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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋は盲目

作者: KAZU

「『恋は盲目』って諺があるだろ」

 学校の帰り道を2人で歩いている時に、あいつが唐突に聞いてきた。

「どうしたんだ急に」

「いや、最近この続きがあるって話を聞いたからさ」

「へぇ、何て続くんだ?」

 あいつは待ってましたとばかりに笑った。

「そこで、クイズです。この続きは何でしょうか?」

「何て続くかついさっき聞いた奴が答えられるとでも思うか?」

「それもそうだ。じゃあヒント。『しかし』から始まって盲目の反対のような意味の文が続きます」

 結構なヒントだったが、残念ながら俺の頭では盲目という言葉がすでに普段使わない言葉のせいで、反対にしたくてもなかなかできなかった。

「盲目の反対って何だ?…とりあえず普通ってことにして『しかし、普通だと見える』とか。ってそれだと当たり前か」

「うーん、当たらずとも遠からずってとこだねぇ」

 もう少し考えてみたものの、それこそ普通の視点から抜け出せなかった俺は、行き詰って両手を挙げた。

「駄目だ、思いつかん。答えは?」

 あいつは得意げな顔を俺に向けて答えた。

「『恋は盲目、しかし遠方はよく見える』だってさ」

「『遠方はよく見える』…なるほど、好きな奴は遠くにいても分かるってことか」

「そういうこと、なかなか上手い続きだよね。あっ、じゃあまた明日」

 信号が青なのを確認すると、あいつは駆け足で渡って行った。

「おう、また明日」

 俺はあいつを見送りながら、ふとあいつと初めて出会った時のことを思い出していた。


 あいつとの出会いのきっかけは、何ということもないあいつの些細な仕草だった。今から2年前、入学式後初の集会が体育館で行われた時だった。周りが体育座りやら正座やらをしている中で、あいつは一人片膝を立てて座っていた。少しやんちゃな奴なのかと思って、しばらく遠巻きで様子を窺ってみたが、周りの友人と話している様子を見ると、むしろ大人し目な印象だった。(後日あいつと話すことになって分かったことだが、片膝を立てて座るのはフィリピン人の母親の影響らしい。あいつの家に遊びに行った時、あいつの母親は確かに片膝を立てて座っていた)

 こんな些細なことがきっかけであいつに興味を持った俺だが、より強く意識するきっかけも、日常生活のありふれた場面だった。ただ、あいつの危なっかしいひたむきさが招いた事件を除いて。

 夏休み、俺が暑さから逃れるために図書室へ逃げ込み読書をしている時だった。ちょうど俺の席から、一人でテニスの練習をしているあいつが見えた。練習と言っても、顧問の姿も他の部員の姿もなく、あいつがしていたのはサーブの練習や壁打ちだった。ただ、球拾いも含めると、大した休みもなく続けていたので、いつか倒れるのではないかと少し心配になるほどに、あいつは熱心すぎるほどに練習に打ち込んでいるようだった。

 そして直後、全くもってその心配は現実となった。あいつがコートの上で両手両膝をついて動かなくなったのだ。夏休みで人もいなかったので、俺は大急ぎで図書室を飛び出し、近くの掃除ロッカーからバケツをひったくって水を入れ、あいつのもとへと走って行った。

 コートに着いた時、あいつは完全に横になっていた。あいつの首筋に手を当てて体温を確認してみると、ここまで走ってきた俺の手よりも熱かった。明らかに熱中症だった。俺は急いで近くの日陰になっている所まで運ぼうとした。担ぐために持ったあいつの体はとても軽く感じた。確かに男子としては小柄な方ではあるが、それにしても軽かった。まるで子供か女の子でも持っているかのように。

