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7 敵

 藤崎はアルベルトで清掃作業をしていた。ソファーをよけると、視界に見慣れないものが落ちていた。

「あららら、お客さんの忘れ物かなあ」

 拾い上げるとそれは黒い手帳だった。表紙と裏表紙を確認する。年季が入っていそうだが、持ち主の手がかりになりそうな情報はない。


 藤崎はさすがに中身を見るのは忍びないと思いながらも、恐る恐る手帳を開く。

 謎の図、謎の略称アルファベット、ギリシャ文字、そして謎の文章メモ。認識できる単語がいくつかあった。パラレルワールド、パラレル干渉、干渉を妨害する機関。O世界がµ世界を攻撃しているらしいことが書いてあった。さらにROSAを止める手順というワード。

 藤崎は内容をほとんど理解できなかった。

「うーん、東川くんのものかなあ。小説書いてるって言ってたし、その設定とか?後で聞いてみよう~」

 藤崎は手帳をポケットに入れた。


 壁の時計は8時過ぎを指していた。開店まであと2時間ほどある。

「藤崎外出ます~」

 店内に声を掛けて藤崎はアルベルトの出入り口のドアを開けた。


「そういえばドレッシングの在庫少なかったな~。買い足しとくか」

 藤崎は早朝から空いているスーパーに向かう。田んぼ道を突っ切って公園の横の細い道を通っていくのが近道だ。

 休日の朝だけあり、人通りがなかった。


 藤崎は歩きながら手帳の内容を思い返していた。

「もしかして、µ世界に干渉から守るための機関を作ろうとしている……?その方法が書いてあるのかな?東川くんが書いてるとしたらすごいなあ~……」

 独り言を呟いていると、背後から「ブゥン」と甲高い羽音のような音が近づいてくる。振り返ると、小型ドローンが3機姿を現した。黒光りする円盤の下面は黄色く不気味に光っていた。


「え?」

 藤崎は立ち止まる。まるで狩人に追われる獲物のような感覚に、身震いした。

『処分対象、検知しました。計測中……』

 機械音声が響き、背筋が冷えると同時に藤崎は走った。

 ――逃げないとまずい気がする。どこに逃げればいい?ていうか何これ?何で私が?

 藤崎のスニーカーが乾いた音を立ててアスファルトを叩く。

 背後から風が迫ってくる。


『攻撃モード:実行。執行官は対象の保護準備をしてください』

 振り返ると、さっきよりもずっと近くにあの黒い小型ドローンが迫ってきていた。3機、意志を持った昆虫のように空を這ってくる。

「攻撃って?私、何もしてないのに~!」

 走りながら叫んでも応答はない。


 必死にどこか逃げ込めそうな場所を探す。

 公園脇の細道を曲がり、中へ飛び込むと、50センチほどの錆びた鉄パイプが落ちていた。それを拾い上げて藪の中を進む。枝が腕に当たりかすり傷ができる。

 ドローンは上空から藤崎を追跡し、彼女の頭上に影を落として並走していた。

 ドローンの1機が藤崎の頭を目掛けて突進してきた。藤崎の脳天に殴られたような痛みを感じる。

「痛っ!」

 藤崎は鉄パイプを振り回してドローンを追い払おうとする。しかし、ハエのようにドローンは藤崎の周りを飛び回って体当たりしてくる。気付くと周りを飛んでいるドローンが3機になっていた。


