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攻略対象が前世の推しじゃなかった件について、私は攻略を放棄します

作者: 結光
掲載日:2026/03/28

鏡のなかに映る私を見るたび、私は前世の徳に感謝せずにはいられない。

プラチナブロンドの流れるような紙、菫の花を溶かしたような瞳、そして陶器のようにすべらかな花。どこからどう見ても、私は乙女ゲームの『クリスタル・ロマンス』ーー通称「クリトラ」の悪役令嬢、リリアーヌ・ヴァン・アドルムその人だった。


(…かった。完全勝利だわ、私の人生!)

内心でガッツポーズを決める。

前世の私は宅級を削って押しに貢ぐだけがしがない事務員だった。過労死寸前でトラックではねられ、気づけばこの世界。最初は絶望したが、ここが「押しのいる世界」だと知った瞬間に私の人生はバラ色に変わった。


「リリアーヌ様、そろそろお時間です」

「ええ、わかっているわ」


侍女に向けた小手は鈴を転がすように気高く優雅。16年間し抜け出淑女教育(地獄)に耐えてきたのは、今日この日のため。


推しーー第二次王子エドワード・ル・ヴォルフレッドの婚約者の候補としてふさわしい姿でまみえるためだ。


学園の入学式。

会場となる大講堂はゲームで見た通り豪華な装飾でい泥られていた。私の胸は、期待と緊張で、ドラムセットを叩き壊すようなリズムを刻んでいる。


(ああ、ついに会える。画面越しに何万回も愛をささやき、何十万も課金した、私の、私のエドワード様に…!)


やがでファンファーレが鳴り響く。新入生代表として壇上に現れたのは眩しいばかりの金髪をなびかせた少年だった。


「…………ツ!!」


声にならない悲鳴が喉を駆け抜ける。

等身大のエドワード様。挿絵よりもさらに美しい、神の創造物。私は感動のあまり、扇を握る手が震えるのを必死に抑えていた。


しかし。

彼が口を開いた瞬間、私は「静止」した。


「えー、新入生のみんな、注目ー!今日は集まってくれてサンキューな!」


……。

……え?

「俺さ、この学園生活をマジで『バズらせて』いきたいとおもっているわけ。退屈な伝統とか、ぶっちゃけオワコンだろ?時代はスピード感。みんな俺についてくれば、最高の軽視、見せつけてやっからさ」


エドワード様は、あろうことが壇上で片目でをぱちんと瞑り、最前列の女子高生たちに向けて親指を立てた。その、妙に重心を片足に乗せたチャラついた立ち方。「サンキューな」という時の、鼻にかかった独特のイントネーション。そして何より自分に陶酔しきったその「ばずらせる」というワードのチョイス。


私の脳内に前世で恨み嫌っていたある人物の記憶が鮮明なHD画質でフラッシュバックした。


(うそ…でしょ…?)


その癖、そのしゃべり方、その壊滅的な品性のなさ。間違いない。こいつの中身は前世で過激な炎上動画を連発し、最後は不祥事でアカウントを永久BANされた、伝説の迷惑系Youtuber『エド・キング』だ。


私の「推し」の皮をかぶっているのは、世界で一番大嫌いな「くずだった」。


「……リリアーヌ様?お顔がすぐれませんが…」


心配そうにのぞき込んでくる侍女に、私は氷のよう笑みを浮かべて答えた。

「大丈夫よ。ただ……ゴミ箱の中身を確認したくなっただけだわ」


私の16年間の純情と努力が、ガラガラと音を立て崩れ去った瞬間だった。



入学式後の立食パーティー。本来なら、攻略対象たちが次々に声をかけ、逆ハーレムの予感に酔いしれるはずのステージだ。だが、今の私にはここが「前世のトラウマ博覧会」にしか見えない。


「やあ、リリアーヌ。今日も一段と『映えて』るね。あ、今の言葉俺が作った言葉で『最高にクール』って意味なんだけどさ」


なれなれしく肩に手を置いてきたのは、やばりエドワード(中身:エド・キング)だった。

その手つき、女慣れした薄ら笑い。前世で未成年相手の不祥事で炎上した時の謝罪動画(という名の逆切れ動画)の顔とそのままだ。


「……恐れ入りますわ、殿下。少々、気分がすぐれませんの」

「えー?マジ?俺の隣にいるだけで『バズり』が確定なのに。あ、そうだ。近々、面白い『企画』があるんだ。お前、悪役っぽい顔してるし、協力してよ。」


企画。協力。

…この男、婚約破棄を「コンテンツ」として消費するつもりだ。吐き気を堪えて彼をかわし、私はほかの「推したち」の生存確認に向かった。だが、そこはさらなる地獄だった。


「リリアーヌ上。君の立ち振る舞い、効率が悪いね。もっとこう、リソースの最適化を考えたらどうだい?」


眼鏡をクイッと上げ冷徹な瞳で私を見下すのは魔術師団長の息子・ルカス。

ゲームでは「クールな天才」設定だったはすが、その口調、その「リソース」「最適化」という単語選び…。


(……こいつ、前世で私をサービス残業で使いつぶした、あのブラック上司だわ!!)


