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[ 5 ]  悪魔の家と天使の話

 ミイラさんに教えてもらった道を行くと、やがてかぼちゃ提灯を置いている平屋の家にたどり着いた。

 悪魔の家というので、てっきり暗黒波動の漂う館を想像していたのだが、予想に反してふつうの邸宅だった。白い壁に、大きな出窓。そこそこに広い庭はきちんと手入れされているようだし、玄関のドアに至るまでの短い階段には、花の植木鉢が飾られていた。

 今度の家には、表札はかかっていない。『木乃伊』ならまだしも、さすがに『悪魔』とは書けないか。

 ベルを鳴らすと、ややあって、中から返事をする声が聞こえてきた。

「はい、どちら様でしょうか」

 それは、落ち着いた感じのする、若い男性の声だった。穏やかで、言葉遣いも丁寧だ。この声の主が、悪魔さんだろうか。

「あの、ミイラさんに教えられて来た者なんですが。かぼちゃ姫の行方について、心当たりがあったら教えてもらえないかと思……」

 がちゃり。

 言葉の途中で、目の前のドアが少し開いた。中から明るい光が漏れて、そこに立つ人の影を作る。

 現れたのは、長い銀髪の青年だった。見た目の年も身長も、ヴァンさんより少し上といったところだろうか。瞳の色も髪と同じく銀色で、ところどころ青い飾りのついた白い服を着ている。おまけに、その背には、一対の白い翼があった。

 ……。ええと、この人が悪魔? いや、いくらなんでもそれは。

 戸惑う僕に、青年はかすかに微笑んだ。

「どうやら、新入りくんのようだね。立ち話もなんだし、よかったら中で話さないか? 今、ちょうど彼女がお茶を入れているところなんだ」

 言いながら、彼は手で家の中を示してみせる。

「え、あ……はい、お願いします」

 招かれるままに家に上がりこみ、僕はあたりを見回した。玄関の奥は小さなホールになっていて、壁にところどころ開いている立方体のようなスペースには、花瓶に入った花が飾られている。どこからか、かすかに紅茶の匂いが漂ってきていた。

 青年が、すぐそこのドアを開けて中へうながす。

「こちらへどうぞ。テーブルのところの椅子に適当に座って」

「あ、はい」

 白いレースのクロスがかけられた丸テーブルの周りには、木製の椅子が五つ置かれている。言われたとおり適当に選んで座ると、青年は僕の向かい側に腰かけた。彼の後ろには象牙色の壁があったが、それは部屋の幅の半分ほどまでしかない。あとの半分はそのまま奥の部屋へと繋がっていて、壁の向こう側の空間とも繋がっているようだった。

「……それで、あの。さっきの話なんですけど……」

 椅子に座って落ち着いたところで、かぼちゃ姫の行方について話を聞こうとしたそのとき。

「あの、お茶が用意できまし……あら? お客さま……?」

 壁に遮られた奥の部屋から、茶器を盆に載せた少女が姿を現した。

 見た目は僕よりも少し年上、といったところだろうか。真っ赤な髪に真っ青な瞳という、かなり派手な色合いをしているが、ほぼ黒一色の服装が多少落ち着きを与えている。頭には左右に一本ずつ、羊のようにぐるりと巻いたツノがあり、そして、背中には一対の黒い翼があった。

 それを見て、ようやく僕は理解する。おそらく、この人が、ミイラさんの言っていた『悪魔ちゃん』なのだろう。白い青年のほうは……ええと、天使、なのかな?

「あ……えっと……」

 悪魔さんは盆を持ったまま、僕と青年を交互に見やって、困ったような顔をしている。どうしたらいいか戸惑っている様子だ。そんな少女に、青年はかすかに笑って声をかけた。

「ああ、心配いらないよ。僕らの弟分さ」

 ……『弟分』?

