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第二話 渇いた地獄にオアシスを ~抹茶ミルク~

 その光景を、私はこう呼ぶのだ。


理想郷ユートピア!!」


 周りの紺スーツが一斉に振り向いた。


「す、すみません……」


 ま、でも仕方ない。

 だってあそこに理想郷が広がっているんだから。

 思わず声が出るくらいのことは、もはや全宇宙が肯定していると言っても過言でないはず!


「お姉ちゃん、遅れちゃうよ」

「しょうがないでしょ? 拓海たくみがなかなか起きなかったんだから」


 テンションMAXな私の視線の先には、色白な美少年とリスみたいな小動物的愛らしさを備えた美少女のツーショットがある。

 そう、あれは我が愛しき美少女(クラスメイト)人見ひとみ紅葉くれはちゃん! そしてお隣は弟の拓海くん!


 ……ふむふむ、なるほどなるほど。

 紅葉ちゃんはいつも拓海くんの小学校通学の時間に合わせて通学しているのは知ってる。

 でも今日は拓海くんが寝坊して、紅葉ちゃんはわざわざ電車を一本見送ってまで拓海くんと通学中、とな?


 嗚呼、無理してラッシュに乗って良かった……。

 これを見るのは三度目だけど、何度見てもいいものはいいねぇ……。

 あっ、邪魔だよそこのおっさん! その場所にいたら見にくいでしょ!


 そのときガタンと電車が揺れて、拓海くんが人混みに呑まれそうになった。


「あっ、お姉ちゃん……」

「大丈夫だよ」


 ぎゅっ。


 ふ、おおおほほおお!

 紅葉ちゃんが拓海くんと手を繋いで! なな、なんという萌え殺しか!

 嗚呼、生きてて良かった……!


「ありがとお姉ちゃん」

「ほら、しっかりしなさい」


 はぁぁー……。

 ちんまい美少女がおどおどしてる美少年をリードしてるよ。はぁはぁ。

 ああ、包みたい。仕舞いたい。守ってあげたい。なんて反則的な愛らしさ!



 ……え、百合? ショタコン?

 うん。そうだけど何か? どっちもイケるけど?


 ほら例えば、紅葉ちゃんの指先を眺めているだけでよこしまな妄想が次々と…………



 さわっ。

 突然肩を撫でられました。


「むひゃっ!?」


 さわさわっ。


 こっここここれはまさか、ちちち痴漢では!?

 どどどどうすればいいの!? こんなこと初めてなんだけど!

 ていうか痴漢って肩触るものなの!? マニア!?


「……ふっ」

「ぅひっ!」


 うわぁ、息が! 湿っぽくて生温なまぬるい息が!

 いよいよ心拍数も限界を訴える。指一本動かせない私に後ろの痴漢が声をかけてきた。



「おはよう、志穂ちゃん」

「……って、アンタも遅刻かい!」


 痴漢じゃなかった。まゆまゆだった。

 そして職員の通学には遅い時間。


「びっくりした! どうやって電話したの!?」

「うふふ。雑音完全シャットアウトして車両連結部でラブコールよ」

「無駄にハイスペック!」


 普通そこまでして電話しないよね!? 

 驚かせるためだけに雑音シャットアウトとか明らかに努力に見合わないよね!?

 抱きついてくるまゆまゆに、どうしてそのタイミングで電話したのかと聞くと。


「実は志穂ちゃんがこの時間に乗る夢を見たのを思い出して、つい確認したくなっちゃったの。いやー、車両も位置取りも完璧だったわ!」

「なにそれ怖い!」


 予知夢じゃん!

 しかも使い方間違ってるよ絶対! もう完全にストーカーだよ!


「それはともかく、“アンタ”はダメでしょう? もう」


 突如として変わった空気に、今さらながらまゆまゆが学担だったことを思い出す。

 確かに、ノリで「アンタ」とか言っちゃったのはよくなかった……


「す、すいませんでし……」

「“お姉ちゃん”もしくは“お姉さま”でしょ!?」

「ブレないな!」


 私たちがあまりに騒いだから、気付くと周りの紺スーツはみな一様にこっちを見ていた。


「「すみません……」」


 ああ、そんな目で見ないで下さい。

 だいたい全部この人が悪いのです。


「あっ……」


 ふと振り返ると、愛しの人見姉弟は人混みに埋もれて見えなくなっていた。

 理想郷が、癒しのない地獄に戻ってしまった……。

 視線が痛くて肩身の狭いこの地獄があと20分間も続くのか……。






「つ、辛かった……」


 逃げるようにしてホームに転がり出て、私は膝をついた。

 人目? なにを今さら気にするものか。

 ボロボロに擦り切れた心はすっかり麻痺。


「志穂ちゃーん」

「あ、まゆま……」

「お姉ちゃん」


 私の後に続いて降車したまゆまゆが強烈な圧力をかけてくる。

 抵抗する気力など湧かない私の心はあっさり屈した。


「お、お姉ちゃん……」

「きゃーーーー!」


 悶えるまゆまゆ。

 やめろ。それなりに他の生徒もいるんだぞ。


「……はっ、そうだよ愛しの紅葉ちゃんがいる!」


 そうだった!

 車内では見失ったけど紅葉ちゃんもここで降りてるはずなんだ!


「すぐにかねば!」


 この心の渇きは紅葉ちゃんに潤してもらおう!

 あのちんまい美少女が私の膝にちょこんと乗って甘えてくる妄想が膨らむぜぃ!

 興奮状態に突入した私の頭から、今日が大事な日だったこととかも全部すっぽ抜けていった。


「はぁぁあーっ……紅葉ちゃーん!」


 私は紅葉ちゃん(オアシス)を求めて駆け足でホームを飛び出したのだった。



第二話を担当しました、抹茶です。百合っぽいのは初めて書きました。楽しかったですね。



『次回、藤村 藤乃さんの登場です。宜しくお願いします。』

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