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[ 6 ]  魔女と少年とバーベキュー

 天使さんに教えてもらった道を歩いて、たどり着いたのは、こじんまりした住宅だった。

 表札もなく、まわりにある家々と比べても、目立つような特徴はない。唯一ほかの家と違うのは、やはり玄関ドアの前に置かれたかぼちゃ提灯だ。

 家の中からは明かりが漏れていたので、またベルを鳴らそうと手を伸ばす。そのとき、何か妙な匂いがしてくるのに気がついた。

「ん……?」

 なんだか、煙くさいような。

 首を傾げ、匂いのしてくるほうを見やる。家の前には小さな庭があり、木が何本か植わっていた。その隙間を埋めるように、低木や庭石が並んでいる。奥を見ると、家の側面のほうへも庭が続いているらしい。この匂いは、まさしくそちらのほうから、うっすら白い煙とともに流れてきていた。

 不思議に思って、前庭を横切り、家の側面を覗いてみる。と、そこには、こちらに背を向けて岩に腰かけている人影と、その向こうに、白い煙を立てている何かがあった。

 家の明かりが窓から漏れているので、そのあたりだけ、周りと比べてよく見えた。人影は、しきりに何かをぱたぱた扇いでいる。そのたびに、白い煙がこちらのほうへと流れてきていた。なんだか煙くさい、という感じだった匂いも、だんだん何なのかはっきりしてくる。そう、これは……肉の焼ける匂い?

「……あのー、すみません」

「ん?」

 振り向いた人影は、見た目、僕と同じ年くらいの少年だった。淡い金色の髪に、紫の瞳。その手には、細長い串のようなものを持っている。

「あれ? えーと、どちら様?」

 彼は振り向いたままの姿勢で僕を見上げ、首を傾げた。

「……あ、その、魔女さんの弟みたいなものです」

 彼の身体が少し横にずれたので、彼の向こう側にあるものが、僕にもはっきりとわかった。

 火のついた炭の左右に、四角い煉瓦を数個積み重ねて台にして、その上に網を渡している。そこには串に刺さった肉やら野菜やらが並べられ、白い煙を立てていた。

 これは、いわゆる、バーベキュー……というやつだろうか。

「弟ー? ……あ、もしかして、魔王に作られた新入りくん?」

「ええ、まあ」

「へー! 久々だなー、弟分。今度は結構マトモそうー」

「……」

 今度『は』?

 何やら気になることを言われたのだが、それを訊ねようとするより先に、相手に話しかけられた。

「あ! 肉食べる? 肉。魚とか野菜もあるよー」

「……はあ」

「これ、終わったら、鉄板載せて焼きそば作るからねー!」

 焼き魚とか焼きそばとか、いろいろ混ざりすぎのような。

「……あの、すみません。ここ、魔女さんのお宅だって聞いてきたんですけど、合ってますよね?」

「ん? うん。聞いてきたって、誰に?」

「ええと、天使さんと悪魔さんの二人組です」

「あー、あのバカップルにねー。そりゃ大変だったね」

 笑いながらつぶやいて、彼は、手に持った串に刺さっている肉や野菜に、何度も息を吹きかけた。どうやら猫舌らしい。

「で、あの……魔女さんはどちらに?」

「いるじゃん、ここに」

「……。ええっと」

 思わずきょろきょろあたりを見回すと、呆れたような声が聞こえてきた。

「ボクだよボク。ほかに誰もいないから」

「……。あの、でも、あなたは……男性では?」

「そうだよー」

 あっけらかんとした答えに、僕はしばし沈黙する。

「ええと……でも……魔『女』、なんですか」

「うん、なんか魔王がね、男の魔女がいるらしいって話をどこかから仕入れてきたみたいでさ。それを試してみたくなったんだって」

 何でもないことのようにそう言って、彼は串焼きにした何かの肉を頬張った。

 ……いや、たとえ『いるらしい』って話でも。『男』の魔『女』って、明らかにおかしいのでは?

 ある意味、生気にあふれた色合いの吸血鬼である僕よりも、苦難を負わされているような。だが、彼には、それを気にする様子もまったくない。

「なんていうか……ずいぶんあっさりしてるんですね……」

「そう? ちょっと塩振りすぎたかなーと思ったんだけど」

「肉の話じゃありません」

 どことなく魔王を思い起こさせる反応だったので、反射的にツッコミを入れてしまう。

「あなたのことですよ。結構大変な生まれなのに、あまり気にしていないみたいだから。……魔王を恨んだりとか、しなかったんですか?」

 ――そう、僕みたいに。

 複雑な気持ちを隠して訊ねた言葉に、魔女は明るく笑って答える。

「だって、ボクはボクだもん。男とか女とか、魔女だとか関係ないし」

 言うなり、今度は串刺しのピーマンにかぶりつく。さっきからよく食べるなこの人。

「むぐむぐ……、生まれちゃったものはしょうがないしね。それに、一応魔法も使えるから便利だよ。炭に火をつけるのも簡単だしねー」

「はあ……」

 なんだか、彼を見ていると、自分の悩みがとても小さなもののように思えてくる。見た目や肩書きがどうあれ、自分は自分だから、って、確かにそのとおりだし。

 僕も、復讐とか、もうやめようかな……そんな気持ちになった。

 どうせ何をしたって、アレにとっては大した痛手でもないんだろうし。もうあの存在を意識に上らせるだけでも不愉快だから、アレのことは忘れて、どこかでひっそり暮らすとか。こんなふうに焼肉するとか。ああ、いいかもな……。

「そういえば、キミは何なの?」

「え?」

「魔王に作られたってことは、かぼちゃ祭に関係してる格好でしょ? 何の姿?」

 なにげなく訊ねられた言葉に、僕は答えを言いよどむ。

「ええと……何だと思います?」

「ん? うーん……」

 彼はしげしげと僕を見つめ、しばらく首をひねって、やがてぽつりとこうつぶやいた。

「聖職者かな?」

 魔王、やっぱり許すまじ。

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