「おとうと……? あら……」

 青年の言葉に、彼女は少しほっとしたような顔をして、こちらに歩み寄り、盆をテーブルの上に載せた。そっとソーサーとカップを僕の前に差し出して、ちらりと一瞬だけ僕を見て、それからうつむいて小さくつぶやく。

「あの……、よかったら、お茶……どうぞ」

「あ、はい……ありがとうございます」

 どこか怯えたような動作と消え入りそうな声に、まるで、いじめているような気分になってしまう。……僕、何かしたんだろうか。そんな不安に駆られていると、テーブルの向かいで、青年が穏やかに笑みを浮かべた。

「そんなに気にしないで。彼女は、ちょっと人見知りなんだ」

「あ、ええと……」

 それならいいんだけれど……どこまで言葉どおりに受け取っていいものか。思わず首を傾げた僕は、そういえば、先ほどの彼の言葉に気になる単語があった、ということを思い出した。

「あの、さっきの……『弟分』って?」

 僕の質問に、青年は、おや、という顔をした。

「言葉のとおりだよ。君も、あの魔王に作り出されたんだろう?」

「え」

 思ってもみなかった答えに目を丸くして、僕は、天使姿の青年と、悪魔姿の少女を見つめた。『も』、ということは、つまり……。

「僕も彼女も同じだよ。魔王によって生み出された、いわば兄弟みたいなものさ」

 天使さんは穏やかに言葉を続けて、かたわらでお茶を注ぐ悪魔さんを見やった。

「僕らは同時に作られたから、双子みたいなものかな。ねえ?」

「えっ、あ、はい……そうですね」

 話しかけられた少女のほうは、少し驚いた様子を見せたが、はにかむように微笑んで同意する。

「……えーと、もしかして、黒猫とかミイラさんとかもみんな兄弟なんですか?」

 ふとした疑問を口に出すと、二人は顔を見合わせた。

「黒猫……は知らないけれど、ミイラくんなら仲間だよ。この町で、かぼちゃ祭のことを覚えているのは、僕らのような、魔王に作られた者だけさ。何せ、忘れようにも忘れられない姿だからね」

 なるほど。確かに……。

 天使さんの言葉には納得したが、しかし、そうなると、あの黒猫はいったい何者なんだろう?

「僕らが知らないということは、その黒猫くんは、僕らより年長になるのかな。ほかの兄弟のことは、実はあまり知らないんだ。魔王陛下は、まあ……たぶんずっとあんな感じなんだろうし、その場のノリで適当にいろいろ作ったりするからね」

「ええ、はい、確かに」

 力いっぱいうなずくと、青年はかすかに苦笑した。その様子を見て、少女もくすりと笑みをこぼす。

「まあ、それはさておき。冷めないうちにお茶をどうぞ。彼女が入れてくれたお茶は、本当においしいんだよ」

「あ、はい……じゃあ、いただきます」

 笑顔にうながされて、目の前のカップに手を伸ばす。ふわりとした香りが漂い、紅茶の表面にさざ波が立つ。ちらりと二人の様子をうかがうと、優雅なしぐさでカップを持ち上げる天使さんの隣で、悪魔さんは少し照れたように顔を赤らめていた。

