買い物するキュ
「ピ」で買い物を覚えた聡美、武器屋に行く、そして・・
「神貨」という、最強の経済的盾を手に入れた聡美。
翻訳スキルがない?
言葉が通じない?
そんなものは「ピッ」という電子決済音の前では、些末な問題に過ぎなかった。
気になるものがあるたびに、聡美は臆することなくリストバンドをかざしていく。
・焼きまんじゅう――見た目は日本のそれだが、食感は驚くほど「もちもち」を通り越して「弾力」に近い。
・なぞの飲み物――鮮やかなピンク色で、口に含むと微炭酸が弾ける。
・布製のポーチ――偶然にも橘の家紋に似た模様が刺繍されており、聡美の乙女心をくすぐった。
「すごいキュ! 翻訳スキルはないけど、電子マネー機能はあるキュ!!
これが真の異世界チートキュ!!」
言葉の壁を「財力」で強引に突破する快感。
聡美は、まるでウェルシアの給料日直後のような全能感に包まれながら、戦利品を抱えて意気揚々と小屋へ引き上げた。
夜、静まり返った小屋。
粗末なベッドに腰掛け、戦利品のポーチを愛でながら、聡美は手首のリストバンドを見つめる。
「……これで生きていけるキュ……たぶん。神様、意外と太っ腹だったんだキュ」
だが、安堵に包まれた彼女は気づいていなかった。
薄暗い室内で、リストバンドの液晶画面の片隅に表示された、着実な数字の減少に。
──【残高:4,000G】──
* * *
◆ 雲の上の悲劇 ◆
一方その頃、雲の上の「創世管理局」。
デスクに山積みの書類をさばいていた転生の神が、ふと手を止めて顔を青ざめさせていた。
「……あっ、やべ。あのリストバンド……勇者用の支給品じゃなくて、俺の『職員証兼・福利厚生カード』と間違えて渡したやつだ……」
神が昼飯代や娯楽費のためにチャージしていた、私的なお小遣い。
それが、異世界で「勇者候補」という名の少女によって、凄まじい勢いで溶かされている。
通知欄には、決済ログが赤く連なっていた。
「焼きまんじゅう:購入」
「ピンクの飲料:購入」
「刺繍ポーチ:購入」
「……え、これ何回ピッしてんの……?」
神は頭を抱えた。
「しかもこれ……使い切ったら俺、天界の食堂で飯食えなくなるんだけど……」
一瞬だけ真顔になったが、すぐにいつもの雑さが戻る。
「……まあ、いいか。そのうち止まるし。たぶん」
* * *
◆ 伝説の武器を購入キュ ◆
翌日。
街の外れ、煤けた看板が重そうに揺れる小さな武器屋があった。
「冒険するなら、形から入るのが合理的キュ」
自分に言い聞かせるように呟き、聡美は重い木扉を押し開けた。
カランカラン、と乾いた音が響く。
店内は鉄の匂いと油の匂いが混ざり、どこか懐かしいホームセンターの工具売り場のような空気が漂っている。
「……ここ、なんかかっこいいキュ……」
壁には剣、槍、斧。それに用途不明のトゲ付き金属球。
奥から出てきた大柄な店主が、低い声で問いかけてきた。
店主「ラ・ハル・フム?」
「見るだけキュ……いや、今の私には見るしかできないキュ……」
言葉は通じない。
それでも店主の目と、空気だけは伝わってくる。
聡美は店内をそっと見回し、棚の上段に視線を止めた。
埃を被りながらも異彩を放つ一振りの小刀。
黒い鞘には、精緻なヘビの紋章が彫り込まれている。
「……これ、多分伝説の小刀キュ。オーラがあるキュ」
店主「……ラ・ホル・セ?」
店主の視線が「やめとけ」と言っている気がした。
だが、聡美の中の勇者っぽさがその警告を押し流す。
「買うキュウ! 勇者っぽいキュ!」
ピッ!
