[ 7 ] 廃屋、もとい、おばけ屋敷
魔女さんもまた、かぼちゃ姫の行方には心当たりがないということだった。彼はかぼちゃ祭本番に広場へ出かけたらしく、そのときたまたま騒動に居合わせたのだそうだ。
かぼちゃ姫の行方について手がかりを求める僕に、魔女さんは、火の玉を訪ねることをすすめてくれた。なんでも、彼が知るかぎりでは一番の年長で、いろいろなことを知っているらしい。
それなら期待できるかもしれない。そう思って魔女さんに火の玉の家を教えてもらい、そして現在、ようやくそれと思われる家にたどり着いた。――のだが。
……本当に、ここなのだろうか。
そんな不安が、胸いっぱいに湧き上がっていた。
たしかに、玄関先にはかぼちゃ提灯が置かれている。だから、ここも『兄弟』の家には違いないのだろう。けれど、鎮座しているかぼちゃ提灯以外のこの家の様子は、その、なんというか、最も近い言葉で言い表すと、……廃屋、のような建物だった。
見回してもほかにはほとんど家が見えず、庭は雑草が伸び荒れ放題で、あたりの野原と同化している。壁にはひびが入り放題、窓という窓はすべてカーテンを閉められていて、明かりもなく、中がどうなっているのかもわからない。カーテンがあるということは、少なくとも空き家ではないはずだが……怪しい。怪しすぎる。
いくら火の玉、生身の身体は持たないとしても、本当にこんなところに住んでいるのだろうか。
……。
…………。
………………いや、でもまあ、ここで悩んでいても仕方がないし、墓場じゃないだけましかな……。
むりやり自分を納得させて、僕はとりあえずこの廃屋にお邪魔することにした。
玄関のドアには、一応ベルがついていたので鳴らしてみる。と、ややあって、がちゃり、と中から鍵の開く音がした。
……しーん。
鍵は開いたようだが、誰かが出てくる気配はない。勝手に入ってもいいのだろうか?
訝りながらも、そっとドアを引いてみた。古いドアが、悲鳴のようにきしむ音を立てる。やはり鍵は開いているようだ。……初めから開いていた可能性も捨てきれないけど。
家の中は真っ暗だったが、目が慣れてくると、玄関の奥に、ドアが二つあるのがうっすらと見えた。正面と、向かって右手だ。
外から見た感じからして、おそらく右側は居間のようなものだろう。そう思い、まずはそちらに入ってみることにした。
当たり前のようにきしむドアを開けると、すぐ目の前に、ガイコツが立っていた。
「うわっ?」
驚きに、思わず声を上げる。
そのまま時を止めた僕とガイコツはしばらく見つめ合っていたが、やがて、相手が口を開いた。
「そこ、どいて」
かつかつ歯を鳴らしながら発せられたその声は、ハスキーな女性の声だった。
「えっ、あ、はい、すみません……」
すこぶる機嫌の悪そうな声に、反射的に謝りながら横にずれる。空いたスペースを緩慢な動きで通り過ぎて、ガイコツはもう一つあるドアの向こうへと消えていった。
……あれ。もしかして、家を間違えた?
「おお、お客かの~。よく来たのぅ」
不安が再び胸中をよぎったそのとき、ガイコツが出てきた部屋の奥から、そんな声が聞こえてきた。思わずそちらのほうを見やると、暗い室内に、ぼんやりと青く光る何かが浮いている。たいまつにともった火のように、ゆらゆらと揺れる光。
「あ。もしかして、あなたが火の玉さん……?」
「いかにも、わしが火の玉じゃ~」
かなりお年を召した老人の声が、どこか楽しげに答えをよこす。
「うわー、お客サマだー」
そのあとに続いて、別の、子供のような甲高い声が聞こえてくる。――と同時に、白い浮遊物体が、目の前をふよふよと横切った。よく見ると、白くぼんやりした発光体には、左右に突き出た細い部分があり、黒っぽい目鼻口のようなものがある。
……え。なんだ。今度はゴースト?
ここ、いったい何人住んでいるんだろう?
「目の前にガイコツとか、いきなりびっくりしたでしょー。でもねー、鍵開けられるの、コッツーしかいないんよー」
目の前の状況に疑問符を浮かべまくっている僕に、やたらハイテンションでゴーストが話しかけてくる。コッツーって……あのガイコツのことか。
「あとねー、ふだんはやさしいおねえさんなんだけどねー、コッツー、低血圧なんよー。今、寝起きだから、ちょっとこわいの、勘弁したってー?」
いや、ガイコツが低血圧って。
反射的にツッコミを入れそうになったが、相手は子供……のような気もするので、ぐっと言葉を呑みこんだ。その代わり、別のことを言ってみる。
「……あの人、コッツーっていう名前なんですか」
「うんそう。ガイコツだからコッツー。いい名前でしょー?」
「……」
それ、もしかして、一人で勝手に呼んでるだけなんじゃ?
