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第5章

〜第5章〜



すべてをうしなった夜。


あの日に還りたくて、還りたくなくて。


同じ匂いがするのに、隣にナオはいない。


真蔵がまた斜めっている。太陽はとうに隠れてしまったのに。



ホテルを出て、私と真蔵は公園を歩いた。


歩き終わると、また歩いて公園を探した。


公園。


ナオが好きだった場所。ナオと「また」会った場所。


初めて会ったのはちいさなゲームセンターだったけれど、そこにはいない。


きっと。


いつだって感覚というものを大事に生きてきた私がそう思うのだから、そう。


本当は普通の時間もそうして過ごしたいと思うのに、私はそれに向かない。


いつだってこの頭をぐるぐると駆使して間違ってばかりいる。


あんなに一生懸命考えたのに。なのに、どうして。


そう思うことは多いのに、やっぱり動くことを覚えないでいる。


それがどうだろう。今はこんなにも足を使っている。



「話す?」


「話す?」



そうしてまたお互いにぼうっとあるいはきょろっと歩く。


そうしているうちに、どちらが最初に話し掛けたのだったか、忘れてしまう。


たぶん、私じゃないのだろうけれど。



「話す?」


「話す?」


「鸚鵡だな。」


「鸚鵡だね。」



歩き出してから初めて、二人一緒に足を止めた。


ちょうど、座れる石が見つかったからか、座りたい石を見つけたからなのか。



「良は、がじゅまる、好きだよな。」


「うん、がじゅまる、好きだよね。」


「お前、がじゅまる、知ってるの?」


「うん、がじゅまる、言葉だけね。」


「俺も結構好きだな、がじゅまる。」


「真蔵も好きなんだ、がじゅまる。」


「お前、やめろよ。」


「何を、やめるの?」


「鸚鵡返し。」


「鸚鵡返し?」


「会話にならねぇよ。」


「会話になってるよ。」


「気持ち悪いだろ。」


「気持ち悪くない。」


「良の前でもそうだった?」


「ナオの前でもそうだよ。」


「良に何か言われなかった?」


「ナオにはいつも笑われた。」


「だろうな。」


「どうして?」



そこまでで、真蔵は話すのをやめてしまった。


また、ちくちくと枝に刺さりながら斜めってしまっている。


月はちっとも見えない。ほんの少しも。



「見えた?」


「見える?」


「見えなかったのか。」


「何が、見えたの?」


「見えない奴には教えられないんだよ。」


「何、それ。いじわるのつもり?」


「ナオだって、そう言っただろ?」


「ナオは」


「ナオはいつもそうなんだよ。動かない人間には冷たい。」


「ナオは、私には優しかった。」


「優しくされてただけだろ。しようと思えば誰だってそれくらいできる。」


「真蔵はいつも意地悪い。」


「そう、そんな俺だってできることなんだぜ?」


「何が、言いたいの?」


「優しくされてるうちは、わからないってことだ。」


「何よ、それ。」



けれど真蔵は本当にもう答える気なんかなさそうで、また斜めっている。


優しくされてるうちは、わからないってことだ。


優しくされてるうちは、わからないってことだ。


優しくされてるうちは。


どんなに考えても、その意味はわからない。


空に見えるものも、がじゅまるも、真蔵の言いたいことも、ナオも。


何もわからない。どうして?


わからないなら、どうして教えてくれないのだろう。


いつもこんなに素直に耳をそばだてているというのに。


ぜんぶ吸収してしまおうと息を潜めて聞いているのに。



程なくして、真蔵は首だけ斜めったまま立ち上がり、歩き出した。


何を一生懸命みているんだろう?


