第三幕
雲が薄く張られ、光が少ししか入らない空。
アメルとコーギは映画を見終わった後、アメルを見送る為、街の外れに来ていた。
「……なんだか、拍子抜けしちゃったね。思ったより面白くなかった。」
「そう?」
「そうだよ。なんだか、もっと感動できるかと思ったのに、ありきたりでさ。」
「……そっか。」
二人して歩いていると、アメルが止まった。
「ん?どうしたの?」
コーギがそう聞くと、アメルは少し間を置いてから話し始めた。
「私はあの作品、好きだった。」
「え?そうだったんだ。なんか悪いこと言っちゃったな。」
「前見た作品だってそう。数ヶ月前に読み合った小説だって、一年前に見たミュージカルだってそう。コーギはあんまりだったかもしれないけど、私は好きだった。」
「え?一年前……?ああ、あれか。私面白かったって言ってなかったっけ?」
「でもコーギは役者の練習不足だって言ってた。」
「いやそれは単なる感想でしょ?全体的には面白かったって。」
「違う!好きだったら全部ひっくるめて愛せるはずなんだ!コーギはそんなのができないんだ!」
お互いに言い合っていると、アメルが叫び始めた。
「アメル……?」
「コーギはいつもそう!いつも何かを批判してばっかりで、何にも好きじゃない!何も肯定しない!いつも何かをバカにしてるんだ!」
「してないよ!アメルの被害妄想!」
「被害妄想なんかじゃない!」
二人の口論がヒートアップしたところで、一旦二人は息を整える。
「……どうしたの?アメル?嫌なら嫌って。」
「言ってる。今言ってる。」
「……っ、私は、それを止めるつもりはないから。それで自分の生き様を変えろなんて、ムリな話。」
「……そう。」
アメルはそう言い、コーギに背を向け走り去った。
「アメル!?」
コーギは追いかけようと手を伸ばしたが、すぐに下ろした。
「……本当に、どうしたって言うの?」
批判の言葉は、心をすり減らす。
批判をしてる人は、きっと人の心を知らない奴らなんだ。
そんな酷い奴らにはなりたくない。
そんな酷い奴らは変えればいい。
そんな酷い奴らは変えられる。この小説で。
翌日、コーギは本屋の前に向かっていた。
すると、前から友人がコーギの名を呼び、手を振っていた。
「あれ、どうしたの、そんなところで。」
「いやぁ、友人の小説を読んでたら感動しちゃってさ。」
「……まさか、『単色小説』ってやつ?」
「やっぱ知れ渡ってるよねぇ。なんだって、『神の娘』アメル大先生の小説だものねぇ。」
彼女の反応に、コーギの口角はひくついていた。
コイツは、こんなやつだっただろうか?
「あ、そうだ!これ貸したげるからさ、読んでみてよ!短めで、読みやすいよ!」
「え、あ、うん。ありがと……。」
友達に『単色小説』を借りると、彼女から視線を感じた。
「……どうしたの?目線が怖いんだけど。」
「ん?」
「……読めって?」
「うん。早く感想が聞きたいの。最初だけでもいいから、お願い!」
友達は手を合わせてそう言った。コーギはため息をつきながら渋々本を開いた。
――入りは普通の小説だったが、段々様子がおかしくなり始めた。いや、おかしくなったのは私かもしれない。自分の脳みその一部が切り落とされ、また別のものがそこに付け加えられる感覚。自分の意思が無くなっていく。ほら、段々好きになっていく。好きになっていく。
ハッとコーギは意識の濁流から目を覚まし、バッと本を閉じた。
なんだったのだろうか、さっきのは。
これは明らかに洗脳だ。催眠だ。
入り込んでいたからだろうか、呼吸が荒かった。
呼吸を整えていると、友達が口を開いた。
「……なんで本を閉じたの?面白くなかった?」
コーギは友達の方を見た。虚空に染まった、真っ黒な目。
「……な、なに?」
「読んでよ、価値観が変わるからさ。ほら、最初は怖いけど、きっと素敵な世界が広がってるよ。」
「い、いい!いい。」
コーギは小説を友達に押し付けると、友達は怒鳴った。
「っ、否定することはいけないことなんだよ!」
「ひっ。」