 何を考えているのか、そんなことは今どうだっていいだろう。突然の事態に混乱したのかわけの分からない思考を始めた自分の意識を無理矢理に軌道修正し、俺は日陰まであいつを運んで下ろした。熱中症の際の対処法は保健の時間で何度も学んでいる、大丈夫落ち着いて処置すれば問題ない。そう自分に言い聞かせながら、俺は習った通りに体温を下げてやることに専念した。

テニスのズボンは元々ハーフパンツだったため、首元のボタンを外し、シャツの裾をまくって胸元までまくり上げた。すると、日焼けして小麦色になった肌とは対照的な、ほんのりと白い肌があらわになった。はっきりと固い骨が主張する鎖骨と、反対に筋肉もさほどついていない柔らかそうな腹部は、あいつが苦しげに呼吸をするのに合わせて大きく上下していた。

 またおかしな思考を始めそうだったが、あいつの苦しそうな様子を見て再度軌道修正し、俺は持ってきた水とあいつのタオルとを取りに戻って、首や脇、足の付け根など主要な場所を冷やしていった。しばらくすると、次第にあいつの呼吸も穏やかになっていき、静かな寝息へと変わっていた。

本当はこの後で病院での受診が必要だったが、とりあえずはしばらくそのまま寝かせてやろうと思った。一段落ついて自分も暑さを思い出し、汗だくの体をあいつのタオルを借りて吹いた後、あいつの横に座って様子を見守ることにした。


小一時間ほどすると、あいつが目を覚ました。まだ意識がはっきりしない様子だったため、起き上がろうとするあいつを止めて、そのまま横にさせた。

「どうしてこんなになるまで練習していたんだ?しかも一人で」

 俺の問いに、あいつは顔を少しそむけて答えた。

「3年生が抜けて、これからは僕たちが中心にならなくちゃいけないのに、僕はみんなより上手くないから、少しでもみんなに追いつきたくて」

「それなら、他の部員と一緒に練習すればいいじゃないか。そっちの方が効率もいいだろう」

「…僕の練習に付き合わせるのが、何だか申し訳なくて…」

 あいつの気持ちも分からなくはなかったが、今回のようなことになることも考え、俺はあいつに他の部員と練習することを強く勧めたが、あいつはどうしても承諾しなかった。全く、普段はそんなことはないのに、変な時に頑固になりやがる。しかも、寂しがり屋で、休み時間中も大概は進んで誰かと話をしに行く奴が、ぶっ倒れるまで一人で練習やがって。

「分かったよ。それなら、俺が練習に付き合う。それで文句があったら、嫌でも他の部員に練習を付き合わせる」

 俺の提案に驚いた様子であいつが聞いてきた。

「いいの?こんな暑い中だよ?」

「仕方ないだろう、お前がまた倒れて死にでもしたら、学校に来るたびにお前が化けて出そうで気が気でなくなっちまう」

 俺が照れ隠しでおどけたのを知ってか知らずか、あいつは急に明るい顔になった。

「ありがとう!すごく助かるし嬉しいよ!」

 その顔を見て、俺はまたおかしな思考が始まるのを感じた。


 その日以降、俺はあいつの練習に付き合っていた。練習に付き合うとは言っても、俺はテニスができるわけではないので、基本的にはボール拾いや簡単な球出し程度だったが、それでもあいつは楽しそうに練習していた。今日も、夏の空がほんのりと赤くなるまで練習を続けた帰りだった。

 夕焼け空の下、ゆっくりと遠ざかり小さくなっていくあいつを見ながら、俺はついさっきあいつから聞いた言葉を口に出していた。

「『しかし、遠方はよく見える』か。確かに、よく見えちまってるな」

 あいつの練習に付き合う中でも始まったあのおかしな思考を、これまではありえないと否定してきたが、この言葉でどうにも納得してしまった。どうやら、あの日以来俺の思考はおかしくなったままらしい。

 自分の気持ちに整理がつき、あいつが道を曲がって見えなくなるのを確認すると、俺はゆっくりと自分の家に向かって歩き出した。



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