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[ 3 ]  黒猫少女とかぼちゃ姫の祭壇

 僕は魔王の城を出て、とりあえず町のほうへと向かっていた。目的は、もちろん魔王への報復――いや、そのための下調べと言うべきか。町の中で魔王の弱点もしくは弱みもしくは嫌いなものなどの情報を仕入れ、それによる精神的ダメージを与えようという狙いだ。

 一応、それらの情報については真っ先にヴァンさんに訊ねてみたのだが、『そんなもの、知っていたらとっくに試しているよ……』という悲哀に満ちた答えが返ってきただけだった。

 彼はそのあと、魔王に報復するため旅に出ると言った僕を、『そうか……うん、まあ、がんばれ……』と遠い目で見送ってくれた。もしかしたら、彼も過去にそんな旅に出たことがあるのかもしれない。いや、きっと出た。そうに違いない。だって、親があれだから。

 鬱蒼とした木々の中、月が照らす道を歩いてしばらく行くと、ぽつぽつと家が見え始めた。どの家にも、玄関先や窓枠に、魔王の部屋にあったような祭飾りが見える。白黒の、コウモリやゴーストや黒猫や……そのほかもろもろと、派手なオレンジ色をしたかぼちゃの飾り。

 すっかり夜だからか、通りには一人の人間の姿も見えない。手当たり次第に情報を訊ねて回ろうと思っていたのに、最初からこれでは先が思いやられる。夜も更けてきているようだし、さすがに家に押しかけてまで赤の他人に話を聞くわけにもいかないし。

 魔王城からまっすぐに続いていた道をそのままずっと歩いていくと、家はどんどん増えて町になり、やがて大きな広場にたどり着いた。道沿いに見えたどの家にも明かりが灯っていて、人の気配もあったのだが、どういうわけか道中誰にも会わなかった。

 やはりまったくひと気のない、静まり返った空間の中央には、仮設されたらしい小さな建物があった。骨組みに載っている小屋のような建物で、床は地面より階段五段ぶん高い位置にある。月明かりに照らされて、白く塗られた壁に、オレンジ色の飾りと黒い模様が浮かんでいた。

 他にめぼしいものも見当たらないので、小屋の中に何かないだろうかと近くまで寄ってみる。と、壁にあった黒い模様が、突然身じろぎした。

「あら……、どちらさま?」

 ぎょっとする僕に声をかけてきたその模様――もとい、人影は、真っ黒な服を着た少女だった。小屋の壁に背を預けて座っていたので、黒い姿が模様の一部に見えたのだ。

 正体がわかってほっとしたところで、城を出てから初めて出会った相手を観察してみる。

 見た目は僕より二、三年下だろうか。服だけではなく、靴も黒い。背の中ほどまである、ゆるく波打つ髪も黒いし、頭の上にちょこんとついた猫耳もまた黒い。……この格好は、おそらくかぼちゃ祭用の仮装なのだろう。察するに、黒猫。

 そういえば、かぼちゃ祭本番は、いつ行われるのだろう? 祭飾りがしてあるということは、まだ終わってはいないはずだが。

「えーと……こんばんは」

 とりあえず挨拶をしてみると、黒猫少女はくすりと微笑んだ。

「こんばんは。めずらしいわねぇ、こんな時間に、誰かと会うなんて思ってなかったわ」

 見た目は僕より年下なのに、しぐさや言葉遣いは妙に大人びている。もしかしたら見かけより年上なのかもしれない。生まれたばかりの僕が言うのもなんだけど。

「それで、何をしにここまで来たの? 新入りさん」

「へ?」

 突然の質問に、間の抜けた声を出してしまう。

 いや、質問だけではなくて。何か気になることを言われたような。

「あのー、『新入り』って……?」

「こんな時間に外を出歩くなんて、この町の住人ならしないってことよ。それを知らないあなたは、まだここに来たばかりの新入りさん。違う?」

「ええ、まあ……そうですけど」

 大人びた雰囲気に呑まれて、つい敬語で答えてしまう。そんな僕をおかしそうに見やって、少女はさらに言葉を続けた。

「ついでに言うと、森の中の城から、生みの親に愛想を尽かして出てきたってとこかしら?」

「えーと……まあ……そうなんですけど」

 あれ。なんだろうこの話の展開。

「魔王さまは相変わらずみたいねぇ」

「ええまあ……」

 あいまいに答えを返して、それから少時沈黙する。

「……あの。もしかしてアレとお知り合いなんですか?」

 おそるおそる訊ねてみると、黒猫はふっと遠い目をして視線を逸らした。

「『アレ』……。そう、ついに『アレ』とまで言われちゃうようになったのねぇ……ま、自業自得だけど」

 何やらひとりごとを言ったあと、短く溜息をついて、黒猫はこちらに向き直る。

「答えはイエスよ、新入りさん。あたしと魔王さまとは、それなりに昔からのつきあいなの」

 『それなりに昔から』。

 ……昔からって、いつからだろう。というか、あの魔王につきあっていられるようなこの黒猫は、いったい何者なのだろう?

