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第一話 エルフ族の場合

「はいっ、ちょっと動かないで下さいねっ」


 長くてピンと尖った耳が特徴のエルフ族の方のカットは難しい。

 耳周りの毛の生え方が独特なうえ、触れるとピコピコと耳が動くのだ。危なくて気を使う。


「ごめんなさい。耳に触られるのがどうも苦手で」

「いえいえ、大丈夫ですよ。エルフの方は皆、そうおっしゃいます」


 私は目の前のプラチナブロンドを前に悪戦苦闘していた。

 エルフ族の毛髪は、見た目がキレイで手触りも良いんだけど、総じて細くて柔らかい。よってハリもコシも無いのでボリュームが出ない。俗にいう「ネコっ毛」という毛質だ。


「コーム君。荒歯(あらば)(くし)、持ってきてくれる?」


 カウンターに控えていたアシスタントのコーム君に声を掛けると、彼は「はーい」と元気の良く返事して、すぐに櫛を持って来た。


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 コーム君の持って来た中荒歯の櫛は、絡まりやすい細い髪を梳かすには絶妙な具合だ。うん、気が利くアシスタントだな、コーム君は。

 そんな気の利くコーム君は、次の御客様の応対をするためにカウンターへと戻って行った。


「……ねえ、店長さん」

「はい、何でしょうか?」


 御客様が声を潜めて訊いてきた。


「いまの男の子、ホビレイル族よね?」

「はい、そうですよ。あの……彼、何か失礼でも?」

「ううん、そうじゃないの。真面目に働いているホビレイル族なんて初めて見たから……」


 森林地帯に住むエルフ族とホビレイル族は親類みたいな種族だと聞いたことがある。

 エルフ族は深いふかーい森の中に集落を作って、ひっそりと暮らしているのに対して、ホビレイル族はあちこちの森にツリーハウスを作って、そこでの生活に飽きたら他の森に移り住む、放浪者みたいな暮らしをしているらしい。

 生真面目なエルフ族に、自由人なホビレイル族。気の合わない親戚みたいなものかな?


「わたし、彼しかホビレイル族の人を知らないので何とも言えないのですが、コーム君はとっても良く働いてくれていますよ」

「そうなの? 私の森だとホビレイル族は、働きもしないで果物とか木の実を根こそぎ食べちゃうから、畑を荒らす害獣みたいな扱いだったわ」

「あははっ、害獣ですか」


 大人になっても中学生くらいの身長までしか背が伸びないホビレイル族のコーム君は、そっちの筋のお姉さん達には大人気、クリクリ(まなこ)のキュートな少年だ。そんな彼が害獣だとしたら、何とも可愛らしい害獣だと思う。


「やっぱり学院都市みたいな大きな街では面白い物が見れるのね」

「御客様は、学院都市には観光にいらしたのですか?」

「ええ、買い出しのついでにね。森を出たのは四十年振りかしら」

「よっ、よんじゅー?」


 ああ、そうだった。エルフ族は、私たち人間族の三倍以上の寿命を持っている。目の前のエルフ族の女性は、どうみても二十代に見えるが、実際は何歳くらいなのだろう。


「噂の『魔導塔』というのも見ておきたかったから。遠くから見ても凄いけど、近くで見るとびっくりするほどの高さね、あの建物」

「あれは、まだ上に伸びているんです。未完成って事なんですよね」


 私が生まれ育ち、髪結いとして働く魔導学院都市、通称「学院都市」の中心に(そび)え立つ、学院都市の象徴ともいえる巨大な建築物「魔導塔」。

 そこには優秀な研究者が集まる魔導院の中でも、選りすぐりの人たちが、何だか難しい研究に勤しんでいるらしい。

 魔導塔は一つの研究が完成すると最上階の上に新しい階層を作り足す。それは上に上に伸びていく知恵の塔。


「……ところで御客様、最後に髪を切られたのは何時(いつ)頃ですか?」


 尚も引っかかりが残る毛先にオイルを馴染ませながら私は訊いた。


「そうねえ、半年くらい前に友だちに切ってもらって以来かしら」

「出来たら一月半から二ヶ月に一度は切るのがお勧めなんですよ」

「あら、人間族はそんなに頻繁に髪を切るの?」

「人間族もエルフ族もホビレイル族も、髪の伸びる速さは同じくらいなんです。でも、一番マメに髪を切りに来て下さるのは……」


 私は待合に視線を移した。見事な虎髭を蓄えたドワーフ族の男性が、雑誌を読みながら順番待ちをしている。


「実はドワーフ族の男性なんですよ」

「そうなの? ちょっと意外ね」


 小柄ながらもゴッツイ体つきのドワーフ族の男性は、その外見からは想像が付かないほどお洒落なのだ。ただ、その美意識の向かう方向が偏り過ぎていて、多種族には理解し難い。