わからないまま、ついて歩くしかなかった。


街灯だけの光の中を、真蔵の影を注意深く踏みながら。



「たっ!」


「ん?」


「き、急に止まったりしないで。鼻痛い。」


「わかった。わかったぞ。」


「あやまってよ。」


「あの木だ。」


「なにが?」


「あの木だ。あれ。」



真蔵が指差したそれは、先の台風でかわいそうなほどに裂けた木の枝。


元の木は、数十メートル離れたところにある、クスノキ。


私が何人もいないと囲めそうにないほど大きい幹。


けれど、珍しいというわけでもないその木が、いったいなんだというのだろう。


訝しげに真蔵を見やると、突然跳ね上がってどすんとガッツポーズをする。



「良、そうか。そうだったんだ。」


「ナオ・・・?どういうこと!?」


「お前、仮病使えるよな?」


「何よそれ、失礼ね。確かに私はよくサボるけど。」


「風邪引け。」


「えぇ?何?どうして?」


「いいから、これ着ろ。」


「うゎ、臭いっ!」



ばさりと音を立てて視界を隔ててしまった真蔵のジャージがあまりに臭くて


私は必死にもがいた。もがいても外れるどころかますます絡み付いてくる。


やだ取って、そう言いかけると、急に地面が遠くなった。



「な、なにすんの!下ろして!」


「大丈夫。ホテルまですぐだ。」


「せ、説明しなさいよ!ばか!下ろせ!」


「うっせぇ、いいから吐きそうな顔しろ。」


「言われなくても臭い!」



真蔵が足早に向かう肩に乗せられて、その振動と汗臭さに咽そうになる。


あの木が、良と何か関係あるとは思えない。


けれど、あの木は真蔵にとってヒントになった。


台風で大きく裂けた、クスノキ。


わからない。わからない。わからない。


真蔵とナオが仲が良かったのは知っているけれど、ちょっと悔しい。


そう、ちょっとだけ。


けれど、真蔵にわかって私にわからないなんて、やっぱり男は嫌いだ。




「どうしたの!?」


「三神が具合悪い。吐き気がするそうだ。」


「何食べたの!?おなか壊した?大丈夫?」


「とにかく、三神は合宿なんて無理だから俺がつれて帰る。」


「か、帰らなきゃいけないくらいつらいの!?」


「とりあえず、里佳呼んでくれるか?」


「うん、わかった!」



眞依、ちがうの。


臭さと疲労に耐えながら、慌てて廊下を走る眞依を見送る。


嘘なんかついて、いったいどういうつもりなんだろう、真蔵は。


私を帰らせるって、どういうことなんだろう。


里佳に相談もしないで。



「蓉、具合悪いって?」



走ってきたのか、里佳は珍しく息を切らせ、長い髪を乱している。


真蔵は、よっこら、と言いながら私をどすんと床に投げた。


けろっと答える。



「いや、元気だぜ、ほら。」


「な、何すんのよさっきから!痛いっ!」


「な?」


「え、でもじゃあどうして眞依には嘘を・・・?」


「こいつ、合宿なんかしてる場合じゃない。」


「まさか、何か見つかったの?良くん、見つかったの?」


「いや、良とまではいかないが、手がかりを、な。」


「そう!じゃあ、すぐ出なくちゃ。シンちゃん、荷物持った?」


「おう。蓉も早くまとめて来い。」


「何よその勝手な言い草!説明してって言ってるでしょう?」


「んだよ、女ってやつはすぐ説明しろだの言葉で言えだの」


「ううん、シンちゃん、私も聞きたい。」


「そうか。じゃあ説明するか。」


「な、何よその身のこなし・・・」


「がじゅまるを思い出したんだ。あの公園で。」


「がじゅまる?」


「良が好きだって言ってた言葉だ。木のことだったんだ。」


「あれは、クスノキだったじゃない。」


「台風でボロボロになってただろ?あの形だ。」


「形を見て、思い出したってこと?でもどうして合宿から帰るの?」


「行くんだ、今から。」


「どこに?ナオの手がかりは埼玉だって…」


「いや、良は沖縄にいる。」


「お、沖縄!?」


「あぁ。俺の勘が正しければな。」


「そう。良くん、沖縄にいるのね。じゃあ、いってらっしゃいよ。」


「おう。行ってくる。」


「ちょ、ちょっと待って。どうして真蔵が行くのよ?私は?」


「もちろんお前も一緒だ。」


「里佳は?どうして?」


「里佳はわかってるさ。全員で同じ行動を取ることほど愚鈍じゃないぜ。」


「け、けど…」



里佳は平気なのだろうか。


仮にも、いくら相手が私とはいえ二人っきりでナオを探しに行くなんて。


私がもし里佳だったら、いってらっしゃい、なんてとても言えない。


絶対に、絶対に自分もついて行こうと主張する。


何が里佳をそうさせるの?


真蔵だって、里佳ひとりを置いていくなんて、何を考えているのだろう。


私が心配だとか、そういう風には見えない。ナオに会いたいのだろうか。


ぐるぐると頭を回しながら、それでもなんとか荷物はまとめられた。


里佳は、うまく言っとくから、と、大きな目をぱちりと言わせた。


真蔵は、そんな里佳の頭をぽん、とひと撫でして私を持ち上げる。


私は、真蔵に身を任せることになり、ただただ、俯いていた。


ただ。




外に出ると、驚くことなかれ、けれど驚かざるを得ないものを見た。


亮太がいる。



「な、何やってるの?」


「チケットの準備はできた。真蔵さん、これ。」


「おう。悪いな。」


「ちょっと、いつの間に人の弟使ってるのよ。っていうか知り合い!?」


「ねーちゃん、俺もう高校生じゃないんだよ。なめてもらっちゃ困るね。」


「そういうことじゃないでしょ!どういうことなの?」


「亮太にも一緒に行ってもらうんだよ。」


「なんで?亮太、受験生なのよ?」


「ねーちゃん、受験は俺の問題。良さんのことはみんなの問題。」


「今は自分を優先させるときでしょ!帰りなさい。」


「アホだなねーちゃん相変わらず。」


「はぁ?」


「いいから急げ。姉弟喧嘩は後にしろ。遅れる。」



何もわからないまま、タクシーで羽田に向かう。


いったい、いくらかかるんだろう。


そんなことしか考えられない。


亮太は心なしか瞳が輝いているし、真蔵は相変わらず斜めっている。


荒っぽい運転が、ほんの少しだけ気を紛らわせてくれていた。







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