セックス・フレンズ
「セフレが欲しいねん」
耳を疑うようなセリフのせいで、私の時間が凍ったのを感じた。元凶は私の目の前に座っている、神部貴博という冴えない見た目の男だった。
中肉中背、無地のYシャツにデニムという「いかにも無難です」という組み合わせの服に表情の乏しそうな顔、染めたり遊んだ様子もなければ特に手入れもしてい無さそうな黒髪。明らかに合コン慣れしていなさそうな、数合わせに呼ばれたとしか思えない男にしか見えない。自己紹介に続く好みのタイプの代わりに出てきたセリフに、しんと静まり返った皆の視線が集中する。
「ぶはは、合コンだからってがっつき過ぎだろ!」
幹事の男が場を取りもつように軽口で突っ込み、おかげで笑いが沸き、空気が温度を取り戻した。「そんなん、皆かて目的同じやん」等と表情を変えずに言う神部の返答は「ウケ狙い?」「面白いじゃん」等と本音かどうかも怪しいコメントであしらわれた。この場のネタ話のひとつに収まりそうだ。
(まあ、面白そうなヤツではありそうかな…?)
他の男子よりかは気になる男ではあった。私自身、友達の頼みで数合わせ枠に甘んじたのだが、男子たちの舐めるような視線が気持ち悪かった。話をしても私たちの事はほとんど聞いておらず、男子は男子で自分の自慢話に終始している。もう既に気分はホテルや自宅なのだろうか?私はなんとかお互いが楽しめるようにと気を遣っているのに、全部蔑ろにされている気分だ。
一応、合コンはこれが初めてという訳ではない。当たり外れは何となく分かるのだが、今回はどハズレもいいところである。神部の言っていた、「どうせ皆セックスが目的」というのも強ち間違いではないよなあと、第一印象の悪さに反して、私の中での神部の評価が相対的に上がってきているのは皮肉だ。
表向きには順調に進んでいた一次会だが、縁もたけなわという事で、二次会に進もうかという話になってきた。私を誘った友達は、男はハズレだがどうせなら飯代くらいは浮かそうと、二次会参加組に入っていた。お手洗いでの作戦会議で話していた内容を思い出し、女子も大概だなあと苦笑してしまう。
私はというと、明日が早いからと言い訳をして一次会でお暇させてもらう事にした。私の退場を惜しむ声も聞こえたが、どうせ彼らの意識は二次会参加組へ向いているので聞く義理もない。参加組と別れ、ようやく一息つけると駅に向かって歩き始めた。
私は別にモテたいとか、逆に彼氏なんていらないから友達が欲しいみたいないい子ちゃんな事をのたまうつもりはない。月並みでいいから普通に恋愛をして、無難な人生を歩みたいのだ。だからといって、自分は口を空けて餌がもらえるのを待っているだけでイベントが起きるような、非凡な人間ではない事も自覚している。だから、数合わせ要員と知っていてもこうして合コンにも参加しているのだが…
「今日の面子は最悪だったなー…」
「ホンマにな。あれは無いわ」
意表外からの相槌にギョッとして振り返ると、あの冴えないメガネが私の斜め後ろくらいの位置から、付かず離れずの距離で付いてきていた。
「は?なに、なんで付いてきてんの?」
不審者にでも会ったような目で見てしまったからか、慌てて違う違うと腕を振りながら、神部は弁明を始めた。
「ちゃうちゃう、僕も帰り道こっちやねん、なにも取って食おうなんて思ってへんから警戒せんとってや」
合コンの時の無愛想さとは裏腹に、誤解を解こうとあたふたしている彼を見ていると、おかしくなって吹き出してしまった。私のその反応に、向こうも少しホッとしたようだ。
「ええと、綿貫薫さん、やったっけ?ごめんな、ビックリさせてもうて」
「別に大丈夫だけど。神部くん、二次会行かなかったの?ほら、自己紹介の時に言ってた事とか」
「ああ、セフレ欲しいってヤツ?ええねん、どうせ本気にするヤツはおらんし。僕は数合わせで呼ばれたメンバーなんや、行ってもイジられるだけやのにメリットないわ」
苦笑しながら話す神部は、合コンの場での印象よりも幾分柔らかい感じがした。関西弁なのも話しやすい気持ちにさせてくれるのだろうか。
同じ電車に乗るというので、私は神部と隣り合って、雑談に花を咲かせていた。
「でな、あの幹事。裕二って言うんやけど、こないだの合コンでな。後ろに本人がいるのも気付かずに『あの子、ヤれそうじゃね?』とか爆弾落としよってん。その後最悪やったわー。僕まで目の敵にされて、ビンタまでもろてもた」
