30.拒絶
「なんで······」
「理由は私達も存じ上げません。ただ、《《誰とも会いたくない》》とだけ仰っていました」
「······」
面会を拒否していたのは病院側ではなく、透真自信が誰とも会いたくないという意思に基づいて決められたことらしく、その事実に頭の中が様々な情報が一気に結依の中に入ってきて思わず倒れそうな程の目眩がした。
今分かっているのは透真は目を覚ましていること。これは結依にとって嬉しい情報ではあるが、その透真が自分自身で面会を拒否しているという疑問、その他にも様々あるが疑問や憶測が頭の中で巡っていく。
「分かりました。今日のところは帰ります」
透真が会いたくないと表現している中で病院にいつまでも居るのは病院からしても迷惑だと思ったので今日はすぐ家に帰ることにした。
「天宮さんおかえり。透真の様子はどうだった?」
「その事なんですが、透真、結構まずい状態かもしれないです。精神的に」
「何······?」
家に帰り部屋に入ると朝陽がおり透真の様子を聞いてきたがその時の結依の表情は暗い顔をしていたので何かまずい事でもあったのかと思いながら透真の様子を聞いてみると案の定まずい状態だった。
「それは、どういった感じで?」
「今日も面会に行ったんですが、透真自身が面会を拒否しているらしく······」
「······分かった。明日は俺が行こう。天宮さんは家で待っててもらっても良いかな」
「大丈夫なんですか?」
「透真の現在の精神状態をしっかりと把握したいからね、なんとかしてみる」
朝陽は少し沈黙した後、明日は結依ではなく朝陽が透真の所に向かうと提案してきたが結依は不安でしか無かった。今の透真は恐らく危険な状態なのに会いに行っても大丈夫なのか、まず面会の許可を貰えるのかすら確定していないので不安があった。
たが朝陽は家族が危険な状態なのに自分だけ家で待っている訳にはいかないのだろう。透真と会ってしっかりと確かめたいと朝陽は思っていた。
次の日、朝陽は昼頃に病院へと向かい受付の方に透真の面会をさせてくれないかとお願いをする
「萩野透真の親族の者です。透真との面会を許可してください」
「ですが······」
「どうか、お願いします」
「······分かりました。ですが面会時間は約20分程とさせていただきますが構いませんか?」
「勿論です」
朝陽は深々と頭を下げ透真との面会を許可してくれないかとお願いしていた。病院側も許可していいのか戸惑っていたが親族ということもあり少しの時間なら問題ないだろうと思い透真との面会を許可した。
面会時間は約20分、この貴重な時間でどれだけ透真の現状を把握できるか、欲を言えば透真の精神面のサポートもしたいとは思っていた。
そして透真の部屋のドア前にまでやってきたが、これまでに無い緊張感が朝陽を襲う。透真は大丈夫なのだろうかという心配からだろう。
「透真、入るぞ」
「······」
透真に声を掛けたが返事は無く、ドアをノックしゆっくりとドアを開き部屋の奥を見るとベッドに座りながら窓からの景色を眺めていた透真が居た。
取り敢えず透真が無事に目を覚ました事に一安心するが、どこか透真の雰囲気が違う。何か違和感を感じる程だった。
「······透真、大丈夫か?」
「······逆に、この有様を見て大丈夫だと思ってるのか、兄貴」
朝陽が声を掛けると返ってきたのはいつもの会話で聞く柔らかでありながらどこか思春期をも感じさせる声だったのが、今は冷酷で柔らかさなど一切感じられない程の冷たく突き刺さるかの様な声が返ってきた。
その声に朝陽はこれまでの透真ではあり得ない状況に言葉を一瞬失ってしまった。
「言葉を間違えたのは悪かった。だけどお前の今の苦しみや辛さなどを少しでも軽くしてやりたいんだ」
「よく言うよ。俺の痛みや苦しみを実感した事も無いくせして」
「······俺は」
「早く出ていけよ。用は済んだんだろ?」
ここまで精神が最悪の状態に陥っているとは考えてもみなかった。前回、小6の時は家族にだけ心を許しているかの様だったが今回は透真の精神に余程きているのだろう。もはや人一人を信用する事を諦め、凍てつく氷様な言葉に、朝陽の反論の余地は無かった。
透真の言う通り、透真が受けた痛みや苦しみというのは本人しか受けた感覚を知らない訳であって他人は間接的に、気持ちでしかその苦しみを知ることが出来ない。だから他人からとやかく言われるのは明らか筋合いが無い。今の透真を救える人はもう居ないと言っているかの様な諦めの空気へと一瞬で変わってしまった。
