勇者は無理キュ!
新連載。
また聡美が異世界に召喚された!
しかも、異世界神の手違いで――
「スキル無し!」
「私、元々魔王退治なんて無理なのに、スキル無しなら絶対無理キュ!!」
全力で抗議する聡美に、
異世界の神はため息まじりに言った。
「分かった、とりあえず上に判断を仰ぐから、待機しててくれ」
こうして始まる、粗末な小屋での「異世界待機」生活。
聡美は異世界を救えるのか?
プロローグ:勇者は無理キュ
春の宇都宮。
やわらかい日差しの下、ひとりの女子大生がのんびりと歩いていた。
「今日も平和キュ~」
橘聡美。
つのみや大学に通う、ごく普通の女子大生である。
争いごとは嫌い。運動神経は並以下。
得意なのはレジ打ちの速度とクラリネットくらい。
要するに、異世界で活躍できそうな要素は一つもなかった。
そのとき――
足元の地面が、音もなく崩れた。
「え?」
短い悲鳴とともに、聡美の体は闇へと落ちていく。
* * * *
目を覚ますと、そこは見たこともない世界だった。
極彩色の植物。空を漂う光の粒子。
紫色の空には二つの太陽。結晶のような雲。
「……え、マジキュ?」
頬をつねる。痛い。夢ではない。
「嘘でしょキュ……異世界に来ても、私なにもできないキュ~~!」
だがその叫びを遮るように、重厚な声が脳内に響いた。
『勇者タチバナ・サトミよ。この世界を救うのです――』
「いや、私、今日ウェルシアのバイトあるキュ!」
反射的な即答だった。
『……は?』
「三時からシフト入ってるキュ! 無断欠勤したら怒られるキュ! 明日レポート締め切りだし!」
世界の危機より、バイトと単位。
『君はもう元の世界には戻れないのだぞ?』
「えっ……マジキュ?」
顔が青ざめる。
だが心配しているのは――
「連絡できないキュ……スマホ圏外だし……留年したらヤバイキュ……」
『そこではない!!』
神の叫びが空に響いた。
* * * *
聡美は地面にぺたんと座り込んだ。
そして首をぶんぶん振りながら叫ぶ。
「無理キュ無理キュ! 私、勇者とか絶対無理キュ! ……なつみちゃんのほうが向いてるキュ!」
聡美の頭に浮かんだのは、大学の同級生で陽キャギャルのなつみの顔だった。
聡美の価値観は単純だ。
向いていないことは、向いている人に任せる。それが一番合理的だと、本気で思っている。
「私はエッチしないキュ。そういうときは、なつみちゃんに代わってもらうキュ」
以前、コンパの席で真顔でそう言い放ち、周囲を盛大に困惑させたこともある。
勇者だって同じ理屈だった。
「だから勇者は、私じゃなくてなつみちゃんがやるべきキュ!」
『……今、なつみと言ったか?』
神の声がわずかに低くなる。
『実は、最初に召喚したのはその娘だ』
「え、マジキュ?」
『だがWi-Fiが無いという理由で断られた』
「……なつみちゃんらしいキュ」
聡美は深く頷いた。
* * *
――三時間前。
光の中に召喚されたのは、大学の女子トイレで自撮りをしていたなつみだった。
整えられたネイル。巻かれた髪。慣れた手つきでスマホの角度を微調整する。
つのみや大の陽キャ女子、その代表格である。
『勇者よ! この世界を――』
「あ、ちょっと待って」
なつみは画面を見て眉をひそめた。
「圏外なんだけど。Wi-Fiある?」
『ない』
「え、じゃあ無理なんだけど」
即答だった。
『君は選ばれし勇者で――』
「戦闘とか汗かく系でしょ? 映えないしムリ。スマホ使えない世界とか生活できないって」
迷いも葛藤もない、あまりにも自然な拒否だった。
転生神は沈黙する。
数多の勇者を見てきた神にとっても、ここまで迷いなく断られたのは初めてだった。
数分後、ようやく重い声が響く。
『……代わりの勇者に心当たりはあるか』
「んー……」
なつみはスマホの連絡先をスクロールしながら考える。
そして、ひとつの名前を見つけ、にやりと口元をゆがめた。
数日前の飲み会の光景が脳裏によみがえる。
――もし私がエッチする時になったら、なつみちゃんに代わってもらうキュ。
その天然すぎる発言に、一瞬の沈黙のあと、店内は爆笑に包まれた。
(よし、仕返ししよ)
なつみは悪びれもせず、画面を神に向ける。
「この子、聡美。超おすすめ。いい子だし、かわいいよ」
神は一瞬だけ迷ったが、時間はなかった。
『……分かった。その娘を召喚する』
なつみは満足そうに頷き、何事もなかったかのように元の世界へ戻った。
* * *
――そして数時間後。
聡美は異世界で必死に首を振っていた。
「無理キュ無理キュ! 私、勇者とか絶対無理キュ! ……なつみちゃんのほうが向いてるキュ!」
だが彼女はまだ知らない。
自分が押し付けようとしているその役目を――
すでになつみが、笑顔で自分に押し付けていたことを。
聡美はこの理不尽な運命を、はたして断り切れるのか。
それとも観念して勇者になるのか。
次回――「スキルはどこキュ?」につづく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
勇者に向いていない女子大生が、理不尽に召喚されました。
しかも理由はWi-Fiで、友人に勇者を押し付けられました。
この先も、たぶん王道にはなりません。
むしろ待機時間のほうが長いかもしれません。
ゆるく、砂っぽく、見守っていただければ嬉しいです。
次回、「スキルがないキュ!」――本当に何もないのか?