「うわ、サイテー。神部くんには同情するわ。ていうか今日も目つきいやらしくて気持ち悪かった」
「性欲抜きに付き合ったら、普通に良い奴なんやけどなあ」
話してみると、神部は意外と気さくな奴だった。パッとしないと思っていた服装も、今の神部を見るとシンプルコーデとしてよく合っている。気付けば既に降車駅まで来ており、久しぶりにあっという間に時間が過ぎるというのを体験した気がした。
実は私と神部は同じ賃貸で暮らしていたらしく、大学は違えど学年も年齢も同じなのだそうだ。私が気付かなかっただけで、もしかしたら顔を合わせていた事もあったのかもしれない。
私たちの住宅は駅から多少歩く距離にあり、道中には様々な店が並んでいる。小道に入ると、いわゆる夜のお店、というのもまあ少なくはない。どこかの店舗の壁が薄いのか、たまに嬌声が漏れてきてなんとも言えない気分になる事もある。
件の小道の一角、慎ましさの欠片もなく、下品なほどに主張してくるピンクの看板を見て、それを思い出した。同時に神部が合コンで言っていた言葉も脳裏を過ぎった。
「ねえ神部くん、合コンで言ってたアレって…本気なの?」
何故わざわざいかがわしい店の前で立ち止まり、私はこんな事を尋ねているのか。自分でもよく分からなかったし、その後の神部とのやり取りもよく覚えていない。「なに、綿貫さん興味あんの?」という神部の言葉を最後の記憶に、気付けば私たちはラブホテルの一室でシャワーを浴び、電車でしていたように隣り合って座っていた。
これから私は、名前以外よく知らない男とセックスをするのだ。そう言葉として理解すると、やはり緊張と不安が身体を這い上がってくる。別に処女という訳でもないし、失うものなどは特にないのだが…
(なんで入ろうと思ったんだろ)
神部も神部で緊張しているのだろうか。沈黙に耐えかね、ひと言も発しようとしない彼の方を向いてみると、彼もまた合コンの時のような表情の読めない顔で前を向いていた。セフレ作りなどとのたまうからには童貞でもあるまいし、と密かにため息を吐き、所在無く投げ出された神部の手に私の手を重ねた。
ビクリと小さく震え、神部が指を絡ませてくる。そしてゆっくりとこちらに顔を向け、どちらともなく私たちは濃厚なキスを交わした。
結果から言うと、神部は下手だった。キスまでは良かった。しかし彼の舌遣いと裏腹に、私の期待したような展開は何ひとつとして無かった。
腫れ物でも触るかのように、おっかなびっくり私の身体を愛撫しようと試みるものだから、私の方はくすぐったいばっかりで気持ち良くない。かと思えば、私の中に挿れた指は乱暴で、痛くてかなわなかったし、挙句にはコンドームを上手くつけられず、ムードも何もあったものではないという始末だった。
ラブホテルに入る前までの余裕など見る影もなく、備え付けのローションがなければ、さっさと帰っていたかもしれない。
付き合ってもない人と交わってしまう〜とか、せめてロマンティックに…とか思っていた一時間前の私の気持ちを返して欲しい。
「神部って童貞?」
もう構わないだろうと呼び捨てで問いかけると、彼は心外というように首を振った。
「童貞ちゃうよ!技術だってある…」
「……」
「…はず」
自分で言いながら、散々な結果に自信を失くしていったのだろう、ジトっと見つめる私の視線を受けた神部の言葉は徐々に尻すぼみになって、最後にはバツが悪そうに顔を俯けてしまった。
なんだか私の方が悪い事をしている気になってしまった。しかし、腹は立ちはするけども、やっぱり彼には何か興味を惹かれるものがある。何がというのは上手く言えないが、例えば色々とちぐはぐな所とか。
「ねえ神部」
「うん?」
もう隠す必要もないと裸の身体をベッドに投げ出し、私は神部に声をかけた。神部はゆっくりと顔だけこちらに向ける。
「なんでセフレを作りたいの?」
「あー、それな」
そういえば言ってなかった、というような顔をして神部は話し始めた。
「僕な、昔は女友達が多かってん」
「へえ?」
「でもな、仲良うなって一緒に遊んだりするようなると、最後はいっつも告られるんや。僕は友達のつもりで好きやよー言うたら、付き合うてる事になってた」
心底うんざりといった様子で神部は話す。私には何が疎ましいのか、そちらの方が分からない。好きだと言って同じだと返されたら、そりゃ両思いだし、付き合ってる事になるはずだ。
