第五話 百合ストーカー ―(百合妄想)→ 百合△ ~斉藤なめたけ~
高梁真由と想坂叶栄は理澪第一中の二大美人として名高い。
しかもそれぞれタイプが違い、真由が凜とした大人の女性の美しさを誇っているのに対し、叶栄は明らかにお嬢様育ち的なぽわぽわとした印象を禁じ得ない美人だった。少しは大人びて見えるだろうと期待してかけた眼鏡も童顔の可愛さを引き立たせるだけという有様だ。
真由と叶栄は同じ大学の出身であり、叶栄が一学年下である。真由に一目惚れした叶栄は在学中からストーキング行為を発動させ、それは教諭になってからもまったく変わらなかった。
「……うふふ。まゆ先輩、相変わらず素敵です~♪」
そのとき、真由は教え子の二人とともに一人の少年を見送っていたところであったが、そのようなことは叶栄にとってはどうでもよかった。物陰から覗き見ていた叶栄には凜とした先輩の姿しか映っていなかった。
(ああ~。まゆ先輩の凜とした横顔、タイトのミニスカートから覗かせる長い美脚……もう、たまりませんっ!!)
その先輩の横顔は今は手を繋いでいる志穂に対してすっかりトロトロになっていたが、そこは乙女の妄想補完というやつである。
学生時代の真由と叶栄の思い出にこのようなものがある。もっとも、真由にとっては黒歴史でしかないのであるが。
「はぁはぁ……だめぇ、かのえェ……。これをゴックンなんてありえないよぉ……!」
「ふふ、ダメですよお先輩。わたしのおつゆ……ちゃんと飲んでもらわないと♪」
正確に言うなら『わたしの《搾った野菜の》おつゆ』であるが、叶栄の言葉足らずはいつものことである。真由がダイエットしたいと言い出したから、叶栄は片端から野菜をジューサーにかけたのだが、ニンジンがダメだのアボカドが受け付けないだのと喚き、それを仕方なく一緒に飲んだことは叶栄にとってはいい思い出である。
(まったく、涙目で怯えた先輩も可愛いんですから~♪)
眼鏡を光らせ、気色悪い笑みを浮かべる叶栄。通行人は叶栄の姿を見て見ぬふりをしている。通報されなかったのは彼女にとって幸運と言えよう。
先輩たちが動き出す。遅刻確定なのを開き直ってか、きわめてのんびりとした足どりである。
「ダメですねえ。こういうのはあらかじめ遅刻の連絡を入れときませんと」
『母の妹の祖父の娘の姪のお見舞い』という名目で遅れることを事前に通告した叶栄は鼻歌でも奏でかねない気楽さで、三人の後をつけていった。
高梁先生は割と勘のよい女性であるが、叶栄のストーキング能力(本人曰く、愛の力)はもはや神域と言っても差し支えなかった。三人に対して、まったく気づかれることなく距離を保っていたのである。
しかも、地獄耳で三人の会話まで拾っていた。内容は次のようなものである。
「もうっ! 高梁先生がもたついてたから遅刻確定じゃないですかっ!」
「あら、人見さん。それなら私と志穂ちゃんのことなんか無視してさっさと弟さんを送っていけばよかったんじゃなくて? あなたにとって志穂ちゃんはどうでもいい子なんでしょ?」
「…………ッ!!」
(あ~あ、これは紅葉さん。心の中でグズン言ってますねえ……)
叶栄は彼女に同情したが、その彼女は憤然と立ち直って言い返していた。
「あ、あたしはっ。教え子が教師に陵辱されそうなところを見過ごせなくて……!」
「りょ、陵辱ゥ!?」
「……ってなあに? まゆまゆ」
「高梁先生でしょ! 一三さんがそうやってなれなれしく呼ぶから先生も調子づくの!」
「違うわよ! お姉ちゃんよ! それかお姉様!」
(いやはや、随分と楽しそうですねえ)