 疑問が脳裏を掠めたが、なんとなく、聞いてはいけないような気がする。見た目どおりのただの少女ではなさそうだし、変に機嫌を損ねたら自分の身が危うい……かもしれない。根拠は何もないのだが、そう思わせる雰囲気があった。

 とはいえ、魔王と長いつきあいの彼女なら、弱点の一つや二つは知っているかもしれない。できればそのあたりの詳しい話を聞きたいな――と僕が思ったのを見透かすように、金色の目がうっすらと細められた。

「何か知りたいことがあるなら、答えてあげてもいいけど?」

「え……、ぜひお願いします!」

 力いっぱい即答する僕を見て、黒猫はくすくすと笑う。

「まあ、あたしも知っていることしか言えないけど。何が知りたいの?」

「アレの弱点とか弱みとか苦手なものとか嫌いなものを教えてください」

「……相当煮え湯を飲まされたって感じねぇ」

 単刀直入に切り出した言葉に、心なしか憐れみのにじむ声音で答えが返る。

「残念だけど、あたしもそういうことはよく知らないの。でも、何せ魔王さまだから……嫌いなものがあったとしても、この町からは抹消しているんじゃないかしら」

「そうですか……」

 がくりとうなだれ、力なく溜息をつく。どうやら、世の中そうそううまくはいかないようだ。

「でも……、そうねぇ……」

 望みは絶たれたかと思いかけたそのとき、黒猫は思いついたようにこんな言葉を口にした。

「もし、かぼちゃ祭が、本当に終わってしまったら――さしもの魔王さまも、ちょっとくらいはヘコむかも」

「……かぼちゃ祭が、『本当に』終わったら?」

 何やら引っかかる物言いに、僕は首を傾げる。

「『本当に』があるってことは、『一応は』終わっているんですか?」

「ええ、そうよ。かぼちゃ祭が行われたのは、もうだいぶ前のことだもの」

「でも、町の中はどこも祭飾りがしてありますし、……あなたも仮装してますよね」

「そうねぇ」

 少女は自身の格好をちらりと見下ろして、それからにこりと微笑んだ。

「似合うでしょ、黒猫」

「……ええ、それはもう」

 黒い髪も、ややつりぎみな金色の目も、おまけに言動も。似合うというより、はまりすぎのような気がする。

 僕の答えに満足したのか、少女はどことなく嬉しそうだ。

「ふふ。でもねぇ、本当は……」

 何かを言いかけたその顔に、ふっと翳りがよぎる。が、何だろう、と思ったときにはもう、もとの笑みに戻っていた。

「まぁ、それは置いておいて。ねぇ新入りさん、この町の住人が、外を出歩いていないのはどうしてだと思う?」

「え……、夜だから、じゃないんですか」

「半分当たり、ね。そう、夜なのよ」

「???」

 何を言われたのかよくわからず、首をひねる僕に、少女は再び口を開いた。

「この町はね、もう長いこと、朝を迎えていないの。かぼちゃ祭の当夜――かぼちゃ姫が盗まれたときから、ずっと夜のままなのよ」

「……は?」

 冗談ではないらしい黒猫の言葉に、思わずぽかんとしてしまう。何その超展開。

 ずっと夜のまま、だって?

 常識的に考えてありえないと思ったが、そういえば、ここはあの魔王の影響下の町なのだ。それなら、そんなトンデモな事態が起こったとしても不思議はない。だいたい、僕の存在自体、常識的に考えたらありえないのだ。

 目の前の現実をおとなしく受け入れて、もっと詳しく聞くことにしよう。そう納得したとき、先ほど聞いた話の中に、耳慣れない言葉があったのを思い出した。

「あの……その、『かぼちゃ姫』って、何ですか?」

「この町の守り神、ってことになっているわねぇ」

「……どうして、その守り神は、『かぼちゃ姫』なんて名前なんですか? 一応、神様なんですよね?」

「それはもちろん、かぼちゃで女の子だからよ。それ以外にどんな理由が?」

 いや、かぼちゃが守り神って。しかも女の子って。

 当然のように返された答えに、僕はものすごくツッコミを入れたかった。が、こちらを見つめる少女が、『そんなことも知らないの?』とでも言いたげな呆れ顔をしていたので、どうにか声を呑みこんだ。この状況で、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではない。