「否定したら、誰かが泣いちゃうでしょ。私が、アメルが、この小説が好きな人が、泣いちゃうでしょ!」
「……。」
違う。
それが正解だなんて、違う。
全てを愛しようとするのに、全てを否定するなんて、なんて矛盾なんだ。
「確かに、批判は誰かを傷つけるかもしれない。」
「でしょ!?なら……!」
「でも、それを止める権利なんて、私たちにはない。」
「え?」
コーギはそう言い、その場から立ち去った。友達はコーギを呼んだが、それだけだった。
「……やっとわかりましたか。」
アメルの家に向かう途中、コーギはグラーティアに出会った。
「グラーティアさん。」
「コーギ様、アメル様にかける言葉は見つかりましたか?」
「勿論。」
「では、行ってらっしゃいませ。」
グラーティアはそう言って立ち去ろうとした。
「貴方は?」
コーギの言葉にぴたりとグラーティアは止まる。
彼はゆっくりと振り向き、そして笑った。
「わたくしが行っても、きっとアメル様は怒るだけ。彼女にとってわたくしは裏切り者ですので。」
グラーティアはそう言い、再び足を早めた。
「……行こう。」
ドアを叩く。返事はなかった。
「……『単色小説』、読んだよ。」
「……開いてるよ。」
アメルがそう返事をすると、コーギはドアを開けた。
奥にアメルが座っていた。
机には紙が沢山積まれており、今も尚何か書いているようだった。
「……アメル。」
「何?」
「アメルはどうして、『単色小説』を書いたの?」
「前も言ったでしょ?私は批判が嫌いなの。批判は誰かを傷つける。なら、全てを好きになればいい。この小説は、そのためのものなの。」
俯いて座っていたアメルがコーギの方を向いた。
その顔はとても酷いものだった。後ろからでもわかるほど髪がボサボサだったし、目には隈がついている。
「……アメル、寝てないの?」
「まだ、足りないの。」
「足りない?」
「まだ、書かなきゃ。沢山、たくさん書いてみんなに見てもらわなきゃ。」
そのアメルの様子はコーギには痛々しく見えた。
言わなければならない。それが痛い真実でも。
「アメル、一つだけ、見落としてるよ。」
「……ないよ。そんなの。」
「あるの。」
少しの沈黙。アメルはコーギをじっと見ていた。
「アメル、全てを好きになるためって言ってたね。でも、それで批判を全てシャットダウンするなんて、単なる矛盾じゃない?」
「矛盾……?」
「『単色小説』を見た人たちを見たの。彼らは全てを好きにさせるためにそれを押し付けてきた。それは批判と同じくらい苦しいものなんだよ。」
「……!」
アメルは目を見開いた。
「信じられないでしょ?悲しい思いをする人が増えたの。」
アメルは口をわなわなと震わせた。
「でも、悲しさなんて一瞬なの!それさえ過ぎれば、みんな一緒。もう全て……!」
「アメル。あの小説を拒む人だっているんだよ。」
「だから、私は書き続けなきゃ……!」
「アメル!」
コーギが大声を出すと、アメルはビクッとした。
「……色んな意見があるから、色んな芸術が、小説が、演劇が出来る。沢山の評価、批判、感情があるから、沢山の物語が生まれる。アメルが書いた『単色小説』だってそう。でも、ただ一つの感情だけがあったら、一つの作品しかできないでしょ?だって、一つのものしか評価されないんだから。」
「……それでも、許せないの。私の好きなものが批判されて、酷いっていう烙印がつけられるのが。」
「じゃあ、ずっとそれを書けばいい!」
「え……?」
「私は、それをやめろって言ってんじゃない。まぁ、洗脳はやめてほしいけど……。」
「いいの……?」
「作品は、色んな種類があってなんぼでしょ?」
コーギはそう言って笑った。
アメルもそれに釣られて笑った。
「……やっぱり、コーギの言うことの一部はわからない。でも、私のやったことも、間違いじゃないんだ……!」
アメルはボロボロと涙を流し、とうとう声を上げて泣いた。
コーギはアメルに近づき、頭を撫でた。
「……ほんと、世話のかかるやつ!」