しかし口を挟むのも憚られたので、相槌に留めて先を促す。
「付き合ったら付き合ったで、他の女には関わるなやし。昨日まで友達やった子らやのに、ホンマに寂しいわ」
「気持ちは分かる。無論女の子の方」
「綿貫までなんやねん。でも男女一組でやる事なんて、セックスくらいしか僕は思いつかん。その為に他の子との関係を切るのも意味わからんから、普通に遊んだわ」
「浮気とか言われたんじゃない?」
大正解、と神部は両腕で大きな丸を作って見せた。まあ当然だ。私だってそうする。
「僕には意味が分からん」
「私は分かる」
神部がジロリと私を睨む。恨めしげな顔なのに、なんだか面白くなって笑ってしまった。
「なんやねん、もう…ええと、何の話やったっけ」
「なんでセフレ作りたいの?って話。なんか神部の恋愛観になっちゃったけど」
「なんでやろ」
「最初からだったよ。神部って自分の事喋るの下手?」
うるさいな、とそっぽを向きながら、神部は性欲はあるが恋愛感情はない、平等にセックスをしていれば皆友達としていられるという価値観で生きている事を、長くまとまりのない話し方で教えてくれた。
「ホントに話下手だね。雑談あんなに面白いのに」
「ええやんか、ほっとけ」
「最近のラブホは飯のクオリティも高いんやなー」
「私、ラブホでフードサービスなんて初めて」
結局その後もう一戦、という気分にはお互いなれず、時間いっぱい食事を摂りながら雑談をして過ごした。
胸もお尻も丸出しで、恋人でもない人と他愛ない話をするというのが新鮮で、何となく背徳的な感じがして少し落ち着かなかったが、悪い気分ではなかったのは事実だ。
「神部」
「なに?」
「また来ようよ。案外楽しかったかも」
「ええよ」
「軽っ」
「友達と飯とか映画とか行く時、大事な話がありますーとか言わんやん」
「するのセックスだよ?」
「セックスする友達やからセフレなんやろ」
「それもそうか」
「LINE交換しよ」
「ほい」
付き合ってもない人とするというのは、いまだ現実感がない。私の流儀に反する。が、一方でこの何でもない感じは案外悪くない気もしている。
「そうだ、神部さ」
「なに?」
「前戯とか手技とか、勉強してきてよ。痛いしくすぐったいし、全然気持ち良くなかった」
「ごめんやん」
「ちゃんとやれよー」
「分かったって」
去年別れた元カレには、こんな事は気軽に言えなかったなあと、脈絡なく思い出した。神部の恋愛観は一切理解出来ないが、私にはこれくらい軽い姿勢が心地良いのかもしれない。
神部との初夜から3ヶ月程、私たちは定期的にセックスをしていた。初めて入ったラブホテルが拠点で、1,2戦してから食事をして解散、というのが主な流れだ。基本的には私の提案だが、カラオケやゲームセンターなんかで遊んでからセックスをする事もあった。
神部は地味で真面目そうな外見に違わず、きっちりと性技を練習しているらしい。二回目の時には既に少し変わっていて、最近は挿入までに私が何度か絶頂してしまう事もある。
それから、私には好きな人ができた。もちろん神部ではないし、あの日の合コンメンバーでもない。普通に学部の同級生で、講義の話をしているうちに何となく惹かれるようになったのだ。
神部にその事を話すと、「ええやん。でもなんで踏み出さんの?」と無責任に言い放ってきたので、お前のせいだと怒ったのはまた別の話である。
片思いの相手に限らず、神部との関係を聞かれても上手く答えられないのは、目下私の大きな問題だ。平穏な日常という私の目標には、依然としてセフレという関係は大きすぎるノイズなのだ。
「そんなん、言うた後のことはその時考えたらええやんか」
「それは、あっ…神部だからできるんでしょ…んんっ……私は目立たずに生きていきたいの…あっ待って待って、そこヤバい」
神部の上達は本当に目覚ましく、最近の私は行為の最中に軽口を叩く余裕もほとんど無い。今回は何とか会話ができているが、こんな日はあまりない。その珍しい瞬間もあっという間で、直後には私は喘ぐしかできず、神部が果てるまで身体中を突き抜ける快感をただ受ける事しかできていなかった。
神部がコンドームを外し、お互いに息を整えた後、ここ数週間では恒例の行事となった「本日の体位の感想」というものを私たちは述べあった。
