02 ユウシャ
もっと構想を練ろう。
チョコパイ片手にそう思いました。
僕の癒しの店【喫茶 妖精の住む所】から一転、僕は自分が魔法の練習でよく使う街から少し離れた平地に来ていた。
経緯を説明すると、フードの少女から僕が大好きなお菓子を“譲ってくれないか”――――その一言から始まった。
始めはいくらで買い取るといった平和的交渉を向こうは取っていた、しかしあまりにエルが強情だったため、それなら決闘だ。そして今に至る。
日が傾いてきて辺りは薄らと橙色に染め上げられていき、それに釣られ、目の前にあるリベルダ森林も、その綺麗な緑色を日の色で化粧をしていった。
フードの女性、名はリナ・ハイエン。手には両手剣を装備している。
黒髪の少女が戦うのかと思いきや、もう片方の長身の女性が相手のようだ。
女性と分かったのは声と胸の膨らみだ。黒髪の少女は近くで見るまで女だとは気づかなかった。
対する僕は右手に刃渡り三十センチ程の短剣を持っているだけだった。
「早くやっちゃてよ。私早くあれ食べたいし」
「了解です。少年よ、心配するな殺しはしない」
そう言う人に限って手加減を知らなかったりするから油断なら無い。
「僕負ける前提ですか。ははっ、甘い物の為なら……負けません」
僕がそう言うと彼女は鼻でフッと笑った。
「誰かさんに似ていますね。それでは……行きますッ!」
ハァッ! 掛け声と同時にエルに高速で肉薄する長身の女性リナ。
リナは持っていた剣の柄から刀身を出させ思い切り振りかぶる。
(――――速い。純粋な剣士タイプ……)
一瞬で相手の性質を理解し右手を前に構えたエル。
「エルマ・ラル・イオ」
高速で魔方陣は形成され、リナが辿り着く前に爆発の魔法は完成しリナを襲う。
一瞬苦い顔をするも右にステップして交わし再び肉薄する。
「手加減しますが、当たると痛いですよ! 鋼突き!!」
鋭い突きがリナによって繰り出される。
しかし、それを紙一重で避けたエル。その隙を逃がさないようリナの脚が迫ってくる。
だが、ラルはその片足になるのを狙っていた。
「エルマ・ラル・スピンッ!」
持っていた短刀を逆手に持ち変え、呪文を唱えるとエルの身体が淡く光り、高速で右回転する。
リナの蹴りを交わし、尚且つ攻撃に転ずる。エルの得意な戦法だ。
「くっ――【瞬】ッ」
彼女の首元で止めようとしていた短刀は、目標を失い虚空で止まる。
気づくと彼女は離れたところに立っていた。
エルは記憶の中を探ってそれが対魔法技能【解流瞬波】だと気づいた。
幻術を解き、攻撃を流し、一瞬で移動し、気の波を放つ。
「やりますね、何故彼方ほど人が無名なのか……彩菜、諦めましょう。“倒す”のは難しい」
ラルが強い理由は尊敬する大魔法使いエルマに近づきたい一心で修行に励んでいたからだ。
「……まあ、面白い物みれたし……いっか――」
黒髪の少女はどうやら物分りの良い女性のようだ。
ラルも心の中で一息ついた。
「――なんて言うとでも思った? 私は“勇者”よ! 勇者の命令は絶対なんだからねっ!!!」
黒髪の少女はどうやら物分りがよろしくない女性のようだった。
リナも額に手を当てやれやれといった表情。
これが僕と勇者の始めての出会いであった。
* * *
私は何の為に生きているのだろう。いつも思ったっていた。
私の両親は所謂ワーカーホリックというやつであった。
いつも仕事仕事と禄に構って貰った覚えが無い。たまに一緒に摂る食事も仕事の話か私の成績や進路について。
そんな家庭に嫌気が差した私は、とある日家出を決心した。
遠くに住んでいるお婆ちゃんの家で暮らそう。書置きなんて残さず必要なものだけ鞄に詰めて電車でお婆ちゃんの家に向かった。
