異世界カクテルキュ
今日も平和キュと、夕暮れの街を散歩する聡美。
すると、何やら賑やかな場所を発見する。
好奇心に誘われるまま、近づいてみると……。
今日も、聡美は街を歩いていた。
「今日も平和キュ」
夕暮れの街は、柔らかな橙色に染まっている。
屋台には灯りがともり、どこかで弦楽器の音が響き、人々の笑い声が夜気に溶けていく。
「みんな楽しそうキュ……何飲んでるキュ?」
カウンターには、七色のグラスがずらりと並んでいた。
宝石のように輝く液体が、淡く揺れている。
店主が笑顔で声をかける。
「ルラ・スピリタ・カクテル〜?」
(たぶん“飲むかい?”)
「甘いの好きキュ!」
ピッ。
異世界カシスオレンジ。
ごくごく。
「……あまっ! 美味しいキュ〜♡」
ピッ。
異世界カルーア。
ごくごく。
「コーヒーみたいで大人っぽいキュ♡」
ピッ。
ピッ。
ピッ。
ピーチウーロン。
ファジーネーブル。
カシスソーダ。
モスコミュール。
カンパリオレンジ。
ブルーマルガリータ。
ヨーグルトハイ。
カルピスハイ。
梅酒。
「ごくごくごく……キュ……みんな甘くて美味しいキュ〜……異世界最高キュ〜♡」
数十分後。リストバンドが静かに光り、明細が自動送信される。
【異世界経費明細書】
合計:12点
(天界経費オーバー ×12)
* * *
「何してんだぁぁぁ!!! 経費申請が真っ赤になってる!!!」
案の定、天界から転生神の通信が炸裂する。
聡美は頬をほんのり赤くしながら笑う。
「えへへ……甘くて美味しいキュ〜♡ 異世界でも酔わないキュウ♡」
『酔ってる!! 完全に酔ってる!!』
「だって全部フルーツ味キュ〜。こしあんの次に甘いものは正義キュ♡」
『異世界飲酒で神界倫理委員会案件だよ!!なろう系勇者は飲酒しないの!!』
「でも美味しいキュ、もったいないキュ」
『いいから速く帰れ!!結界へワープ!!』
結界に帰された後も、聡美はまんじゅう片手にほろ酔い気分でご機嫌だった。
「……甘くて美味しかったキュ……でも……なんで頭の中で八岐大蛇神が踊ってるキュ……?」
天界で神は頭を抱えた。
『……もうこの子、“勇者”じゃなくて“異世界飲酒伝説”だな……』
* * *
◆ ピッ封印の悲劇 ◆
翌朝。
二日酔いもなく、すっきり目覚めた聡美。
(さすが“異世界でも酔わない体質”)
「今日はおまんじゅう食べに行くキュ〜♡」
小刀を腰に差し、いつもの屋台通りへ向かう。
街の人たちが「あ、昨日の“ピッの人”だ」とざわつく中、聡美は堂々と胸を張った。
「今日は“こしあん確認調査”の日キュ!」
足を止めたのは、例のまんじゅう屋だ。
前回、自前のこしあんを見せて熱烈な布教活動を行った因縁の場所。
「ちゃんと作れたか確認しに来たキュ」
満面の笑みでリストバンドをかざす。
ピッ――
……無音。「……?」
もう一度。
ピ……
……反応なし。
三度目。
ピピピ……
沈黙。
「……ピッっと鳴らないキュ!!」
リストバンドの画面に、赤い文字が点滅していた。
──【利用停止:天界経理局による一時ロック】──
──【理由:飲食経費の乱用およびアルコール請求多数】──
* * *
「経理に止められたキュ!? こしあん確認まで制裁対象キュ!?」
即座に通信が入る。
『……ねえ、聡美さん。あなた昨日、酒12杯飲んだでしょ』
「正確には11杯とカルピスハイ1杯キュ!」
『その精度いらない!!!』
「でも今日はこしあんの完成確認キュ! これは文化交流キュ!」
『文化交流で天界の福利厚生カード使うな!!!』
まんじゅう屋の店主が、新作らしき菓子を掲げる。
中身は――まだ「つぶあん」だった。
「……まだ粒キュ。でも、前より少し滑らかになってるキュ」
店主は何やら新しい鍋を指さし、「ラ・コシ・アン、ケンキュウ!」と胸を張る。
どうやら本気で改良を始めたらしい。しかし、肝心の「ピッ」ができない。
『“ピッ封印”です。反省期間!』
肩を落とす聡美。
その姿はまるで、“異世界課金停止勇者”だった。
* * *
◆ 質素な食生活キュ ◆
しぶしぶ小屋に帰る聡美。
「ピができないなんて、勇者の冒涜キュ」
『もういい加減にしてぇぇぇ!!!』
リストバンドから、限界を迎えた転生神の声が響き渡る。
「キュッ!? 転生神さん、いつも怒ってるキュ」
『誰のせいだと思ってるの!? しばらく小屋の井戸水と乾パンとまんじゅうで我慢して!!』
「えぇぇ!? それ非常食キュ!」
『非常事態です!! 天界の……俺の財布が!!!』
しぶしぶ棚を開ける。
乾パン。井戸水。こしあんまんじゅう。
「……質素キュ」
『それで充分!! 魔王より俺の貯金が滅びそうなんだから!!』
「でもまんじゅうはこしあん指定キュ」
『指定するな!!』
「じゃあ毎日こしあん三個キュ」
『一個!!!』
夜。
小屋の前で焚き火を見つめる聡美。
「……Wi-Fiもピッも封印されたキュ……」
乾パンをかじり、井戸水で流し込む。
「……でも、こしあんの甘みは文明の味キュ……」
結界の中、小屋のランプがぽうっと灯る。
こうして――“節約モード勇者・橘聡美”の、静かな夜が更けていった。
ついに「ピッ」を止められてしまった聡美。
しかし、彼女が大人しく小屋で待機生活を送るわけもなく……。
神様の胃に穴が開く日は、そう遠くない。
次回、第十話「異世界リボ払いキュ!」お楽しみに。