「すっごく可愛い編み込みのお髭をしたドワーフ族の男性、見た事ありませんか?」

「そうね。髭に四つ編みとか、裏編み込みをしている人、見た事あるわ」

「ドワーフ族の男性は、子供の頃に編み方をお父さんから習うそうです」

「ええぇ!? それは驚きね」


 切れ長の目を見開いて待合の方へ向いた御客様の顔を、「失礼します」と言って両手で挟み込み、鏡に向き直させる。


「この鋏、見ていただけますか?」


 私は手に持った鋏の刃峰を握り、柄の部分を御客様に差し出した。

 細かい装飾が施された鋏の柄には、小さなクリスタルがはめ込まれてキラキラと輝いている。

 ミスリル銀というとても貴重で高価な金属で出来たこの鋏は、母から一人前と認められた時に渡された、命の次に大切な私の宝だ。


「凄い……髪を切る道具というよりも美術品みたいね」

「これは私の一族に伝わる家宝みたいな物なのですが、ドワーフ族の職人の手による物だと聞いています」

「そういえばドワーフの作る工芸品は素敵よね」

「はい。ドワーフの男性は、みーんなセンス抜群なんですよ」


 逞しくて無骨な雰囲気のドワーフ族の男性は、そのイメージに反してとても繊細な美意識を持っている。

 私たちの身の周りにある見事な工芸品の数々は、その殆どがドワーフ族の作品であることが多い。店のカウンターの上のガラスの造花も、壁を飾るアラベスクのレリーフもドワーフ族の手による物だ。

 その素晴らしい美的センスは一体どこから来るのか本当に不思議だったが、ドワーフ族の女性に会ったときに私は妙に納得した。彼女たちは、小っちゃくてコロコロしていてお洒落で可愛いのだ。あんな女性に育てられたら、それはそれはセンスの良い子供が育つのだろう。それに比べてエルフ族の人たちときたら……。


「失礼な言い方かも知れませんが、エルフ族の方は髪を切らな過ぎです。ここは敢えて言わせていただきますが、御客様はすっごい美人です」

「あら、ありがとう。嬉しいわ」

「だからって油断しすぎなんですよ、エルフ族の方は皆」


 御客様は「うふふ」と苦笑いを浮かべた。そんな表情すらも絵になる。

 エルフ族は女性も男性も美形ぞろいだ。涼しげな切れ長の目に、すうっと通った鼻筋、形の良い薄い唇。ほーんと、うらやましい。ちなみに私はタレ目で鼻ペチャで口がデカい、大雑把な顔の作りをしている。


「しかもスタイル良いから何着ても似合うし、ズルいですよー」


 鏡の前に座るエルフ族の女性の首は、それこそ折れそうに細い。余計な肉の付いていないスレンダーな体型は人間族の女性の憧れの的。お腹なんてペッタンコ。これじゃあセンスを磨くも何も、身体に布でも巻いて立ってるだけでも十分美しい。お洒落する必要すら無いと思う。

 それに比べて、私はその辺を歩いている男性よりも背が高く、腰回りがしっかりした安産型ボディ。子供の頃からがっしりタイプの健康優良児なのだ。

 髪結いは体力勝負。丈夫な身体を授けてくれた母には感謝してますよ。でも、もう少し細い手足とか、もう少し胸に贅肉が欲しかったな。


「そうね、帰りに服も見ていこうかしら」

「ぜひぜひ。この辺りは目抜き通りから離れていますが、その代わり隠れた良い店が多いんです。私の友だちがやっている店も沢山あるんですよ」


 高級商業地区の外れに位置する私の店の辺りは、学院都市の中では比較的家賃が安いので、お金は無いけど野心溢れる若者たちが集まって小さな店やアトリエを開いている。

 私の髪結い店は、お婆ちゃんのお婆ちゃんの、そのまたお婆ちゃんが立ち上げた記念すべき第一号店。このお店を任されたって事は、お母さんは私を一人の大人として認めてくれたと言うことだ。勝手にそう思っている。


 私だって野心溢れる若者の一人なんだ。

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