第一幕
少女は机と向き合っていた。
机には大量の紙があり、その一つ一つに文章が連なっている。
その部屋にとある人物がやって来た。
「……アメル様、無理なされてませんか?」
彼がそう言った瞬間、彼女はピタッと止まり、ゆっくりと後ろを振り向く。
「グラーティア。」
「ずっとその体制のままじゃないですか。体を悪くしますよ。」
「わかってるよ、でも……。」
アメルと呼ばれた少女はそう言ってもう一度机の方に体を戻す。
「書かなきゃ。コーギが二度となにか作品をバカにすることがないように。」
「……左様でございますか。」
グラーティアは苦虫を噛んだような顔をしてそう返事をし、その場から立ち去った。
グラーティアが立ち去った後、アメルは文章を書きながらぶつぶつと何か呟いていた。
「書かなきゃ、書かなきゃ。誰かを殺せるような小説を――。」
コーギは書店の本を読んでいた。
少し険しそうな顔だった。
「……おや、ご友人の本を読んでおられるのですね。」
「わぁ!!」
コーギは後ろからの声に飛び跳ねた後、バッと振り向く。
「あの、どちら様ですか……?」
「ああ、申し遅れました。わたくし、グラーティアと申します。」
「グラー……。あ!アメルのアシスタント!」
「はい、そうでございます。」
コーギの言葉にグラーティアはニコニコと返事する。
「えっと、グラーティアさん、私になんの用ですか……?」
「そんなことより、アメル様が書いた小説はどうですか?」
「……アシスタントにいうのもあれだけど、アメルが書いた小説は、読ませる力があるってよく言われるけど、それだけだと思うの。」
「と、言うと?」
「まず、最後まで読んでしまう。」
「おや、では良いのではないでしょうか?」
「……でも、それだけ。なんの話だったか思い出せない。何も残らないの。」
「貴女は、自分の友達にも容赦がないのですね。」
「まあ……。私は作品が良くなってほしい。って言うのは建前で、つい口からポロって出てしまうの。」
「あはは、それも貴女の魅力だと思いますよ。」
グラーティアはコーギの発言にひとしきり笑った後、少し息継ぎをし、コーギの目を見た。
「そんな貴女にお願い事があるのです。」
「お願い事って?」
「……アメル様を、助けてください。」
そう言った彼の目は、真剣そのものだった。
とあるカフェのテラス。
グラーティアは紅茶を飲んでいた。コーギもココアを頼んだが、口にはしていない。
「……いつ飲んでも、ここの紅茶は美味しい。」
「あの。」
「ああはい、アメル様の話でしたね。」
グラーティアは姿勢を正し、コーギと向かい合った。
「最近、アメル様はずっと、机に向かって小説を書いているようなのです。」
「何か……?」
「そう。一心不乱に、ずっと。」
「でも、今までもそうなったことあるんじゃないですか?」
「ええ。確かに何度もあった。しかし、飲まず食わずで寝もしないなど、異常事態としか感じられませんでした。それに……。」
「それに?」
「……アメル様が書いている小説は、『誰かを殺す』可能性があるのです。」
――コーギは冷静な姿を装っていたが、内心は心臓がうるさく鳴り響くほど動揺していた。
「……殺す?読む人は死ぬと言うことですか?」
「いや、なんと言うべきか……。人を死へ誘うということではなく、『思考を止める』あるいは『書き換えられる』可能性があるのです。」
「そんなの、可能なんですか?」
「……先ほど、アメル様の小説のことを『読ませる力がある』小説だと、そうおっしゃってましたね。」
「ええ、はい……。」
「彼女の書く文章は頭にスッと入りやすい。それゆえ、作品が軽薄になってしまう。それは、昔からの課題でした。」
「まぁ、確かに……。」
「では、もしその小説に『意味』を持たせられるとしたら……?」
「意味?」
「彼女がそう言う読みやすい小説を書ける理由は、文脈の中に『感情』を入れないからなのです。つまり、頭を刺激せずにスルスルと読ませるわけですね。」
「でも、それじゃあ何も得られませんよね。」
「そう。そこで『意味』を持たせることとなります。つまり、喜怒哀楽のどれかを小説の中に含ませるのです。さて、喜怒哀楽の内、どれが印象に残りますか?」
「え?そりゃあ……怒ったり悲しんだりする時じゃないですか?」
「ええ、そうですね。では、怒ったり悲しんだりする時とは……?」
「え……?」
コーギはグラーティアの質問に答えられずにいた。
分かってはいたが、答えられなかった。
「……わ、かんないです。」
「……そうですか。」
グラーティアはコーギの目をじっと見た。コーギの事を見抜くような目だった。
「答えは簡単ですよ。『憎しみ』あるいは『裏切り』その時は、どちらも怒りや悲しみをよく感じられますよね。」
コーギは息が詰まるような感覚を覚えた。
あの時を思い返していたから。
「アメル様は言いました。『単色小説』を作ると。」
「『単色小説』……?」
「『全ての思考をなだらかにする』……。彼女はそうおっしゃってました。」
「どういうことですか?」
「人に個性があるせいで争いや諍いが起こる。アメル様も身をもって感じたと言っておりました。」
「それは……。」
コーギは思い出していた。アメルと言い争いをしたあの日のことを。
「特に、好みが違うと争いが怒ってしまう。アメル様はそこに注力しました。彼女は『全てが好きになる様に』この小説を書いているのです。嫌いを排除する。その時に嫌いと言う存在に対しての憎悪を込めたのです。」
「……確かにアメルは色んなものを好む。私が嫌いと言った作品も好きと言ってた。だからって、こんな……!」
「その嫌いが許せなかったのでしょうね。」
「……理由はわかりました。」
そう言ってコーギは冷めたココアをぐいっと一気に飲み干した。
「今からでも止めに行きます。」
「いや、コーギ様、早めなのはありがたいのですが、どうやって……。」
「それは後でいい。今はあいつに文句の一つでも言ってやらなきゃ。」
ご馳走様!とコーギは叫び、その場を去った。
「コーギ様!」
グラーティアは叫んだが、コーギは止まることはなかった。
「駄目だ。感情のままに話したって、どうすることも……。」
グラーティアは少し迷ったあと、コーギの跡を追った。




