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[ 1 ]  吸血鬼らしさが感じられない

 僕は、吸血鬼だ。

 名前は、まだ、ない。

 僕を作り出した、一応生みの親とも言える自称魔王が、名づけを放棄したのだ。

『あのねー、名前っていうのは体を表しちゃったり姓名判断に使われちゃったり、あるふぁべっともしくは五十音順に並んじゃったりするものなんだよ? そんな大事なものを他人に決めさせるなんて、だめだめでしょー。自分でちゃんと考えなさい☆』

 ……というのが魔王の言い分だ。

 一部意味不明な部分もあったものの、それもそうだと納得したので、名前はそのうち考えることにした。どうせここには三人しか住んでいないのだし、名前がなかったところで当面困ることはなさそうだ。

 それよりも、問題は、だ。

 むだに広い魔王の居城、その地下にひっそりと置かれている棺桶に腰かけて、僕は再び、目の前の鏡をじっと見つめてみる。そこに見える十代なかばごろの少年の姿は、しかし、まったくもって、吸血鬼には見えなかった。

 明るすぎるのだ。

 光に透けたら金色に見えそうなほど明るい茶色の髪と、若葉のような萌葱色の目。おまけに、与えられた服はほぼ白一色ときている。生まれたときすでに僕の頭に詰めこまれていた、いろいろな知識と照らし合わせてみても、やはりこれは吸血鬼にはそぐわない色合いだ。

 いや。それだけなら、百歩……もとい、万歩譲れば目をつぶれる。どう見ても最もあからさまにおかしいのは、人間よりもよほど人間らしい、人間にとってなら理想的と言って差し支えない、あまりに血色のいいこの肌の色だった。

 ふつう、吸血鬼は、生きているわけではない。リビング・デッドという言葉が示すとおり、本来は死体のはずなのだ。だから、血色がいいなんてありえない。まあ、僕の場合は、魔王いわく『いろいろ例外☆』らしいので、それには当てはまらないのだが――日に当たっても平気とか、鏡に映るとか、にんにく料理おいしいとか――それにしたって、この色はない。

 ここまで徹底的に吸血鬼らしさが感じられないと、実は魔王はいいかげんなのではなく、単にいやがらせをしただけなのではないかと思えてくる。そもそも、僕を吸血鬼として作った理由も、『かぼちゃ祭だから☆』というよくわからない一言で済ませてしまうようなやからなのだ。

「……納得いかない」

 むすっとつぶやく僕の後ろで、ほうきを手にしていた家事師のヴァンさんが、かすかに苦笑した。

「お互い苦労するよな、後輩」

 ヴァンさんは、僕よりも前に魔王に作られた、いわば僕の兄にあたる人らしい。見た目は二十代前半の青年で、白い髪に赤い目、血色の悪い肌という、僕よりもよほど吸血鬼的な外見をもらっている。『家事師』というのは彼の自称する職業名で、普段の行動――掃除をしたり料理を作ったり魔王にお茶を入れたり――から察するに、おそらく一般的には『家政婦』と呼ばれる職だろう。いや、この場合は『家政夫』になるのか?

 頭のネジが何本か飛んでる魔王の代わりに、彼はいろいろなことを教えてくれた。まず真っ先に教えてくれたのは、『魔王はまともな発言はしないと思うから、あまりまじめに聞かないように』だ。

 生まれてからこの七日間で、その言葉の正しさはいやになるほどよくわかった。何せ魔王ときたら、

『氷の魔法が使えたら冷凍睡眠できないかなー』

『武器として筆を使うならどのくらいの大きさが妥当だろう……』

『火の玉と人魂ってどっちが描きやすいかなー?』

 ……などなど、四六時中わけのわからないことばかり言っているのだから。

 思い出しただけで頭痛がしてきたので、意識を違う方向に切り替えることにする。僕は後ろを振り向き、掃除中のヴァンさんに話しかけた。

「先輩、僕、この髪を染めようと思うんですけど」

「え。染める?」

 驚いたように手を止める彼にうなずき、続ける。

「ええ、それはもう、真っ黒に。ついでにカラーコンタクトも入れようと思います。黒とか赤とか、とりあえず暗い色のを。それから黒服を調達してきます。この際だから、使い回しのできそうな喪服でも。あとはコウモリか何かを飼って……」

「いやいや、ちょっと待て、落ち着け」

 淡々と紡がれる言葉を遮り、ヴァンさんは諭すように僕に言う。

「染めたら髪が傷むし、カラコンは目に良くないぞ。服はまあ、いいとしてもだ。後輩、おまえはコウモリの飼い方を知っているのか?」

「……知りません」

「だよな、うん。気持ちはよーくわかるが、とりあえず落ち着け」

「はい……」

 がくりとうなだれつつも、なだめられるまま、心に抱いた壮大な野望を闇に葬り去ってみる。

 さすがはヴァンさん、僕より長いこと生きているだけあって、こういうときの対処の仕方をきちんと心得ているようだ。

「まあ、でも、魔王に頼んでみたら、案外さくっと変えてくれるかもな。あれで意外と子供思いだから」

「えぇえ? ほんっとーですか?」

 思いっきり不審そうに眉をひそめて訊ねる僕に、うんうんとヴァンさんはうなずいた。

「たぶん。おそらく。きっとそうだといいなと思う。そうだと思っていたほうがいいことも世の中にはあるだろうな、うん」

「……苦労したんですね、先輩」

「……明日は我が身だよ、後輩」

「むしろ、もうすでに」

 僕たちは顔を見合わせ、同時に深々と溜息をつく。

「魔王には、いつも苦労させられるよな……」

 ヴァンさんが小さな声でつぶやいた。

「親の顔が見てみたいよな、まったく……」

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