リストバンドがこれまでで最も激しく青く光り、決済完了を告げる鈍い音が店内に響き渡る。
──【購入完了 残高:500G】──
「……高かったキュ……一気に残高が瀕死の状態になったキュ……」
店主は驚愕の表情を浮かべた後、見たこともないような満面の笑みを浮かべ、恭しく小刀を差し出してきた。
それもそのはずだ。神の福利厚生カードで支払われたその金額は、場末の武器屋が一年遊んで暮らせるほどの「神貨」だったのだから。
「このナイフがあれば、スライムくらい……もしかしたら退治できるかもしれないキュ!」
* * *
◆ 国宝級装備の初仕事 ◆
意気揚々と小屋に戻った聡美。
黒い鞘に収められた小刀を手に持つ。
「これで、魔王討伐の準備は万全……」
と言いたいところだが。
「……でも、戦うべき魔物はいないキュ」
小屋の周りには結界が張られていて、魔物は近づけない。
外に出て魔物を探すという選択肢もあるが――
「……外に出る勇気も、まだないキュ、せっかく装備を整えたのに、使う機会がないキュ……」
小刀を眺めながら、少し残念な気持ちになる。
黒い鞘。ヘビの紋章が彫られた柄。
抜けば青白く光る、美しい刃。
これは絶対に、ただの小刀ではない。
買った時から感じていた予感は、確信に変わっていた。
ふと、机の上に目が移る。
そこには、神様から支給された「瓶入りまんじゅう」。
今日の補給分が届いていて、こしあん入りが三個並んでいる。
「……まんじゅうキュ」
聡美の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「そういえば、まんじゅうをきれいに切り分けるナイフが欲しいと思ってたキュ」
いつも手で割っているが、断面がぐちゃぐちゃになる。
あんこがはみ出して、指につく。それが地味にストレスだった。
「……試してみるキュ?」
彼女はおもむろに黒い鞘から白銀の刃を抜き放った。
シャキン。
金属音が、静かな小屋に響く。
刃は月明かりを受けて、青白く輝いている。
美しく、そして鋭い。
聡美は机の上に置いた「瓶入りまんじゅう」に向き合った。
「今日はこのナイフで、まんじゅうを切り分けるキュ」
真剣な表情で、まんじゅうに刃を当てる。
スッ……。
恐ろしいほどの切れ味で、こしあんの詰まったまんじゅうが真っ二つになった。
抵抗を感じない。
まるでバターを切るように、滑らかに。
「……おおキュ」
断面を見て、聡美は息を呑んだ。
ツルツル。
まるで鏡のように、滑らかな断面。
皮の部分も、繊維が潰れることなく、美しいラインを描いている。
「すごいキュ……これが伝説の刃キュ……」
国宝級、あるいはAランク装備とされる伝説の小刀は、異世界の片隅で「菓子切」としてのデビューを飾った。
「断面がツルツルで美しいキュ」
満足そうに頷き、聡美はもう一つのまんじゅうも切ってみる。
スッ。スッ。スッ。
今度は、四等分。
それぞれの断面が、完璧に平行。
まるで工場で切り出されたかのような精度。
「……これ、パティシエが使うナイフより切れるキュ」
聡美は高校の調理実習で、ケーキを切った経験がある。
その時使った包丁は、どんなに気をつけてもスポンジが潰れた。
でも、この小刀は違う。
「もしかして、これ魔法の力キュ?」
刃をよく見ると、微かに青白い光の粒が漂っている。
魔力、あるいはそれに類するエネルギーが宿っているのだろう。
「……魔物を倒すより、料理に使った方が便利そうキュ」
夕闇迫る小屋の中で、残高500Gの恐怖を一瞬だけ忘れ、聡美は美しくカットされたまんじゅうを頬張った。
「いつもより美味しいキュ!」
断面がきれいだと、気分も良い。
あんこの舌触りも、なめらかに感じる。
小刀を丁寧に拭いて、鞘に収める。
鞘に収まる音が、心地よく響いた。
「明日からは、この子でいろんなものを切ってみるキュ。果物とか、パンとか、チーズとか……」
小刀を枕元に置き、聡美は布団に入った。
今夜は、昨日よりも少しだけ心が軽い。
枕元に、頼もしい相棒がいるから。
たとえそれが、まんじゅう切り専用になっていたとしても。
こうして、伝説の小刀「八岐聡大蛇神の小刀」は、異世界で最も豪華な菓子切りとして、その伝説の第一歩を刻んだのだった。
【小刀の心の声】
(……私は、魔王を倒すために鍛えられた聖剣なのだが、なぜ、まんじゅうを切っているのだ)
* * *
◆ 残高500Gの現実 ◆
翌朝。
聡美は青ざめた顔でリストバンドを見つめていた。
──【残高:500G】──
「……やばいキュ。あのナイフ、思ったより高かったキュ……」
昨日までの全能感は、完全に消え失せていた。
代わりに訪れたのは、リアルな金欠の恐怖だった。
「残り500Gで、どうにか暮らさなきゃダメキュ……」
頭の中で計算してみると、あまりにも絶望的な数字が出てくる。
いつまで続くかわからない待機生活を、残り500Gでやりくりしなくてはならない。
「神様に追加チャージしてもらえないか……頼んでみるキュ……」
意を決して、リストバンドに向かって話しかける。
「あの、神様ー? 聞こえてるキュー?」
しばらく待っても、返事はない。
風の音だけが小屋の外で鳴った。
「……無視キュ?」
神様は、しっかりと見ていた。
だが、応答はしなかった。
――続く。
伝説の武器を買い、それを菓子切りに使う聡美
そして、残金もない、そこに神の怒りが・・来るのか?




