スキルがないキュ
陽キャギャルなつみの身代わりで転生した聡美、
どんなチートスキルがもらえるのか?
争いごとが苦手な聡美が本当に異世界を救えるのか?
緊張の第2話
第2話 スキルがないキュ!
陽キャの友人の陰謀(?)により、勇者候補として異世界に召喚された橘聡美。
だが本人にその自覚も覚悟もない。
森の中、さきほどまで圏外表示を示していたスマホをポケットにしまい、聡美はゆっくり立ち上がった。現実逃避の手段が完全に断たれたことを確認してから、天に向かって口を開く。
「でもさ、転生神様」
声は震えていたが、言うべきことは言うという覚悟だけはあった。
「私、魔王とか倒せないキュ。戦ったこともないし、運動音痴だし、そもそも人を傷つけるとか無理キュ。だから……やっぱり代わりの人、探してほしいキュ」
間を置いて、神の声が響く。
『それは……できない』
短く、冷たい。
「なんでキュ?」
『召喚の儀式はすでに消費済みだ。再使用不可。ゆえに、君以外に勇者はいない』
「……マジキュ?」
『マジだ』
聡美の顔から血の気が引いていく。
逃げ道はなかった。
その事実を理解した瞬間、頭の中に無機質な音声が響く。
『勇者、確定』
宣告と同時に、聡美は森に向かって絶叫した。
「えええええええええキュ~~~!!!」
悲鳴は木々に吸い込まれ、虚しく反響する。
* * *
「冒険? 山登りならなおちゃんの方が得意キュ……。私は体育の授業ですら見学届を出したいタイプなんだキュ。絶対向いてないキュウ……」
『これは山登りではない。世界救済任務だ。神聖なる使命である』
「山じゃないのにリュック背負ってる時点で実質山登りキュ!」
半ばやけ気味に言い返しながら、背負っていった自分のリュックの中身を見る。
せめて聖剣か魔法の書でも入っていてほしい。そんな一縷の望みを込めてチャックを開けた。
しかし中身は、異世界を救う装備とは程遠い。
・瓶入りまんじゅう(こしあん)
・ウェルシアのレシート(合計842円、Tポイント数ポイント)
・ラッシュガード(体育の帰り)
・バイト用の名札「橘 聡美」
「……これ、完全に間違えて転生させられたキュ」
名札をつまんで空を睨む。先ほどまで威厳を保っていた天の声は、ぴたりと黙った。
その沈黙が何よりの証拠だった。
「なつみちゃん宛ての転生書類に、私の名前を上書き保存したキュ。確認もせずに承認したやつキュ……」
勇者でも聖女でもない。
事務的ミスの産物。
装備なしの勇者が誕生した。
* * *
「これじゃ魔王退治は無理キュ!」
名札とレシートを掲げて抗議する。
返ってきたのは、ひどく歯切れの悪い声だった。
『……もう、転生処理は完了している』
「軽すぎるキュ! 人の人生をなんだと思ってるキュ!」
バイト先の店長ですら、シフト確認は二重チェックする。神界の管理体制はどうなっているのか。
聡美は畳みかける。
「チート能力的な後付けオプションはありますよねキュ? 聖剣とか、全魔法習得とか、無限成長バフとか」
沈黙。
『…………ない』
「ない?」
『本来の勇者候補に合わせてカスタマイズ済みだった。君には適合しなかった』
つまり、勇者専用に準備されていた最強スキル群は、正規ユーザーの拒否によって空振りし、代替召喚された聡美には一切インストールされていない。
「ということは、スキル無しキュ……?」
『そうなる』
森が静まり返る。
バイト先でレジがフリーズしたときよりも重い絶望が胸に広がった。
『まあ、送付済みだから、がんばって』
「責任放棄キュ!!!」
『書類上“異世界送付済み”の承認印が押されている。キャンセル不可』
天界の役所仕事は容赦がない。
・チートなし
・装備なし
・スキルなし
あるのは、瓶入りまんじゅうとレジ打ちの誇りだけ。
完全なミスキャストによる冒険譚が、強制的に幕を開けた。
* * *
「私、何もできないキュ~~~!!」
草むらに大の字で倒れ込む。勇者というより、不当配置転換に抗議する労働者の姿である。
『現在のステータス確認』
・戦闘力 E--
・魔力 0
・固有技能 “殻入り目玉焼き”
「最後のやつ余計キュ!」
殻入り目玉焼き。大学一人暮らし初日の伝説。なおちゃんに「才能の逆ベクトル」と言われた黒歴史。
『うん、確かにこれでは無理かもしれんな、上に確認を回す。しばらく待機』
「“上”ってどこの上キュ?」
『創世管理局・異世界転送課・多元宇宙統括本部』
嫌な単語が並ぶ。書類審査、会議、ハンコリレー。絶対に長引く。
「いつまで待てばいいキュ」
『一週間ほどで連絡が来るだろう』
「それ絶対もっとかかるキュ……」
* * *
こうして聡美は、転生神の仮宿舎裏にある古びた小屋をあてがわれた。
電気なし。Wi-Fiなし。
あるのは、
・手動の井戸
・藁布団と木のバケツ
・瓶入りまんじゅう三個
・「勇者頑張れ」の張り紙
・すきま風
「……生活レベルが三段階落ちたキュ……」
オートロック付きアパート、ユニットバス、Wi-Fi完備。あれは文明の極みだった。
『連絡が来るまで自活を』
「その“連絡”が信用できないキュ!」
だが状況は変わらない。
魔王討伐どころか、まずは生活基盤の確保が先。
こうして――
勇者として召喚されたはずの橘聡美の異世界生活は、前代未聞の「自宅待機」から始まったのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
勇者なのにスキル無し。
戦闘力E--。
支給品はまんじゅう。
この世界でどうやって生き延びるのか。
引き続きよろしくお願いしますキュ。