「すまなかった」
「早く出ていけ!」
朝陽が謝ると透真は怒りの言葉を投げ捨てまた窓の方へ体を向け一切話を聞く姿勢では無くなった。
話した時間はおよそ5分間だった。この5分はいつもよりとても長く感じた時間であり、一番苦しい5分間だった。
自分の弟を助けてやれない、気持ちを分かってあげられない情けなさが朝陽を襲っていた。
「透真······」
家に帰るとリビングのソファに結依が座っており、朝陽が帰ってくるとすぐさま結依は朝陽の方を振り向いた。
「朝陽さん!」
「······上に行こうか」
帰ってきた朝陽は暗い表情をしていた。今まで生きてきてあんな透真を初めて見てその上家族すらも拒絶されてしまい自分がどれだけこれまで透真から避けていたのかを嫌という程実感させられたからだ。
結依はそんな朝陽の状態を心配していたが事件初日の椿よりかは軽い方だったので帰ってすぐ今日起きた事をありのまま話した。
「俺は今まで、透真の悩みとかから逃げていたのかもな」
「朝陽さん······」
「今までは兄弟喧嘩とかはあったけど、さっき話した時の透真のあの怒りや憎悪は初めて見た。本当、兄失格だな」
「······」
「透真の事が心配なのはよく分かるけど暫くは1人にしてあげた方があいつの為になるのかもしれない」
結依はこんなにも自分の不甲斐なさを卑下している朝陽を見て唾すら飲み込めないほど喉が詰まる話だった。いつもの朝陽はクールで大人びているのに今では自分の弱い部分を全面的に出しているかのように思えた。
このままじゃ透真だけでなく萩野家全体が崩壊しかねないと思った結依はこの瞬間、ずっと心の中に潜んでいた葛藤がまるで細い糸が切れたかのようにぷつりと切れ決断する事ができた。
私一人で、透真を救う事を。
朝陽が面会をした日から2日が経過した。椿は体調を戻しつつあり食欲も少しつづ戻り始めており、朝陽はいつも通りの生活をしているように見えるが表情は少し暗い顔をしていた。
今日は透真の面会に向かう事にし、支度をする。髪型はいつものロングウルフとは違いハーフアップにしていた。
支度を終え下に降りると千代子が居た。
「あら天宮ちゃん、どこか行くの?」
「はい。透真の所に少し」
「そう、気をつけてね。それと、《透真を信じてあげるのよ》》」
「え?」
「実は透真はね、小学6年の時の事件から、自分は信用していたけど相手から信用されてない事が一番の不安でね、それが原因で人の事を信用出来なくなっていたの」
「そうなんですね······」
今まで朝陽からも、ましてや椿からも言われたことのなかった事実。透真は自分が信じていた物が裏切られる事が一番のトラウマだった。
その話を聞いて朝陽から聞いた昔の事件の事を思い出すと、確かに透真は友達や教師を信用していたが相手側は一切信用してくれなかった。そこに追い打ちするかの様に五十嵐達からの暴力で精神が崩壊した。
話としては辻褄は合っていた。千代子の話を聞くまで一番大切な事を忘れていた。
《《透真を信用してあげるということに》》
「ありがとうございます、千代子さん」
「いいのよ。透真の事、よろしくね」
「はい!」
それからは病院までいつもは歩いて行っていたのが無意識に病院まで全速力で走っていた。
早く透真に会いたい、会って透真に直接言ってあげたい言葉、それを早く伝えたい。その思いを心の中で何度も自分に言い聞かせながら全速力で病院まで走って行った。
受付に行くとまたあの子かと呆れた表情を見せていたが今の結依にはその情報などどうだっていい。今は透真に用があるのだから。
「萩野透真さんですか? 何度も言いますが、彼は面会を拒否しています」
「15分で面会は終わらせます。ですのでお願いします」
朝陽は20分間の内、5分で終わったというのに結依は15分で十分だと言うと受付の人は驚いたかのような表情をしていた。
「分かりました。15分経ったら直ぐにお帰りいただくようお願いします」
「分かりました」
受付から許可を貰い、彼の居る2階の病室へと一歩一歩慎重に歩いて行く。外での全速力の走りとは違い、その一歩には確かな覚悟があった。
階段を上り終え、廊下を進み透真の病室にようやく着いた。ドアからはこれでもかというくらい憎悪を感じるかのような忌々しいドアに感じたが、結依はそのドアを3回、ゆっくりとノックをしドアを開け透真の元へと歩いて行く。
「······何の用だ、結依」
「透真、話があるの」
結依の救済計画の最後の試練が、今始まる。




