第四話 百合色トライアングル ~月読夢月~
人見紅葉をさながら猛獣のような瞳と嗅覚で探索しながらホームを駆けずり回る一三志穂を私、高梁真由は、複雑な気持ちで観察していた。
……なんて言うか、あの二人って変なところですれ違いしてるのよねぇ。
人見さんの方は、完全に志穂ちゃんにベタ惚れ。それも恋愛的な意味でだし、志穂ちゃんは一見、変態性の高い百合っ子に見えるけれど人見さんのことは心のアイドルみたいな風に見てるところもあるし。
「私のことは、まったく眼中にないみたいだし……」
対する人見さんは、私と志穂ちゃんの仲を怪しみ、私に敵対心を燃やしてるみたいだけど。
大人として子どもたちの恋路を見守るのも楽しいからいいけど、やっぱりこういうのは参加しないとね!
人見さんを探しながら改札を潜る志穂ちゃんを小走りで追いかける。
志穂ちゃんは気づいてないみたいだけど、人見さん、数十メートル先にいるのよねぇ……。
凄く鋭い視線向けられてるわぁ……。
そんな私の脳裏にとても名案が浮かんだ。名案というより、場をかき回す作戦なんだけどね。
「し〜ほ〜ちゃんっ」
「うきゃあ!?な、なに、まゆまゆ。近いよ!離れてよ!暑いよ!」
「なぁにー?照れてるのかしら?志穂ちゃん、ウエストほっそーい」
後ろから強めに抱きつき、こちらを見ている人見さんを刺激するように志穂ちゃんの体に指を這わす。
「ちょ、まゆまゆ!人前!駅だから!遅刻するからね!」
「人がいなけりゃいいのね?」
「んなわけ、あるかっ!!」
志穂ちゃんの可愛い反応を堪能しながら、視線を上げるとカバンの取っ手をちぎれそうなくらいにきつく握った人見さんが、般若のような形相でこちらに向かってきていた。
隣にいる拓海くんが、若干実の姉にドン引きしてるわ。
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す。高梁先生。ついでに、一三さんも」
「お、おお!?おはよう!紅葉ちゃん」
「あら、人見さん。おはよう」
志穂ちゃん以外の生徒の前では、私だってちゃんと教師をやってるのよ。
まぁ、志穂ちゃんに回した手はそのままで、氷点下の笑顔を向ける人見さんには、そんな風には映っていないのでしょうけど。
「それで、高梁先生は一三さんに一体何をしてるのですか?セクハラですか?新手のいじめですか?」
「そうなの、紅葉ちゃん助け「あら、そんなわけないじゃない。生徒と教師のスキンシップよ」」
「そんなわけないでしょ!?まゆまゆ、まじ離して……」
「高梁先生……でしょ?」
「初めてまともな切り替えしがきた!!」
私と志穂ちゃんの仲の良さに、ギリギリとカバンに力を込める人見さん。
彼女は私が自分と同じ側の人間だとしっかり見抜いているようだ。
そんな彼女と志穂ちゃんを簡単にくっつけるなんて……やっぱり勿体無いわよね?
「高梁先生、早くしないと遅刻しますよ!」
「お姉ちゃん、一番遅刻が危ないのは僕だよ……」
「そうよ?人見さん。早く弟くん送ってあげないと」
「っ!言われなくてもわかってますけど!公衆の面前であなたたちがそんな、はしたなく体を寄せあってるから!大体、一三さんも一三さんよ!あなた、そんなおばさんの何がいいの!?」
「ええ!?私も!?まゆまゆより、紅葉ちゃんの方がいいよっ!?」
「なっ!ば、ばかじゃないの!?」
思わぬ志穂ちゃんからの剛速球に、人見さんは顔を紅潮されながら照れ隠しの罵倒を志穂ちゃんに浴びせる。
っていうか、この子。今さらっとおばさんって言ったわよね?私まだそんなに歳じゃないんだけど。
三者三様に心境を持っている中、開口したのは、人見拓海くんだった。
「志穂ねえ。僕のこと送ってって」
「うおお!?わ、私が?拓海くんを!?いいの!?」
こくりと小さな頭で趣向した拓海くんは、人見さんに握られてる手と反対の手で志穂ちゃんの手を握った。
その行動に人見さんは、小さくガッツポーズ。
弟くんを使うなんて、やるわねこの子。
「では、高梁先生。お先に学校へお向かいください」
「まゆまゆ、また学校でね」
そう言って駅から出ていこうとする三人。弟くんだけは、ぺこりと頭を下げてきたけど。
高梁真由は、これくらいのことじゃめげないのよ!
「二人とも弟くん送ってからだと多分、遅刻よ?私も教師としてついていくわ。それなら遅刻しても大目に見てもらえるはずだから」
「け、結構ですよ!」
「あー……これ以上遅刻はまずいなぁ。まゆまゆ、お願いしてもいい?」
「まっかせなさい!!」
私はさりげなく志穂ちゃんの手を握る。
「まゆまゆまで手繋ぐ必要あるかな?」
「仲間はずれみたいで寂しいじゃない?うふふっ」
「高梁先生って、生徒にグイグイきますよね。そういうのっていかがなものかと」
「あら?人見さんも志穂ちゃんと手繋ぎたかったのかしら?」
「そうなの!?紅葉ちゃん!」
「はぁ!?ち、違うわよ!!」
人見さんの態度に弟くんが、子供とは思えない深いため息を洩らす。
志穂ちゃんとお姉さんに囲まれた弟くんは、幼稚園児とは思えないほどの苦労人らしい。
私はそんな姿に苦笑を漏らしながらも人見さんに視線を向ける。
視線で殺すって、こういうことなのかしら。
(なんで、あなた一三さんにそんなにベッタリなんですか)
(人見さんこそ、意地張ってないで素直になればいいのに)
(余計なお世話よ!一三さんに手出したらあなたのころ殺しますからね)
(あらあら怖い、愛しき美少女が台無しよ?)
「空気が重いよ、志穂ねえ」
「空気?重いかなぁ?」
「たまに、志穂ねえの脳天気さが羨ましいな」
「おー、拓海くんに褒められちゃった!」
「褒めてないよ……志穂ねえ」
そんな私たちを尻目に、志穂ちゃんと拓海くんは二人だけの空間を築いていたのは、また別のお話。
それにしても……。
(拓海くんと会話する志穂ちゃん可愛いわ)
(拓海と話す一三さんが可愛すぎる)
「「羨ましいっ!」」
「ひぃ!?」
「ん?まゆまゆ、紅葉ちゃんどうしたの?」
「「何でもないわよ」」
「ん?う、うん」
この時点で遅刻寸前であり、生徒もほとんど駅には残っていなかった。 電車が到着してから随分と駅で時間を過ごしてしまったらしい。
だから、私、高梁真由は気づかなかった。油断していた。今日の日直当番だからこの時間に駅にはいないだろうと安心しきっていた。
机が隣同士で、この高梁真由の上を行く百合教師。
社会科教諭の想坂叶栄にストーキングされているなど思いもしなかった。
ただこの瞬間の志穂ちゃんを脳内フォルダに保存することで精一杯だったのである。
第4走者をつとめました月読夢月です。
次の方に上手くバトンが渡せたかハラハラしてます……。
それでも楽しく書けました!参加できてよかったです。
『次回、斉藤 なめたけさんです。』宜しくお願いします。