「……。おいしいです」

 一口飲んで感想を漏らすと、こちらを見ていた少女が、ほっとした表情を浮かべる。青年は上機嫌のようで、にこにこと楽しそうな笑顔を浮かべていた。

「そうだろう? 僕なんて、もうすっかり、彼女の入れてくれたお茶じゃないと飲めない体質になってしまったよ」

 さらりと言って、彼は隣の少女を見やる。それを聞いてさらに赤くなっている彼女に、カップを持ち上げてそっと訊ねた。

「君は、飲まないのかい?」

「……あ、いえ、わたしは」

 あわてたように手を振る少女に、青年はにこやかな笑顔でつぶやいた。

「よかったら、これ、一緒に飲む?」

「……えっ」

 えっ。

 悪魔さんが――声には出さなかったけど僕も――驚いて彼を見る。突然何を言い出すんだこの人。

「まだ口はつけていないから、君にあげてもいいんだけど。でも、僕も君が入れてくれたお茶、飲みたいしさ。だから、二人で」

「えっ、いえっ、あの……」

 一人で話を進める天使さんに、彼女は見る間に真っ赤になった。何と言ったらいいか思いつかないのか、ただ、ふるふると首を横に振って返す。

「……僕と一緒じゃ、嫌かな」

「あ、いえ、そんな……ことは……」

「じゃあ、飲む?」

 にっこり。

 どこか清浄な雰囲気すら感じさせる彼の微笑みに、腹黒い悪魔のツノが見えるような気がするのはなぜだろう。

「……あっ、お茶菓子、わたし、ちょっと用意、してきます……!」

 いよいよ困ったらしい悪魔さんが、しどろもどろになりながら奥の部屋へと逃げていく。

 見送る背中がすっかり壁に隠れてしまってから、青年は幸せそうに微笑んで、小さな声でつぶやいた。

「かわいいだろう? 彼女」

「……はあ。そうですね」

 どちらかというと、かわいいというよりも、かわいそうだと思ったが、あえてそれは言わなかった。

「そうだろう、そうだろう。僕も彼女がかわいくてたまらない。まったくどうしてあんなにかわいいんだろうね。つい、からかいたくなってしまうんだよ」

 僕が同意を示したことに気をよくしたのか、天使さんは、音量を抑えた声のまま饒舌に話しだした。

「本当のことを言うと、彼女にはあまり動いてほしくないんだよ。お茶を入れるのだって、お湯を沸かすのに使う火や、熱湯でやけどなんかしたら大変だ……! 手がすべってポットやカップを割ってしまったら、破片が刺さってしまうかもしれない。料理するときだって、刃物を使うものだから、うっかり怪我でもしたらと思うと、こう、心配でたまらないんだ。いや、それでなくても彼女はどこか注意力が足りないところがあって、何もないところでつまずいて転びそうになったり、そのあたりのものに翼をぶつけそうになったり、髪をどこかに引っかけたり、いろいろ危ないんだよ。彼女が動くたびに、はらはらして仕方がないから、できればおとなしく座っていてくれたほうが安心する。炊事も掃除も全部僕がやってあげたいくらいなんだ! でも……、だけど……、そんなふうに、危なっかしいながらも一生懸命にやっているときの彼女はそれはもうとてもとてもかわいいんだよ! そんな素敵な彼女の姿をずっと見つめていたい、これもまた偽らざる僕の本心なんだ! ああ、どうしたらいい。僕は、僕はどうしたらいいんだ……!」

 彼は、呆気に取られる僕にいきなり力説し始めたかと思うと独り言のような内容をつぶやき、しまいには両手で頭を抱えてテーブルにひじをつき、そのままの姿勢で動かなくなった。

「……ええと、あの……」

 一人取り残された僕は、どうしたらいいかわからず、とりあえず目の前のお茶をいただくことに集中する。ああ、お茶がおいしいなぁ……。

 しばらくして、天使さんは、むくりと顔を上げた。それから、こほんと一つせきばらいをして、ふっとあさっての方向を見やる。

「いけない、いけない。彼女のことになると、うっかり冷静さを欠いてしまう。気をつけなければ」

「……はあ」

 気をつけてどうにかなるレベルなのかそれ。

 よっぽどそう言ってしまおうかと思ったが、すんでのところで言葉を呑みこんだ。いや、うん、気をつけようと努力すること自体が大事なんじゃないかなと思うんだ。たぶん。

「ああ、そういえば……君は、何のために僕らを訪ねてきたんだったかな」

「あ」

 場に残る気まずさを払拭するようにかけられた声に、僕自身もようやくそのことを思い出す。彼があまりに予想外の言動をし始めたので、すっかり忘れてしまっていた。

「かぼちゃ姫の行方について、聞きに来たんです。何か心当たりがあったら、教えてもらえないかと思って」

「ああ、かぼちゃ姫ね……。そうだね、心当たりは、さっぱりないな」

「は」

 あっさり端的に答えを出されて、僕はぽかんとしたまま固まった。

「あ、そ、そうですか……」

 なんとかそれだけ言葉を返して、まだ残っていた紅茶を飲み干す。

 この人、何も知らないなら、どうしてわざわざ家の中で話そうなんて言ったんだろう。もしかして、…… の ろ け た か っ た だ け ?

「かぼちゃ姫のことは、僕らも魔女くんに聞いただけなんだ。魔女くんなら、もう少し詳しく知っているかもしれないけど」

 なんだかすごくもやもやするこちらの気持ちを知ってか知らずか、青年は穏やかさを取り戻した声音でそう言った。

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