その時、扉が自動的に開いた。
「ひゃ!」
思わず変な声を上げてしまった美咲を、店の奥から、店主と思わしき男性が眺めていた。
「ーー驚かせてしまったか? いつまでも店の前から動かないから、お客かと思ったのに、声をかけても入ってこないし……」
「す、すみません」
とっさに美咲が謝ってぺこりとお辞儀すると、店主は困ったように柔和な微笑みを浮かべる。
「ここは雑貨店だよ。いろいろと置いているから、見ていくといい……と思います」
「そ、そうですか?」
「ええ。思います」
なんだか妙な話し方だな、と思いながらも、美咲は店内に足を進めた。
あまりにも美咲の興味をそそる雑貨ばかりが並んでいたのだ。
「綺麗」
唖然と店を見渡す、美咲の顔はうっとりとしている。
本心からこぼれた言葉に、店主は「おお」と嬉しそうな声を漏らした。
「春の思い出を記憶する付箋、夏の花火みたいな極彩色の絵の具、秋の紅葉と玉石のブローチに、冬の雪を閉じ込めたスノードーム。空の青色の小鳥の置物に、純白の花束……」
自ら商品を指差して、説明していく。
美咲は夢中になってそれを聞いている。
ますます、店主の機嫌がよくなる。
「こういう無駄なものは、好き?」
途中でふと、店主がこんなことを言った。
美咲はとまどう。
「……はい。とても。確かに、雑貨ってなくても生活できるものです。でも、心を豊かにしてくれます。無駄がいっさいない生活は、息ができません」
返事に迷いはない。
店主は花が咲くような満面の笑みになって、棚の奥からとっておきを取り出して、美咲に見せてくれる。
彼の笑顔に見惚れていた美咲は、今度はガラス瓶に目が釘付けになった。
「これは、一年分の綺麗な星を集めたコンペイトウ。食べられるよ。とても幸せな気持ちになれる」
「キラキラ粒子が光ってる。えっ!? これ、素材は何でできてるんですか!」
「……えっと、星………………みたいな輝きの金箔と、練り飴とか? 小さくまとめた練り飴に細かい金粉を混ぜたら、こんな感じになったんじゃないかと?」
「とても綺麗ですね」
美咲は見た目の感想を述べた。
店主は一番初めに見せたような、ちょっぴり困った風な柔和な笑みを浮かべる。
「これを買う?」
「……あ。でも私、お金があまりなくて……。すみません、おいくらなんでしょう? 高いですよね」
美咲が「しまった」という顔になる。
つい店に入ってきたものの、こんなに素敵な商品が安価なわけがないのだ。
軽すぎる美咲の財布では払えそうもない。
でも、これが欲しい。
美咲の顔に素直にそう書かれていたので、店主は満足そうに頷いた。
「この店の商品は、なにかと交換なんだよ。ああ、お金ではだめだな。もっといいもの」
「ど、どのような」
思わず美咲が身構える。
「君が素敵だと思うようなものだったらいい。無駄を必要だと言って、この店の雑貨を褒めた君とは、感性が合いそうだ。なにか、いいもの、持ってるだろう?」
「この店のような……」
美咲はカバンをごそごそと漁る。ペンケースを取り出した。
「あの、じゃあこれはどうでしょう? 最近出たばかりの新商品なんです。桜カラーのペン、4本セット。淡いピンクが素敵だなって思って」
こんなものではとても釣り合わない、と思いながらも差し出すと、
「とてもいい!」
店主は目を輝かせて、お台机に置かれたペンを眺める。
子どものように無邪気、と美咲は思った。
「交換成立だ」
「いいんですか? ……ありがとうございます」
お互いが満足した顔で、手にした素敵なものを眺める。
「俺は沖常という。またおいで」
「ありがとうございます。ええと、是非」
美咲はちょっと迷ってから返事をして、ぺこりと頭を下げた。
腕時計を見て、慌てた様子。
「寄り道しすぎちゃった……! お稽古の時間に間に合わないと、叱られちゃう。すみません、失礼しますっ」
くるりと踵を返して、店を出る。扉の前で、またくるりと店内を振り返った。
「おきつねさん。狐耳がとてもよくお似合いだと思います。お店の雰囲気と合っていて、素敵な装いですね」
そんなことを言ってから、美咲はへにゃっと笑って、店の扉を閉めた。
一人店にいる沖常は、ぽかんと扉を見つめて、美咲の言葉を復唱する。
「……狐耳が、とてもよくお似合いで? そりゃあ、自前のものだからね。……えっ、あの子には見えていたっていうのかな?」
ふんわりとした白銀の狐耳が、沖常の頭で揺れる。
「素敵? そりゃあ、そうさ!」
自分の足元から声が聞こえてきて、沖常はぎこちない動きで下を見た。
狐火がぽわぽわと浮かんでいて「やったぜ」「はっぴーすぷりんぐ」「嬉しそう」「素直な耳だなー?」とわらわら話す。
沖常「やかましい」と照れながら足を動かすと、文句を言いながら拡散する。
「「「「見つけられたの、何百年ぶり?」」」」
「どうだろうなぁ」
沖常は桜カラーペンをころころ転がしながら、楽しげに今日の出会いを思い返した。