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第三話 わたしとコーム君の場合

***


「ありがとうございましたーっ」


 アシスタントのコーム君と二人並んで、本日最後のお客様にお辞儀でお見送り。

 日没を知らせるサイレンが学院都市に響き渡る。オレンジ色の街灯が、石畳に覆われた路地を優しく照らし出していた。


「今日もお疲れ、コーム君」

「お疲れ様です。エルさん」


 顔を上げ、ニッコリ笑って互いの労働に感謝。

 コーム君は無くてはならない私の相棒。彼が静刃なら私は動刃。鋏に例えるのが髪結いらしいでしょ。


「エルさん、見て見て! 夕焼けで西の空が真っ赤ですよ!」

「ホントだ。キレイだね」


 学院都市は大きな湖に囲まれている。その湖の向こうに沈んでいく夕陽は、いつ見ても美しい。


「ねえねえ、エルさん。今日、何食べに行きましょう?」

「ねえねえ、コーム君。練習は?」


 見下ろす私と見上げるコーム君。彼は私よりも、ずいぶん背が低い。

 そもそも人間族の女性の中でも上背があり過ぎる私と、総じて背の低いホビレイル族のコーム君とでは、その身長差は頭一つ分ほどもある。


「僕、シャンプーし過ぎで疲れちゃいました」

「もー。そんなんじゃ上達しないよ」


 とは言いながらも、器用な事で有名なホビレイル族の中でも群を抜いて器用なコーム君は、ある意味では私に勝る技術を持っている。

 特にシャンプーの技術には目を見張る、いや、コーム君に頭を洗われると私はアッサリと寝落ちてしまうので、目を見張るどころか開けていられた試しが無い。ホビレイル族の特徴でもある、小さな身体に釣りあっていない大きな手は、驚くほどの精密さで作業をこなすのだ。

 ただし彼には、いや、ホビレイル族には髪結いの仕事に携わるにあたり、致命的な欠点がある。

 森の中で生まれ育ち、のほほんと暮らしている彼らホビレイル族は集中力が無い。「弱い」なんてものじゃなくて「皆無」。同じ作業を続けさせると三十分が限界。だから、コーム君には補助的な仕事、アシスタントの業務を担当してもらっている。


「じゃあさ、ご飯に行く前にコーム君の髪、切らせてよ」

「えぇっ? こないだ切ったばっかりじゃないですか」


 確かにその柔らかなライトブラウンの髪を切ったのは二週間前だ。

 でも私は、君の長い前髪が気になるのだ。

 気になって気になってしょうがないのだ。


「良いじゃない。コーム君の髪って伸びるの早いし。ホビレイル族って髪伸びるの早いのかな?」

「僕、背が低いから、相対的に伸びるのが早く見えるんじゃないですか?」

「そうたいてき? ソータイテキって、なに?」

「……なんでもありません。分かりましたよ、じゃあ髪切って下さい」


 いやっほう、とばかりに店内に戻り、コーム君の為に奥の椅子を用意する。

 コーム君は、やれやれと言わんばかりに御客様用の椅子に腰を下した。


「お客さまー、どれくらい切りましょうか」

「いや、整えるくらいで」

「もー、そんなのつまんない。男らしくスッパーン! ってイッちゃいなよ!」


 私はコーム君の前に男性向けのヘアカタログを置いた。


「イヤですよ。何ですか、このオシャレボーズって。僕がこんなに短くしたらスポーツが大好きな小学生みたいになっちゃいますよ。僕、髪型に関しては保守的なんです」

「ホシュ? ホシュテキナン?」

「……いいですよ、もう。毛先だけお願いします」

「つっまんねえなぁ」

「なんでエルさんはお客さんと身内とで、そんなに態度が違うんですか」

「えーっ? そんな事ないない」

「ありますよ。僕が初めてエルさんに髪を切ってもらった時の感動を返して下さい」

「コーム君の髪を初めて切ったときの事ねぇ……うーん、忘れちゃった」

「ひっ、ひどい!」

「うそうそ、覚えてるって」


 コーム君との出会い、それはちょうど一年前。

 こんな風に夕焼け空の綺麗な日だった。




 *****




「むふーっ。ひまーっ」


 ぐーっ、と背伸びして、ふーっ、と溜息を吐いた。

 母から路地裏のこの店を任されて一週間が経った。御客様は……この七日間でたったの五人。ぬかったわ。ホントは今頃、ジャンジャカお客さんが来ているはずだったのにぃ。あぁ、これでは母に売上の報告をするのが辛い。

