1日目
少しの間だけ、入院することになった。
先生は詳しく入院の理由を説明してくれたけど聞いてない。難しい話は嫌いだから。
親が気を遣って個室にしてくれたらしく、僕は久々に一人の時間が出来た。お昼ご飯を食べ終えて時間を持て余した僕は、院内を散策することにした。
病院には緑がたくさんあって、絵の描きがいがある。スケッチブックと鉛筆を持って、絵の描ける場所を探す。中庭のような場所のベンチに腰掛ける。
「……ここでいいかな」
スケッチブックを構えて、絵を描き始める。最近マトモに絵を描いていなかったから、中々カンを取り戻すのに少々手間取る。
――ふと、隣に誰かが座った。
それでも僕は隣の誰かを気にする事なく絵を描き続けた。ここに誰が座ろうと、僕にとっては割とどうでもいい。
「素敵な絵だね」
隣に座ったその人は、ぽつりと呟いた。僕は思わずその人を見た。
黒い髪を二つに束ねた、僕と同世代くらいの綺麗な女の子。僕の隣に座ったのはそんな子だった。
「初めまして」
僕の方を向いて優しく微笑む彼女は、透き通るような綺麗な声でそう言った。
「凄いね、私そんな上手に絵描けないよ」
僕の描いていた絵を指差して言った。僕の絵が誰かの目に留まる事自体あまり無かったから、誉められるなんて思いもしなかった。
「――ありがとう」
僕がそう言うと彼女は嬉しそうにはにかんだ。そして「君の名前を教えてよ」と言った。
「……羽野、悠斗」
「羽野くん。」
「うん。……きみは?」
僕の問いに彼女は答えなかった。曖昧に笑って、それから「その内解るよ」と言ったんだ。その彼女の笑みを見て、僕はしつこく問いただすことは出来なかった。聞いてはいけない事なのだと、思った。
「ねぇ羽野くん。君は何を信じて生きているの?」
彼女の質問は唐突だった。「何を信じて生きているのか」、僕はそんなこと考えて生きては来なかった。
僕が答えに困っていると彼女は少し申し訳無さそうに「……ごめんね、少し質問を変えるよ」と言った。そしてこう続けたんだ。
「君の信じるものは何?」
と。
「……僕の信じるもの?」
僕が聞き返すと、彼女は頷いた。
「そうだな……目に見えているもの全て、かな。」
逆を言えば、目に見えないものは全て信じないということだ。人の胸の内とか幽霊とか、絶対に信じない。
そう僕が答えると、彼女は成程、と納得したようにうんうんと頷いた。
「じゃあ羽野くんは、誰かの言う事を簡単には信じないんだね。」
彼女は楽しそうに言った。
彼女はもしかしたら、話相手を探していたのかもしれない。同年代の入院患者なんてそうそういないのだろう。
「そうなるね」
「そして、見えないものは絶対に信じない」
彼女は確認するように僕の意図を汲み取り、僕に問い掛けた。
「――でも、何かの拍子に見えないものが見えていたとしたら……君は信じるかな」
――その時、一際強い風が吹いた。