「今回の、深山だっけ?私これ好きかも。お尻に打ちつけられた時が本当にヤバかった」
「僕はそんなにやったなあ。こないだの締め小股のが好きやわ」
「神部はそういうの好きよね」
「やっぱ密着タイプの体位は正義や」
「私は狭苦しくて嫌」
「ままならんなあ」
注文したフードを食べながら、雑談混じりに話す。
今私たちは、体位研究会と称して「江戸四十八手」というものの全制覇を目指している。なんでも江戸時代に様々な体位をまとめ上げたものらしく、見つけた時には、人はいつになっても性欲に支配されてるねと、二人で笑ってしまった。その被支配者の一員である私たちも、せっかくセフレなのだから乗っかってみようという話になったのだった。
これが中々どうして奥深く、神部とは好みも違うので、結構議論が白熱する。それが楽しくて、平穏を脅かすノイズなど気にならなくなってきている私もいる。
「それにしても、神部は本当に上手くなったよね。最初の惨事が嘘みたい」
「それもう忘れてや…僕かて結構恥ずいんやから」
「ごめんごめん。でも、神部のテクは才能かもね?」
私は褒めたつもりだったのだが、神部の表情はあまり浮かない様子だ。
「どうしたの?」
「嬉しいは嬉しいんやけど…なんや複雑やな」
「…あっ」
「や、大丈夫。綿貫は悪ない」
「ごめん…」
「大丈夫やって」
神部はフォローしてくれたが、私は自分の発言が軽率だったと、しゅんとしてしまった。
先月くらいの事だったか、騎乗位に類する体位を試した時の事。
これと体位を決めた時から神部の様子は変だったが、決定的なのは私が神部の上に覆いかぶさった時だ。神部はひどく怯えた様子で、泣きながら私を突き飛ばした。
私は何がなんだか分からなかったが、とにかく神部がパニック状態になっていて、セックスなどできる状態ではないのは事実だった。
その日は即刻中止して、私はひたすら神部を慰めた。落ち着いた後、神部から聞いた事には、彼は幼い頃から神部は母親から性的虐待を受けていたらしい。私も気を遣って簡潔に聞くに留めたのだが、最初は胸を触らせたり吸わせたりという、乳幼児の延長のような行為だったのが、やがて性器を触らせたり、挙句には仰向けに押し倒した神部にのしかかり、自分の中に挿入させてきたのだという。
「トラウマ言うたら情けないけど、女性に乗られるのは今も怖いんや。あの時のおかんの顔が浮かんできてまう」
そう言って笑う神部は弱々しくて見ていられなかったが、友人でしかない私は「そっか」と軽く聞き流し、しかしそれ以来騎乗位の類を封印する事にした。四十八手の制覇も、騎乗位を除いた体位だけと、二人の間で取り決めている。
そんな過去があるので、性技が才能と言われると、否が応でも母親の血を連想してしまうのだろう。これは私のミスだ。
「綿貫。綿貫にそんな顔されたら、僕が可哀想なヤツみたいやんか」
「だって」
「ええねん。僕はもうあの人と離れられたんや。後は僕がその記憶と向き合わなあかん」
涙が出そうになった。しかしここで泣いてしまえば、私は女として神部に甘えることになる。それだけは避けねばならない。必死で潤む目を開き、涙が溢れないよう堪えた。
その様子がよほど可笑しかったのだろうか、神部に大笑いされてしまった。なにもそこまで笑わなくてもいいのに、と恨み言を吐くと、
「いや、ごめん…だって綿貫、ふふ、ふ…すごい顔…」
何ひとつ堪えきれていない笑い声で、神部は私をより一層怒らせた。
「そんな笑わんでいいやろ!せっかく心配しとんがに、神部のだら!もう知らん!」
私は感情が昂ると方言が出てしまうらしく、今も思わず方言混じりに神部を罵った。彼もそれを理解しており、今度は何とか笑いを堪えながら謝ってきた。
「そういや綿貫ってどこ出身やっけ?」
「…石川」
「ああ、アレやな。背中から手が伸びてるみたいな形のとこ」
「何その表現。合ってるけど」
裸2人でする気の抜けた会話で、私もなぜ怒っているのか分からなくなってきた。神部という人間は、天性の人たらしなのかもしれない。
「行ったことないな」
「魚美味しいよ。あと金箔」
「そればっか聞くわ。でも気になる」
「今度一緒に行く?」
「ええな」
「軽っ」
「友達と旅行行く時、改まった態度で誘わんやろ」
「それもそうか」
「デジャヴやな」
「ね」
これが最近の私たちのセックス事情だ。
