2日目
2日目、昼食(といっても病院食だけれど)を食べ終えた僕は昨日彼女と話をした中庭のベンチへと足を運んだ。彼女はもう既にベンチに腰掛けていた。僕がベンチの側に立った事に気付いたらしい彼女は「こんにちは、羽野くん」と言ってはにかんだ。僕が「こんにちは……もしかして、待たせてしまったのかな」と言うと、「そんな事ないよ。座って、お話しようよ」と言った。待たせていたのなら申し訳無い気持ちでいっぱいなのだが、彼女は気にしていないらしい。
確かに空いているベンチに座るのは少しおかしな話なので、彼女の隣に座った。
「今日はスケッチブック持ってないんだね」
「……今日は描かないよ。晴天だから」
「晴天だとどうして描かないの?」
彼女はすくすくと笑いながらそう尋ねた。……まぁ、僕の考え方が湾曲していることは認めよう。
「だって『雲1つない青空』なんて、それがどうしたって話なんだよ。」
晴天なんてただの青。描いたってつまらないのだ。そりゃ空の色には種類があるだろうし、青でも違いがあるんだろうけど。
「そっか、羽野くんは晴天を描かないんだね。」
彼女は変わらずにこりと笑いながら空を見上げて言った。
「君はどれくらい入院しているの?」
僕は思い切って質問してみた。もしかしたら彼女にとって地雷かもしれない問い掛けを。彼女は特に変わった様子はなく、答えた。
「もうずっと、だよ。入院してなかった時期が短いくらい。」
「……そっか。」
聞かなければよかったかもしれない。入院期間が長いのはつまらないように思うし、彼女にとって思う出したくもないようにも思う。僕が黙り込むと、今度は彼女が僕に質問をした。
「羽野くん、学校楽しい?」
私は通えてないから、と付け足した彼女の表情は暗いものでは無いように見えた。
「……どうだろう。楽しいようで、つまらないかも。特に不満があるわけでもないけど充分満足かって言われると微妙かな」
「そっか、複雑だね。でも通えたら楽しいだろうなぁ」
「そうかもね。」
会話はそこで一旦途切れた。二人とも、なにも喋らない。風が吹いて草木が揺れる音と、遠くで人の話声が聞こえるだけだった。しばらく黙っていたが、僕が沈黙に耐えられずに口を開いた。
「君……は、不思議な人だよね。名前教えてくれないし、病室がどこかも解らない。リハビリをしている様子もない。僕の隣にいるけど、ここにはいないような感じもする。ほんとうに、不思議だ。」
僕は一気にまくしたてた。たかだか一日二日話していただけの人(しかも異性)に、彼女の事を何も知らないというのに、僕は自分が何を思っていたのか、全てを彼女にぶちまけた。
彼女は口を開かない。彼女の表情も見えない。見れなかった。僕は自分の膝を見つめた。頼む、何か言って。
「……羽野くん、いつ退院するの?」
彼女は口を開いた。先程の僕の発言を気にしていないようだった。彼女は目の前の景色をじっと見ていた。
「明日の予定だよ。」
僕がそう答えると彼女は「そっか」と短く答え、立ち上がった。
「じゃあ、きっと明日わかるよ。」
こちらの方に綺麗な笑顔を向けて言う。その笑顔は何だか悲しいような切ないような、胸が締め付けられるてなるような、何とも表現しがたい気分になった。
この後先程までの晴天が嘘のように雨が降ってきたので、彼女と別れて病室に戻った。