[ 2 ] 魔王とかぼちゃグッズの部屋
「納得いきません!」
とにかく言うだけ言ってみようと扉を開け放つと、部屋の主はスケッチブックを手に床に座りこんでいた。あたりには、かぼちゃ提灯やらかぼちゃツリーやらかぼちゃひな人形やらが無秩序に置かれていて、コウモリやら火の玉やら黒猫やら骸骨やらをかたどった白黒の祭飾りが見るからに適当にぶら下がっている。魔王は突然の声に真っ白い紙から顔を上げ、かぼちゃグッズのあいだから不思議そうにこちらを見上げた。
「ん? 何? どうしたの?」
「どうしたの、じゃありません。僕の姿を見て、何か変だとは思いませんか!」
「へん? どこが?」
「……よく見てください!」
「あつーく見つめてるけどー」
「気持ちの悪いせりふは要りませんっ!」
悲鳴に近い抗議の声に、へらりとした笑みが返る。
「いったい何なのさー? 僕、とらうま生産絵本のネタ練らないといけないから、これでも忙しいんだよね。またにしてくれるー?」
魔王は、やる気なさそうに、何も書かれていないスケッチブックに再び顔を向けた。そばには真新しいクレヨンの箱が置かれている。……どう見てもらくがき体勢だが、いったい何が忙しいと言うのか。
「あのですね……。それじゃあ言わせてもらいますけど!」
文句の一つや二つ言ってやろうかと思ったものの、長いこと一緒にいると頭が痛くなりそうだったので、手短に用件を切り出すことにした。
「この明るい茶色のくせっ毛! 日に透けた新緑みたいな萌葱色の目! あろうことかとても血色のいい、この健康的な肌色! おかしいとは思わなかったんですかっ?」
勢いよくまくし立てると、魔王はきょとんとして僕を見た。
「何が? ちゃんとかわいいでしょ?」
「そういう意味じゃありませんっ! およそ吸血鬼というもののイメージからかけ離れた、この色合いはどうしたことかと言っているんです!」
「そんなことないよ、ばっちり吸血鬼だよー」
答えるが早いか、視線はすでに白い紙に戻っている。僕は次第にひどくなるいらいらを抑えながら、なおも言いつのった。
「あなたの目は節穴ですか! こんなサワヤカな外見の吸血鬼がどこにいますかっ? ほら、紙に向かってないで、まじめに僕の色合いを見てくださいよ! 絶対おかしいですから!」
「えー?」
魔王は首を傾げながら僕に目をやり、
「……むー?」
やがて何ごとか考えるように、口元に手を当てた。
「どうです? 違和感があるでしょうっ?」
「んー、そうだねぇ……」
この様子なら、おそらく気づいてくれたのだろう。思っていたよりは、物わかりがいいようだった。それならさっそく、と色を変えてくれるよう言おうとした僕に、魔王はしみじみとこうつぶやいた。
「やっぱり、一人称が同じだと、僕ときゃらかぶっちゃうかなー?」
「…………かっ」
ぶっちん。
頭の中で、何かが勢いよく切れる音がした。
「かぶってたまるかあああっ!」
叫び始めるが早いか手近にあったかぼちゃツリーを植木鉢ごとひっつかみ、遠心力を利用して魔王に向かって渾身の遠投!
「うわっ? ちょっ、何す……」
どごん。ぐしゃ。……。
空中分解した三つのかぼちゃと植木鉢の下敷きになって、ひとまず魔王は沈黙した。
「……ふっ、ふふっ……魔王め……」
地の底から響くかのような暗い声が、腹の底からじわじわと湧き出てくる。
ああ。僕は間違っていた。話せばわかると一瞬でも思った僕が馬鹿だった!
もういい。こいつに何かを期待するのはやめた。だがしかし、相応の報いは必ず受けさせねばなるまい……!
どす黒い怒りのオーラを発しながら、僕は心に固く固く誓いを立てた。
「僕を怒らせたこと……絶っっっ対に、後悔させてやる……!」