↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

勤労感謝の日考

作者: 遥(はるか)奏汰(かなた)
掲載日:2026/09/14

創作への情熱と日常の屈折した思いを軽妙な語り口で綴った、クスッと笑えてどこか愛おしいエッセイをお届けします。

世間が「勤労」に感謝し合う日に、ひとり後ろめたさを抱えながら机に向かう――そんな経験のある方にこそ読んでほしい一編です。「働かずに好きなことばかりしている」という引け目から始まった奇想天外な妄想と、自虐的なツッコミの末に行き着く虚しくも愛おしい結論を、ぜひ気軽にお楽しみください。

勤労感謝の日が巡ってくる度に、わたしは自分は勤労者なのだろうか?と後ろめたくなるのである。

 勤労感謝の日があるとしても、わたしは感謝する身であり、決して感謝される側ではないな、と思い知るのである。

 当然、働きもせずに小説書いたりエッセイや詩を書いたりと好きなことを無茶気味に日がな一日全力でしようとしてるだけなのだから、当然後ろめたくもなるのだ。が、それはそれで良いとも思う。わたしはある意味狂っているので、何か一つでも熱中出来ることがないとほんかくに狂気に飲み込まれてしまいそうなのである。

 まあ、惰性ではなくともよく飽きもせず続けているものであるとも思っている、のかいないのか?

 まあ、そういうことでわたしはふと考えた。わたしばかりいつでも後ろめたいのは自分が不憫でならない。だとしたら、わたしが引け目をしないで済む祭日も必要なのではないか?それは、ずばり『勤労感謝しない日』の創設である。

 それはつまり、その日だけは誰をも感謝しなくてよい日なのである。

「くそやろう」「ばかやろう」「このノロマ、」「仕事が遅いぞ!」

 などと勤労者の皆様を誰彼構わず罵倒してもいい日なのである。

 はて、それって劣等感逆に丸出しではないのか?弱い犬程良く吠えるとも言う。

 そう。やはり『勤労感謝しない日』なあったとしてもわたしは何事もなかったようにこの界隈をうろうろしているのだろう……。勤労感謝しない日は要らない。そんな虚しい結論となつわたのであります。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

世間の皆様が日々真面目に働かれている中で、こうして呑気に文章を書き殴っていると、どうしても年に一度の「勤労感謝の日」には肩身の狭い思いをしてしまいます。

思いつきで「感謝しない日」なんて暴論を立ち上げてみましたが、結局のところ誰かを責めたところで自分の引け目が消えるわけでもなく、一人で虚しく一人相撲を取っていただけに終わりました。

働いている方も、そうでない方も、あるいは何か別のことに没頭している方も、たまにはこんなくだらない妄想に付き合ってクスッと笑っていただけたなら幸いです。

今日くらいは自分にも、そして世の中のすべての人にも、ひっそりと心の中で感謝(あるいは苦笑い)を送ることにします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。