さらに、ささやかな笑顔を振りまく騎士団長の息子・カイル。

「リリー、ちょっと手持ちが寂しくてさ。君の実家、太いんだろう?少し融通してよ」


(……でた。私の貯金をパチンコで溶かして逃げた、あのヒモ男の元カレ!!)


「なんなの…これ、何の罰ゲーム…?」


眩いばかりの美形たちが、口を開けば前世のいやな記憶を思い出せる存在になってしまった。私の愛した『クリロラ』の王子様たちはどこへ行ったのか。中身が変わるにしてもよりによってなぜ私の前世の「天敵」ばかりがそろってるのか。


「ねえ、聞いてる?俺のt『チャンネル』…じゃなくて、俺の派閥に入れば、悪いようにはしないからさ」


エドワードがヒロインである聖女候補の少女の腰を引き寄せながら、わざわざ遠くにいる私に向けて勝ち誇ったような笑みを向ける。どうやら、私を「悪役」として公開処刑し、自分たちの好感度を上げるための「生贄」にするシナリオを裏で着々と進めているらしい。


(……いいわ。やってやろうじゃないの)


絶望のそこで、私の中のアンチ魂が静かに火を噴いた。


私は、推しに課金するために死ぬ気で働いた女よ。そして、クズ男に裏切られるたびに、血眼になって証拠を集め、法的に(あるいは社会的に)叩き潰してきた女なのよ。


(……いいわ。やってやろうじゃないの)


そう心に決めた瞬間、不思議と視界が澄んだ。

怒りで熱くなるどころか、頭は凍るように冷静だった。前世で、何度も何度もクズ相手に戦うために切り替えてきた“あの感覚”が、私の思考を支配する。



まず、整理しましょう。


エドワード・ル・ヴォルフレッド(中身:炎上系元YouTuber)。

承認欲求の塊。

目立ちたい。支配したい。

そして何より――「自分が安全な立場で、人を貶める」のが大好物。



ルカス・ティ・カティスアナ(中身:ブラック上司)。

理屈と効率を盾に、責任を他人に押し付けるタイプ。

証拠が揃うと驚くほど脆い。



カイル・ジ・イティリア(中身:ヒモ元カレ)。

金と女に弱く、切羽詰まるほどボロを出す。

……役者は揃っている。



舞台も、観客も、完璧。乙女ゲームの悪役令嬢である私が、「本物のクズ」を相手に、正しい意味での断罪役を引き受けるだけ。


(シナリオを書き換えるのは、得意よ?)



私は優雅にいつの間にか持っていたグラスを置き、パーティー会場の片隅へと移動した。わざと人目につかない位置。

ただし、死角ではない。――「見せたい相手」からは、しっかり見える場所だ。案の定、エドワードが気づく。


「お?リリアーヌ、やっとその気になった?」


彼は聖女候補の少女を腕から外し、捕食者の笑みで近づいてくる。その様子を、私は震える声で迎えた。


「殿下……先ほどの“企画”のお話」

「お、乗り気? 最初から素直になればいいのにさ」


――掛かった。

「わ、私……悪役令嬢として、皆さまのお役に立てるなら……」


言いながら、私は視線を伏せ、頬をわずかに赤らめた。16年間叩き込まれた「か弱そうに見える貴族令嬢」の完成形だ。


「ほらな?やっぱ分かってるじゃん」


エドワードは満足そうに笑い、声を潜める。


「まず手始めに、例の魔術暴走事件、あれをお前のせいにするからさ。証言、うまくやってくれよ」


――きた。

ゲーム本編でも中盤に起きる事件。彼が裏から糸を引き、ヒロインを英雄に仕立てるための“大炎上イベント”。前世の私は、こういう「口約束」だけで人を売る男を、山ほど見てきた。


「もちろんですわ……ただ」

「ただ?」

「書面に、残していただけません?」


一瞬、彼の目が泳いだ。


「え、いや、そんなの必要?」

「殿下が後で『そんなこと言ってない』とおっしゃったら……私、取り返しがつきませんもの」


にっこり。あくまで純真無垢な微笑み。


(残念ね。私はもう、言質を取らずに動く女じゃない)

エドワードは少し考えた後、肩をすくめた。



「まあ、いいよ。俺、嘘つかない主義だし?」


――嘘つきの定型文、ごちそうさま。


その場で彼は、魔術式通信端末を取り出し、簡単な指示を書いた。魔術署名付き。第三者検閲機能、解除済み。


(完璧。証拠、ゲット)