「ちなみにそこの火の玉は、火の玉なんでタマじいさん」
「……」
「我ながらすばらしいネーミング♪」
やっぱりか。
上機嫌でふよふよしているゴーストから視線を移し、気の毒そうなまなざしで火の玉を見やる。
「……お疲れ様です」
「わかってくれるか……」
「ええ、つい先ほどまで、似たようなノリの人のところで暮らしていましたから」
「……おぬしも若いのに苦労しとるの~」
しみじみとした声で言われて、僕は思わず苦笑を浮かべる。この人が僕の兄なら、魔王のことはもちろん知っているだろう。アレがどんなにあれな性格かということも。
「して、客人よ。どういった用向きじゃ~」
「あ、……僕、盗まれたっていう、かぼちゃ姫の行方を捜しているんです。心当たり、ありませんか?」
火の玉さんの言葉に、僕は、さっきから何度目かの同じ質問を口にした。
「かぼちゃ姫、かい? おお、知っとるよー」
「えっ。本当ですかっ!」
「本当じゃとも~」
あまりにもあっさりと望ましい答えが返ってきたので、一瞬耳を疑った。四軒目の家にして、ついに有力な手がかりか?
「ほんとうー? ほんとうー」
ゴーストが、その場を漂いながら、楽しそうな声で言う。
「そんでー、どこ行ったんー? かぼひめ!」
「……あー。えーと、おぬしは向こうへ行っとれ。これ、大人の大事な話じゃからの」
「えー、つまんないー。ちぇー」
残念そうにつぶやいて、ゴーストはふよふよと天井の向こうへ消えていった。それを見て、火の玉は、ふう、と大きく溜息をつく。
「まあ、それでじゃ。……かぼちゃ姫、な……実は、盗まれたわけじゃないんじゃよ。ちょっと、逃げ出しただけなんじゃ~」
「へ? 逃げ……?」
「奉られていると言えば聞こえはいいが、閉じこめられているみたいなもんじゃからのぅ。自由に出歩いてみたかったんじゃろ」
「はあ……」
憐れむように話を続けた火の玉さんに、それもそうかもしれない、と僕は納得しかけた――が、いやちょっと待て、と思い直した。
「あの……でも、かぼちゃ姫って、かぼちゃなんですよね? なのに、動けるんですか?」
「そうじゃな、かぼちゃの姿のままじゃあ無理じゃったろう。じゃが、かぼちゃ祭のあの夜……」
火の玉さんは、よろよろと漂いながら、昔をなつかしむような口調になった。
「突然気まぐれを起こした魔王が、『たまにはこういうのもいいよね☆』とか言いながら、かぼちゃ姫を、人間の姿に変身させたんじゃ」
「――あ」
その瞬間、『かぼちゃ姫はいただいた☆』という、例の犯行声明らしきものが僕の脳裏をよぎった。
「そうか……犯人はアレだったのか……」
思わず、つぶやく。言われてみれば、確かにあのノリはこのノリと共通しているところがある。
「あ、でも……火の玉さんは、どうして、魔王がかぼちゃ姫を変身させた、なんてことを知っているんですか? 見ていたわけじゃないですよね?」
「どうしてって、道端で偶然会って、聞いたからじゃよ」
「会ったって、誰に」
「かぼちゃ姫」
「えっ?」
かぼちゃ姫本人と会った、だって?
これは、かなり信憑性が高いのではないだろうか。さらなる情報を得ようと、質問を重ねる。
「それじゃあ、どこに住んでいるとか、言っていませんでしたか?」
「いや~……そういうことは、言わんかったのぅ」
残念ながら、これは空振り。
だがしかし、それなら……。
「あの、それじゃあ、火の玉さんが会ったときの、かぼちゃ姫の外見ってどんな感じでした?」
「そうじゃのぅ……、かぼちゃ姫は、おぬしよりもちょっと若い、おなごの姿をしとったよ~」
ふむふむ。僕よりちょっと、ということは、二、三年下くらいだろうか。
「それにのぅ、仮装じゃとかで、真っ黒な服を着て、頭に猫の耳みたいな飾りをつけとったよ~」
……。
なんだって?