婚約破棄されたので辺境伯に溺愛されますが、浮気男と略奪令嬢には復讐します
「エリシア・フォン・ルーベルト!! 貴様との婚約を破棄する!!」
――は?
いやいやいやいや、ちょっと待て。
何を言い出してるんだ、この男。
王城の大広間。
貴族達が集う夜会のど真ん中で、私の婚約者であるアシュレイ第二王子が、ドヤ顔でとんでもないことを言い放った。
しかも隣には、胸をこれでもかと押し付けるようにして立っている女。
ルミナ・シェール。
最近やたら王子に近付いていた男爵令嬢だ。
「エリシア様は冷たいのです……! 殿下はいつも傷付いていました!」
お前が言うんかい。
私は思わずツッコミを飲み込んだ。
いや、飲み込まなかったかもしれない。
「……はぁ?」
普通に声に出た。
周囲がザワつく。
いや、だって意味分かんないでしょ。
「アシュレイ殿下。私が冷たい以前に、貴方、三日前にその女と宿を取ってましたよね?」
空気が凍った。
ルミナの顔が引き攣る。
アシュレイが目を逸らした。
あ、クロだ。
「な、何の話だ!」
「王都南区の“青薔薇亭”。部屋番号二〇七。証人もいますけど」
「っ……!?」
図星過ぎて分かりやすい。
貴族達の視線が一気に変わった。
ヒソヒソが止まらない。
「えっ、不倫?」
「婚約中に?」
「最低では?」
うん、そうだね最低だね。
私もそう思う。
するとアシュレイが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だ、だがルミナは心優しい女性だ!! お前のような冷血女ではない!!」
「婚約者がいる男を寝取る女が?」
「なっ……!」
ルミナが涙目になる。
知らん。
泣きたいのはこっちだ。
三年だぞ、三年。
この男のために王妃教育まで受けてきたんだぞ。
なのに浮気して逆ギレ婚約破棄って。
頭おかしいんじゃないの?
すると、背後から低い声が響いた。
「随分と醜悪な茶番だな」
空気が変わった。
ざわめきが止む。
振り返った先にいたのは――。
銀灰色の髪。
鋭い赤眼。
軍服のような黒衣を纏った長身の男。
辺境伯レオンハルト・ヴァルディア。
“氷血の辺境伯”と呼ばれる、この国最強の騎士。
なんでここに。
「レ、レオンハルト卿……!」
アシュレイが露骨に怯えた。
まぁ、辺境戦線で武勲を上げまくってる人だからね。
王子でも逆らえない。
レオンハルト様は真っ直ぐ私を見た。
「エリシア嬢。貴女は婚約破棄を受け入れるのか?」
「……受け入れざるを得ないでしょうね」
「そうか」
短い返事。
でも次の瞬間。
「ならば俺が貰おう」
「…………は?」
今日二回目の“は?”である。
周囲も完全にフリーズした。
「え?」
「え?」
「は?」
大混乱。
レオンハルト様は淡々と続ける。
「前々から貴女を高く評価していた。聡明で、誠実で、責任感が強い。愚物の隣にいるには惜しい女だ」
愚物って言った。
王子に。
真正面から。
「ちょっ……レオンハルト様!?」
「嫌か?」
「嫌とかそういう問題じゃなくてですね!?」
「俺は嫌ではない」
真顔。
顔が良すぎる。
ズルい。
しかも声が良い。
「エリシア。俺の妻になれ」
周囲の女性陣が悲鳴を上げた。
分かる。
今の破壊力エグい。
一方でアシュレイは真っ青だ。
「ま、待て!! エリシアは俺の――」
「貴様が捨てたのだろう?」
レオンハルト様の赤眼が細まる。
「不要になったから捨てた。違うか?」
「そ、それは……」
「なら口を出すな」
圧。
ヤバい。
空気が重い。
王子が完全に黙った。
私は思わずレオンハルト様を見上げた。
「……どうして、そこまで」
「泣きそうな顔をしていた」
「……っ」
その瞬間。
張り詰めていたものが切れた。
あぁ、駄目だ。
泣く。
最悪の夜会だった。
全部終わったと思った。
なのに。
「俺は貴女を粗末に扱わない」
その言葉が、どうしようもなく優しかった。
◇
「はぁぁぁぁ!?」
数日後。
辺境伯邸に到着した私は叫んでいた。
「広っっっっ!?」
城じゃん。
何これ。
豪邸どころじゃない。
「エリシア様、お荷物はこちらへ」
「使用人多っ!?」
しかも全員が私に頭を下げている。
無理無理無理。
慣れない。
するとレオンハルト様が後ろから言った。
「何か不満か?」
「規模感がおかしいです!!」
「そうか」
「そうかじゃないです!!」
この人、感情表現が薄いくせに時々ちょっと面白いんだよな。
しかも。
「夕食は共に食べる」
「はい?」
「朝食もだ」
「いや夫婦予定ですけどまだ婚約段階ですよね!?」
「問題ない」
「あります!!」
距離が近い。
近い近い近い。
でも。
王城にいた頃より、ずっと居心地が良かった。
レオンハルト様は決して私を否定しない。
私の努力を見てくれる。
夜会で失敗しても。
書類整理で徹夜しても。
「よくやった」
その一言をくれる。
それだけで報われた。
……あぁ。
私はずっと、こういう言葉が欲しかったのか。
◇
一方その頃。
アシュレイとルミナは追い詰められていた。
「ど、どうしてですの!?」
ルミナが叫ぶ。
当然である。
彼女の実家の不正が発覚したからだ。
誰が暴いたか?
私である。
「横領、賄賂、架空取引。綺麗に揃ってましたね」
「エリシアァ!!」
ルミナが絶叫する。
私は微笑んだ。
「婚約者を奪ったんですもの。多少の報復は覚悟してましたよね?」
アシュレイも顔面蒼白だ。
彼はルミナの甘言に乗せられ、かなり危険な金の流れに署名していた。
つまり共犯。
「そ、そんな……私は王子だぞ!?」
「だから?」
「っ……!」
「責任から逃げられるとでも?」
私が言うと、後ろからレオンハルト様が現れた。
「処分は決定した」
静かな声。
「アシュレイ第二王子は王位継承権を剥奪。ルミナ・シェールは国外追放」
二人が崩れ落ちた。
終わりだ。
全部。
自業自得である。
私はそれを静かに見下ろした。
不思議と怒りはもう無かった。
ただ。
過去が終わった。
それだけだった。
すると隣から声が降る。
「エリシア」
「はい?」
「もう復讐は終わりだ」
「……そうですね」
「なら次は幸せになる番だ」
心臓が跳ねた。
この人、本当にズルい。
真顔でそんなこと言うんだから。
「結婚式を挙げる」
「急ですね!?」
「嫌か?」
「嫌じゃないですけど!!」
「なら決まりだ」
即決だった。
強い。
辺境伯強い。
でも。
そんな彼が、私は好きだった。
きっとこれから先も。
ずっと。
誰よりも愛されながら、生きていくのだろう。




