[ 8 ] 長すぎた夜と帰り道
少女は、まだその場所にいた。
まったくひと気のない、静まり返った広場。その中央にある、仮設されたらしい小さな――骨組みに載っている、小屋のような――建物。
月明かりに照らされて、白く塗られた壁に、オレンジ色の飾りと黒い模様が浮かんでいる。その模様に紛れこむようにひっそりと、別れたときと同じように、彼女は座っていた。
「おかえりなさい、新入りさん。思ったより遅かったわねぇ」
僕がここに戻ってくることを初めからわかっていたような口振りで、黒猫は微笑んだ。
いや、実際、わかっていたのだろう。そもそも、僕にかぼちゃ姫の存在を教えたのは、彼女だったのだから。
「……あなただったんですね、かぼちゃ姫」
「ええ。残念、見つかっちゃったわねぇ」
さして残念そうでもなく答えて、黒猫はくすくすと笑う。
「それじゃ、あたしは祭壇に戻らなきゃね」
座っていた台から、身軽な動作で飛び降りて、ふわりと着地する。同じ地面に立って並ぶと、彼女は僕よりも頭一つぶん小さかった。
「……一つ、聞いてもいいですか」
「なに?」
上目づかいで見上げる金色の瞳に、僕はずっと抱いていた疑問を口にした。
「あなたは、どうして、僕にかぼちゃ姫を捜すように言ったんですか? ……自由になりたかったんじゃなかったんですか?」
祭壇に――かぼちゃ姫に戻れば、今のように、地面に立って歩くことはできなくなるのだろう。それに、火の玉さんがこう言っていた――閉じこめられているみたいなものだと。
問いかけに、少女はかすかに微笑んだ。
「あたしもね、そろそろ潮時だと思っていたのよ。そろそろ、この夜は明けるべきなんだわ、って」
つぶやくその声音は、ただ穏やかで、どんな感情も読み取れない。
「そんなふうに思っているときに、ちょうどあなたが現れたの。だから、かぼちゃ祭の最後の思い出に、ちょっといたずらを仕掛けてみようかなって。……見事に引っかかってくれて楽しかったわ」
くすりと笑いながらつけ足された言葉に、僕はがくりと肩を落とす。情報を提供してくれたいい人だと思ったのに、実はからかわれただけだったなんて。
だけど、結果的に、僕が彼女を祭壇に戻すきっかけになったのは確かだ。彼女自身が望んだことらしいとはいえ、そのことに、多少の罪悪感があった。
そんな僕に、少女は何も気にしていない様子で、ひらひらと手を振った。
「それじゃあね。縁があったら、また会いましょ」
「……あ、はい」
最後に僕に微笑みかけると、未練も何もないような足取りで段を上り、小屋の扉の奥へと消えていく。
広場には僕だけが取り残され、あたりはひどく静かになった。ふと周りを見回すと、家々にともっていたはずの明かりは、いつのまにかすっかり消えてしまっている。
がらんとした空間を、僕は、ゆっくりと歩き出した。最初にここにたどり着いたときと同じ道――魔王の城へと続く道を。
かぼちゃ姫は、祭壇に帰った。
僕も、帰るべきなのだろう。
聖職者みたいな外見でも、一応『吸血鬼』の僕が、ここにいるわけにはいかないのだ。長い、長すぎたかぼちゃ祭の夜は、もうすぐ明けるのだろうから。
暗い道をとぼとぼと歩きながら、僕はふと、自分の上に広がる夜空を見上げた。まどかな月は、西の空へと傾いて、静かに終わりを待っていた。