まゆまゆこと高梁先生はさらに嬉しそうに志穂に声をかけていた。
「それにねえ志穂ちゃん。さっきの言葉の意味は人見さんに聞くといいわ。彼女、真面目だから、きちんと説明してくれるわよ」
「わかった。ねえ紅葉ちゃん、りょーじょくってなあに?」
「そっ、そんなこと大声で言わないで! それに説明なんて……!」
「えっ? 教えて教えて~」
「嫌よッ、ばかあッ!!」
心臓が肩ごと揺さぶられているのが容易に想像できそうだ。涙目になる紅葉を思って、叶栄は心をぽかぽかさせた。
(う~ん。志穂さんと紅葉さんの組み合わせも悪くないですよお)
最大の魅力はどちらが受でもおいしいということだ。例えば、小柄でありながら気の強い紅葉が受ならば。
「……い、いやよ! 同性でキスなんて普通じゃない……っ!」
「でもね紅葉ちゃん。まゆまゆと想坂先生は普通にやってるよ? 想坂先生にキスの感想を聞いたら『とーっても甘い味がしましたよお』って言ってたの」
「だ、だからなによっ」
「私、今日おやつを忘れたの……だからキスさせて」
「意味わかんないわよ! はむぅ……ん!?」
(もお志穂さんったら、こんな甘いお菓子を持ち込んじゃダメじゃないですか~♪)
今回は特別ですよ、と自分の妄想にツッコミを入れながら、今度はその志穂が受役になるところをさらに妄想した。
「一三さん、最初に言っておくわ。あたしはあなたのことが決して嫌いになったわけじゃないの」
「じゃ、じゃあ、なんで紅葉ちゃんは私を椅子に縛りつけるのッ?」
「あたしはあなたのことが好きなの……常にあたしに笑顔を向けて欲しいの……」
「………………」
「だけど今は、そんなあなたの泣き叫ぶ顔が見たくて見たくてたまらないのよっ!!」
「あ、ひあっ、そこはだめえ! くれはちゃ……ッ!」
(ああ、攻守逆転もまたイイです。素晴らしいですよお志穂さあああん!)
キャーキャーと心の中で叫びながら、側にある郵便ポストをバシバシと叩く叶栄。
ノンケそうな子が官能に沈むの……イイっ!
(ああ、なんだか久しぶりに先輩のとろけた声も聞きたくなりましたよお……。今度、全身マッサージしちゃいましょうかっ♪)
触るのは好きなくせに触られるのには弱いことを叶栄は知っていたのである。
それどころか、真由が志穂に会うためにわざわざラッシュの電車に乗り込んだことも知っており、その姿を叶栄は人込みの中から遠巻きに見つめていたのだ。
ストーカー、逆にストーキングされるの図である。
でもさすがに、叶栄の中で見守るのにだんだん飽きが来ていた。
その見守りの対象たちは、鬱蒼と生い茂った山へと向かって歩いていた。
「この五号山のふもとを突っ切れば校舎裏まであっと言う間なの」
五号山とはまたセンスのない名前であるが、これは県内にある十の山のうち五番目に発見された山だからそう呼ばれているらしい。
とにかく、遅刻は遅刻でもなるべく早く着きたいと思ったのか、生徒たちも教師に付き従ったようだ。
迷わなければいいですけど……とあまり心配していないようすで微笑むと、叶栄は一同との合流を図ったのであった。
どうも、五番手担当・百合の斉藤なめたけです。
初めてのリレー小説でしたが、楽しめました♪
バトンを渡されたとき、一同を異世界に飛ばすか、突然のデスゲームをやらせるかでかなり迷いましたが、最終的に話の流れに乗るスタイルで行きました。
最初は緊張していましたが、何とか通常運転で書くことができました。ええ、これが通常運転ですとも。
それにしても、アボカドの汁を飲ませる後輩マジ鬼畜。
『次回、鵠っちさんです。』宜しくお願いします。