 壁掛け時計に目をやると、もう閉店一時間前だった。今日の来客数は……なんとゼロ。


 ゼローっ!? あぁ、もう死にたい。


 最初に言っておく。私は友だちが少ない。原因は私の性格の悪さだと理解はしている。

 私は物心が付いた頃から、母のような髪結いになるのが夢だった。幼い私は母の手伝いをしたくて髪結い店に入り浸り、中学生になってからは部活どころか遊びにも行かないで、下校後すぐに店の手伝いをしていた。そして、中学を卒業してからは高校には上がらず、母の店に見習いとして入ったんだ。

 学業の盛んな学院都市は、十人中九人は高校に進学する。でも、私には高校に行く理由が無かった。早く一人前になりたかったし、「学校」という場所に魅力を感じなかったからだ。

 当然、中学校の同級生との付き合いは薄くなった。でも、私は別に何とも思わなかった。それどころか、「私はあんたらよりも一足先に大人になったるわ!」なんて上から目線で同年代を見下していたら、気が付いた頃には友だちがいなくなっていたのだ。

 友だちから御客様を紹介してもらう。当時の私は、そんな大人の人間関係には気が付かないくらいにお馬鹿さんでした。


 ――――俺に任せろ。俺の交友関係の広大さと奥深さに驚けよ。


 そう言って胸を張ったセニングからの紹介客は、彼の母親だけだった。それどころかあの野郎はオープン初日に、魔導院が「ナントカ石」を高値で買い取るという話に乗って出掛けてしまい、結局姿を現さなかった。最低だ。なんで私はあんなヤツが好きなんだろう。

 鏡でも拭こうかな、と思って布巾を手に取ったが、これで五回目の鏡拭きだと気が付いて止めておいた。すでに床も窓もトイレもピカピカだ。やる事が無い。そして今日、私は誰からも必要とされなかった。

 その時だ。出入り口の扉が開いた。


「あのう……まだ、空いてますか?」


 突然の来客に、私は慌てて手にした布で涙を拭った。ってコレ、鏡拭きだった……。


「あっ、はい! 喜んでー!」


 私は嬉しさのあまり、居酒屋の店員のような返事をしてしまった。


「良いお店ですね」


 来客は最初、女の子かと思うほどに小柄で髪が長かった。でも、その声は高めとはいえ確かに男の子の声だ。


「ありがとうございます! あの、今日はどうしましょうか?」

「はい。えーっと、ドーナツを三つほど……」

「はい?」

「ですから、ドーナツ三つ」

「……どーなつ、ってドーナツ?」

「ここ、ドーナツ屋さんじゃないんですか?」

「それ、隣です……うっ、うぅう」

「あ、そうですか。それは失礼しました……って、何で泣いてるんですかっ!? 僕、何かしましたか!?」

「かみ……」

「かっ、かみ? 紙? 神? かみって、なんですか?」

「かみきってってくらさいー、おかねいらないからー」


 私は動揺する少年を半ば無理やり椅子に座らせて、髪を切らせてもらった。

 結局、その日の売り上げはゼロ。でも、その日、私は最高の相棒を手に入れたのだ。



*****



「あの時はごめんね。私も若かったからさ」

「若かったって、僕たち出会ってからまだ一年しか経ってないですよ」

「もう、コーム君。ボケたらツッこんでよ。遠慮はいらんてー」


 コーム君は遠い目を天井に向けて深い息を吐いた。


「僕、感動したんですよ。泣きながら髪結いの仕事を熱く語るエルさんの姿に。だから興味を持ったんです。髪結いの仕事に」

「あはっ、お恥ずかしい」

「恥ずかしくなんて無いです。それほど仕事を愛している、って事です」

「ありがとね。帰りにドーナツ奢ったる」


 うわあ! やったぁ! と、無邪気に喜ぶコーム君の笑顔。

 本当に感謝してる。君があの時に来てくれなかったら、今の私はいなかったかも知れないから。

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