その背後で、眼鏡の男――ルカスがこちらを観察しているのが見えた。私は気づかないふりをして、さらに“餌”を撒く。


「ルカス様の“効率的な事故処理案”、私、とても感銘を受けましたの」

「……そうかい?理解が早くて助かるよ」


無表情の奥に、かすかな優越。


(はい、あなたも釣れた)


彼なら必ず、「合理的な不正」を文面で残す。そして、カイル。

「リリー!さっきの話なんだけどさ!」

――彼は既に酒に弱く、ほろ酔いだ。

私は微笑んで、金貨の入った巾着を見せた。

「条件付き、ですけれど?」

「な、なに!?」

(……ちょろい)


その夜、私の寝室には三つの完璧な証拠が揃った。

✔ 王子による虚偽告発の指示

✔ 魔術師団関係者による隠蔽計画

✔ 騎士団家系の金銭不正

そして何より。

(観客は、すでにいる)

学園中に張り巡らされた噂という名のネットワーク。

貴族という名の、最高にゴシップ好きな視聴者たち。

私は鏡の前でドレスを脱ぎながら、静かに笑った。

「さて……“最終回”は、どうなるかしら?」

この世界で、

本当に”破滅”するのは――推しの皮を被った、あんたたちよ。





翌朝。

学園中が、妙にざわついていた。


廊下を歩けば話し声が途切れ、視線が私を避けるように流れる。 侍女が耳打ちしてきた。


「……昨夜、学園評議会に匿名の“資料”が提出されたそうです」

「どんな?」

「非常に……詳細なもので」


思わず口元が緩むのを、私は扇子で隠した。


(でしょうね)


魔術式通信端末の記録は、提出先を選ぶ。 王子絡みなら――学園評議会、王宮監査局、魔術師団本部。

三方向同時投下。 炎上系YouTuberだった男の弱点を、私は嫌というほど知っている。


**同時多発がいちばん効く。**




一限目の途中、教室の扉がノックされた。


「第二王子殿下、

エドワード・ル・ヴォルフレッド様をお呼びです」


教室内が、ざわめく。


当の本人は、最初は余裕の笑みを浮かべて立ち上がった。 だが、廊下に立つ評議会付きの魔術官の顔を見た瞬間――


「……え?」


声が裏返った。


戻ってくることはなかった。




昼休み。


今度はルカスだった。


「ルカス・ティ・カティスアナ。 あなたには、確認事項があります」


淡々とした魔術師団の口調に、彼は眉をひそめる。


「確認? 僕が、なにを――」

「“合理化のための証拠隠滅”について」


周囲の生徒が、静かに距離を取った。


合理的な男は、 “責任の所在”を突きつけられた瞬間、言葉を失う。



放課後には、カイルが消えた。


正確には―― **家から引きずり戻された。**


「賭け金の件で、説明が必要だそうだ」

「いや、待って、あれはさ――!」


連行される背中を、誰も引き留めない。


(前世と同じね)


困ったときに寄ってくる人間ほど、 落ちるときは一瞬だ。


そして、夕方。


私は呼び出しを受けた。


学園評議会室。


そこには、

学園長、数名の教授、王宮監査官、そして――


「リリアーヌ・ヴァン・アドルム」


厳格な声。


「あなたが提出した資料について、確認したい」


私は、静かにカーテシーをした。


「事実のみをまとめました」

「感情は?」

「一切、混ぜておりません」


沈黙。


やがて、学園長が深く息を吐いた。


「……あなたは、 ご自身が“悪役令嬢”と呼ばれる立場だと理解していますか?」


私は、少しだけ考える素振りをしてから答えた。


「ええ。でも――」


顔を上げ、真っ直ぐに視線を返す。


「**無実の罪をかぶる役目までは、引き受けておりませんわ**」


その瞬間。

空気が、決定的に変わった。




結果は、早かった。


エドワード・ル・ヴォルフレッド。

王族としての不適切発言と虚偽告発の画策により、 学園内での派閥活動停止・別棟隔離。


事実上の“凍結”。


英雄になるはずだった男は、 誰からも話しかけられない存在になった。



私はというと――


「……しばらく、静かに過ごしたいですわ」


そう言って、

図書塔の上階の席を確保した。


窓際。日当たり良好。 紅茶と本と、平穏。


噂話は、勝手に飛び交う。


「悪役令嬢、怖すぎない?」

「でも、正論しか言ってないのよね」

「むしろ、一番まともじゃない?」


私はページをめくりながら、心の中で呟いた。


(“ざまあ”って……案外、静かね)


怒鳴り合いも、泣き叫びもいらない。 証拠と場と、タイミング。


それだけで、 物語は簡単にひっくり返る。


鏡に映る私は、相変わらず完璧な悪役令嬢だった。


でも――


**もう誰も、私を踏み台にはできない。**




さて。


ここから先は――

「私が何者として生きるか」を、 自分で選ぶだけ。


攻略対象?

……ご冗談を。


**私はもう、プレイヤー側よ。**




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