両親は心配だろうか、探してくれるだろうか。
最初はそんなことを考え少し家出が楽しかった。
しかし、一週間一ヶ月とお婆ちゃんの家に居ても親からのコンタクトは何にも無かった。
携帯にメール、電話してくることも無かったし、お婆ちゃん家の電話もご近所さんからぐらいだった。私の携帯は一人の友人が心配してくれたメールが一通来ただけで私に友達が殆ど居ないことに気が付いたのだった。
―――もう死のうかなぁ。
お婆ちゃん家の縁側でそう思った瞬間、私の周りが突如光り、気が付いた時には何処かの城見たいな所に私は立っていた。
ポカンと呆けている私に、歓喜の表情で話しかけてくる見知らぬ人達。
断片的に頭に入ってきた内容は……勇者、英雄、この国を救った。
私はいつの間にか英雄――勇者になっていた。
私が落ち着きを取り戻し、話をちゃんと聞くと、この世界には魔物がいてこの時期になると繁殖の為に人を襲うんだとか。いつもならこの国の兵士が対処するらしいのだが、今年は魔物の異常発生でどうしようもなくなった。勇者召喚をするしかない。こうして私はこの世界に呼ばれたのだった。
【勇者召喚】
周りの魔物すべてから魔力を絞り取り、魔方陣を発動させる。
すると、魔物は魔力の枯渇により生き絶え、召喚した勇者が倒したことにしてこの国の英雄にする。
実際勇者を呼ばなければ魔物は倒せないので間違ってはいない。
こうして国を救い、国を救った英雄が居るぞと他国に牽制できる。
勇者の元の国での人生を対価に。
もう帰れないと聞いた私は無性に悲しくなった。
用意された部屋で何度も泣いた。
それから、護衛のリナが宛がわれ私は肩書きだけの勇者として生きていくことに決めた。
お忍びで出かけた時、迷子になって偶々見つけた喫茶店。家出する前はよく行ったなと吸い込まれるように店内に入った。
そこには、地球にあったお菓子“クッキー”に良く似た焼き菓子が売っており、一回食べたら虜になっていた。この時私は初めてこの世界で笑った……。
「っていう悲しい過去があるの。これを聞いてもそれを譲ってくれないの?」
私はこの頑固な少年に同情を買わせる作戦を取った。
少年は悲しいような憂うようなそんな表情を作り私に向けている。
――これは成功?
そんな希望を胸にラルの言葉を待つ。
「そっか……それは辛かったね。でも、これはメルさんが僕の為に取って置いてくれたんだ。その行為を無駄に出来ないよ」
こいつ、殺してやろうかしら。
そんなドス黒い感情が私に芽生える。いや、そんな力まったく無いんだけどね。
しかし、この少年。私と同じで甘い物が本当に好きなんだと私にも分かった。そこだけは評価してもいい。
(あ~もういいからくれないかな~)
じれったいく感じる中少年は何を思ったのか目の前で袋を開け始めた。
私に見せ付ける気なのだろうか、そうだったら本当に殺ってしまうかもしれないわ。ふふふ。
「全部は無理だけど、皆で食べませんか?」
あ、この子いい子だ。
クッキーを差し出しながら微笑む少年にちょっとキュンと来てしまった。
クッキーの事しか考えてなかったけど、よく見ると少年は美少年と言っても差支えがないぐらいに整っている。背は私より断然高くどこか大人っぽいが、勘がタメだと告げている。
「え、いいの?」
今更になって日本人特有の遠慮深さというかなんとういかが出てきてしまった。
「もちろん、いいよ。リナさんも食べますよね?」
「あ、はい。頂きます」
なんか、最初からこうすれば良かったと思いながら、渡されたクッキーを頬張る。
「んんっおいひぃっ」
やっぱりこのクッキーは最高だった。