神部と身体の関係を持ってから約一年。私たちは互いの大学で無事進級し、今は2年生の中頃だ。1年の頃から中々に濃いスタートを切ってるなと、我ながら感じる。
私たちは相変わらずセックスを楽しんでいるし、もはやそれが日常の風景ですらある。大学に入学した時に思い描いていた、無難で普通の大学生活とは程遠い事は頂けないところではあるが、何だかんだで私は今の環境が楽しいらしい。
神部との関係は、仲のいい友達には普通に知れ渡っている。そのツテでキャンパス全体に噂が広まっている節もあるが…
「ねえ薫、神部君とはまだ続けてるの?」
「いい加減、付き合ったりせえへんの?」
「美波も響子もやめてよ。何度も言ってるじゃん、アイツとはそんなのじゃなくって…」
「ウソウソ、冗談だって!でも尚也くんだっけ?彼氏さんはよく許してくれたね?」
「それね、もうメチャクチャ苦労したのよ。主に理解してくれる相手探し。一体何人にフラれ絶交されしたか…まさか一目惚れとか言われるとは思わなかったけど、尚也に会えたのはもはや奇跡ね」
「あーね。セフレとか意味分かれへんもん」
「私の前でそれ言う?」
「「「あはは」」」
学部の友達である二人とはよく話すのだが、私の環境に理解を示しているのかいないのか、会話に神部が出てくると、大体こんな流れになってしまう。
中には価値観が合わなさすぎる、不潔だ、などと離れていった人も多い。私としては特段隠しておくつもりはないし、神部も同じようなのでそれはいいのだが。やはりセフレという存在がいる事は、大多数の常識からはかけ離れた価値観のようだ。
いつぞやに好きになった同級生も、神部の存在を打ち明けるや否や連絡が来なくなってしまった。学部でもよそよそしくされ、それを当の神部に泣きながら報告したら笑われた事は、今でも根に持っている。
ただ幸いな事に、内心どう受け止めているのかはさておいて、この友人二人や尚也は神部と私との関係を受け入れて、その上で綿貫薫という人間と接してくれている。
「あ、噂をすればなんとやら」
「彼氏くんやん。薫、尚也くん来たよ」
「げ、神部もいる。なんで今日も二人並んでるの…」
神部はというと、その彼氏こと尚也とも何故か友好な関係を築いてしまったようだ。仲は本当に良好のようなのでいいのだが、神部がとにかく尚也に会いたがり、わざわざ大学を越えてやってくるのだ。私を含めた3人でいると、周囲からヒソヒソとささやき声が聞こえてくるのが堪らない。
「おー綿貫。尚也借りてんで」
「薫、ごめんな。今日は神部と昼飯行かせて!」
いつもの調子で手を挙げる神部と、心底申し訳なさそうに手を合わせて頭まで下げる尚也。我が友人と彼氏ながら、いつ見ても本当に意味の分からない光景だ。
正直、尚也がいつまで神部の存在を許してくれるのかは分からない。告白された時、「セフレがいてもいい、君と付き合いたいと思った」と言ってくれた事は彼の本心だとは思う。しかし人の心というのは移ろうものだ。なにせ、他でもない私が、平凡を至上としていたはずの私が、セフレなどというものに居心地の良さを見出しているのだから、説得力はあるだろう。
実は尚也と付き合い始めてから、神部とのセックスからキスが消えた。尚也は構わないと言ってくれたが、私なりのケジメだ。キスの有無は、恋人かセフレか、どちらとセックスをしているのかという、私の中での明確な線引きになっている。
神部はもちろんの事、尚也も「そんなに気にしなくていいのに」と言ってくれる。ただ、これは私の一線であると同時に、私の不安感を少しでも和らげるための緩衝材でもある。まあ、そこまでしてセフレの関係を続けなければならないのかは疑問ではあるが、困った事に神部とのセックスは案外私の安定剤でもある。今さら切り離すのもかえってしんどそうなので、始末に負えない。
そんな問題を抱えつつも、私は私の日常を謳歌している。多少目立つ存在になってしまったというアクシデントのせいで、当初思い描いていた未来予想図とはだいぶ形が歪んでしまったが。それでも友人に囲まれ恋人もでき、平穏なキャンパスライフを送れていると思えば、大事無いのだろう。
「あ、そうだ。神部」
「なに?」
「石川、来週はどう?」
「ええよ」
「神部、軽っ」
「尚也。友達と旅行行く時、改まった態度で誘わないでしょ?」
「それもそうか」
「綿貫、天丼はしんどいて」
ああそうだ、帰ったら親にはなんて説明しようかな。