「この小屋はね、かぼちゃ姫の祭壇だったのよ」

 黙りこむ僕に、少女は後ろの小屋を示して続けた。

「かぼちゃ祭の夜には、毎年、かぼちゃ姫のお披露目会が行われるの。でも、この前のかぼちゃ祭のとき、いざお披露目ってときに小屋の扉を開けてみたら、そこにかぼちゃ姫の姿はなかったのよ。そして、代わりに、犯行声明らしきものが書かれた紙が残されていたの」

「犯行声明……らしきもの?」

「ええ。『かぼちゃ姫はいただいた☆』――っていう」

 ……なんかどこかで聞いたノリだな。

「当然、町の人たちは大騒ぎしてかぼちゃ姫を捜したけれど、どこにも見つからなかった。影も形も見えなくて、……しまいには、みんなあきらめて家に帰っちゃったわ。夜も遅いし、明るくなってからまた捜そう、って」

「はあ……そういうことですか」

 なんとなく、状況が把握できてきた。つまり、誰も外を出歩いていないのは、今が『夜遅く』だから、ということか。

 『明るくなってから』の予定は、朝が来ない現状では、実行されることがない。この町では、まだかぼちゃ祭の夜が続いている。人々は、かぼちゃ姫が盗まれてから、ずっと同じ一夜の中にいるのだ。

「ええと……かぼちゃ姫がいなくなってから夜が明けなくなった、ということは、かぼちゃ姫が戻ってくれば、この夜は終わる――かもしれないってことですよね」

「そうねぇ。あたしも、そう思いはするけど……どうかしらねぇ?」

 僕の言葉に、黒猫は首を傾げる。たしかに、こればかりは、実際にかぼちゃ姫が戻ってこないと確認のしようがない。

「わかりました。僕、とりあえず、かぼちゃ姫を捜すことにします!」

 確証はないものの、魔王への嫌がらせができそうな情報を得られて、にわかにやる気があふれてきた。

「捜すって、どうやって?」

「とりあえず情報収集から始めようと思います。町の人に話を聞いて……」

「残念だけど、それは無理よ」

 一人で勝手にはりきる僕に、さくりと少女のツッコミが入る。

「え」

「だって、この町の人たちは、かぼちゃ姫のことも、かぼちゃ祭のことも、すっかり忘れてしまったんだもの。……長い長い夜を過ごすうちに、いつのまにか、ね」

「えぇえ?」

 うわあ、また来たよ超展開。もうないと思って油断していた。

「……でも、どの家にも、祭の飾りがしてありましたよ?」

「それもねぇ、昔の名残みたいなもので――」

 一応反論を試みてみたが、黒猫は首を振って言葉を返す。

「かぼちゃ祭の存在自体を忘れているから、あちこちに残っている祭飾りのことは、みんな魔よけのおまじないくらいにしか思っていないわ。まあ、実際、そんなようなものだけど」

 呆然とする僕に、でも、と少女は続ける。

「でも、ね? この夜が、かぼちゃ祭の夜のままだって気がついている――かぼちゃ祭のことを忘れていない人が、少なくてもこの町には八人いるわ」

「八人?」

 おうむ返しにつぶやくと、黒猫は軽くうなずいた。

「ええ、八人。あたしが知っているかぎりではね」

「……そのうちの一人は、あなたってことですよね」

「そうなるわねぇ」

 それからくすくすと笑って、おもしろがるような目で僕を見た。

「かぼちゃ姫の行方、彼らに聞いてみたら? 誰か知っているかもしれないわよ」

「なるほど……」

 なんとか望みがつながり、ほっと胸をなでおろす。

 しかしこの少女、ほかの誰かに話を聞くことをすすめるということは……。

「じゃあ、とりあえず、あなたは知らないんですよね」

「知っているわよ」

「そうですよね、知らな……え。知っているんですかっ?」

 驚いて訊ねる僕に、黒猫は楽しげな笑みをこぼす。

「ええ。でも、教えてあげない」

「どうして……ですか?」

「だってあたしは、このまま夜でもかまわないもの」

 あっさり返ってきた答えに、がっくりと肩を落とす。それを言われたら、こちらとしても、無理に話をさせるわけにもいかない。

「ヒントは教えてあげたでしょ、新入りさん。彼らの家なら、ちょっとよく見ればすぐにわかるわ。この町だってばかみたいに広いわけじゃないし、根気よく探せば見つかるはずよ」

 黒猫はそう言って、前方に見える家々を指差した。どうやら、これ以上は何も教えてくれないようだ。まあ、いろいろ情報を提供してもらったのだし、ここから先は、自分の足で捜すことにしよう。

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