 藪から出ると、2つの人影があった。メガネの男と、小柄な細見の女性。

 ――やっと助けてもらえる。

 安堵の息が漏れる。


「処分対象か」

 目の前にいたメガネの人間は、藤崎を見下ろして冷たい声で言った。

 藤崎の思考が停止する。

 ……うそ、この人たちも……敵?私、どうなるの?死ぬの?嫌だ……

『執行官は対象の保護を行ってください』

 藤崎の絶望を無視して、ドローンの音声が響く。


 藤崎は冷静さを失っていた。右手に持っている鉄パイプを振り上げ、メガネの男を目掛けて振り回す。メガネの男は藤崎の攻撃を交わす。

『打倒モード:実行。執行官は対象の保護準備をしてください』

 ドローンの下面が緑色に光った。


「なんで、私が何をしたって……」

 藤崎の顔は恐怖に染まっていた。五島はその様子を見て口を開く。

「……メカ野郎さん、この人は」

 違う、と言いかけたところでメカ野郎はその声に被せて答える。

「処分対象と判断されている。拘束用の装具を出してくれ。早く」

 五島は苛立ったように鼻息を漏らす。装備品のリュックを開けて中を探った。


 藤崎は立ち上がり、ふらつく足で逃げようとした。ドローンが突進し、同時に電気ショックのような鋭い感覚が駆け巡った。

「ッ、はぁ……」

 そのまま前のめりに倒れそうになった瞬間。


「藤崎さん、大丈夫ですか」

 聞き慣れた男の声とともに、身体が支えられていた。

「東川くん……」

 藤崎はそのまま脱力した。

「何してんだ!藤崎さんに何しようとしてる!」

 東川は藤崎を支えながらメカ野郎を睨みつけて叫ぶ。その間も小型ドローンは藤崎を目掛けて突進する。


「痛っ……東川くん、一緒ににげ……」

 五島はリュックから目当てのものを見つけ「あった」と呟く。

「邪魔するなトロ助。五島さん、対象を拘束してや」

 メカ野郎の声を無視して五島は銃のようなものをドローン隊に向けた。

 メカ野郎は眉をひそめた。

「メカ野郎さん、その人はおそらく意図せず巻き込まれただけです。彼女の様子を見れば明らかじゃないですか。まずは管理ロボを無力化してから事情を聞いた方がいいと思います。……指示をください」

 五島の言葉に東川は驚いて顔を向ける。五島は東川を見返して頷いた。


 東川は藤崎を背負った。

「東川くん……」

 藤崎の声は消えそうだった。ドローン隊の体当たりは続いている。東川は身を捩って藤崎を守ろうとする。


 メカ野郎は目を閉じ、ため息をついて額に右手を当てて考え込んでいた。

「迷うことじゃないだろ!」

 五島は声を荒げた。

 メカ野郎は明らかに驚いた表情で顔を上げた。


 メカ野郎は藤崎と東川を見て、動揺が混ざった声で言う。

「逃げろ。人が多いところに」


 同時に東川は走り出していた。東川を追いかけるようにドローン隊が追跡する。そのドローン隊を五島とメカ野郎で追う。

「五島さん、デストラクターは使えるか?」

「はい」

 五島は銃のような武器――デストラクターをドローン隊に向けた。まずは3機に1発ずつ発砲する。ドローン隊の動きが遅くなる。東川、藤崎とドローン隊の距離が開いた。


 東川は背中の藤崎の様子を伺いながら走る。ドローン隊はだんだん後ろに退いている。

「あの人達は……」

 藤崎は絞り出すような声で言う。

「藤崎さんのこと分かってくれましたよ。今、一緒に守ってくれてる。もう少しですから、頑張りましょう」

 ドローン隊が遠ざかり、東川は余裕が出てきた。藤崎の呼吸も落ち着いてきているようだった。

「藤崎さん、立てそうですか?」

「うん。重くてごめんね」

「いや、重くはないですけど……」

 東川はゆっくり藤崎を背中から降ろす。藤崎の腕をとって後ろを振り返る。

 ドローン隊は数十メートルほど後ろにいるようだった。その後ろに五島とメカ野郎がいる。

「急がなくてもいいので、大通り目指しましょう」

 東川は藤崎の手を引いて二人は早歩きを始めた。


 メカ野郎は目の前の五島を見ながら、なぜ彼女はあんなに腹を立てていたのかを考えていた。彼女に怒鳴られたことに頭を殴られたような衝撃を受けていた。

 ……まあ、お詫びに援護射撃ぐらいはしてやるか。

 メカ野郎はリュックからデストラクターを取り出そうとしていた。


 五島は姿勢を低くしながら下からドローン隊を狙う。

 ――ドローン、正式にはROSA管理ロボ。これの下面にはセンサがあり、そこにデストラクターを命中させれば即時スリープモードに入る。動きながらだとセンサーを狙うのが難しい。でもやってみるしかない。


 照準を合わせて1発。管理ロボが1機、その場から落下した。

「お」

 続いて1発、さらに1発。すべての管理ロボが落下した。


「完了しました」

 五島が後ろを振り返ると、言葉を失って立ち尽くすメカ野郎がいた。まるでバケモンを見たときのような顔だった。

「は?」メカ野郎は五島を見つめる。

「は?」五島は眉間にしわを寄せて落ちている管理ロボを回収する。

「何ぼーっと立ってるんですか?早くさっきの人たちのところに向かいましょう」

 五島は冷たく言い残して駆け足で東川たちの方へ向かった。



 東川と藤崎は、管理ロボが落下する瞬間を見ていた。

「……ほんとに守ってくれたんだ」

 藤崎は緊張からの安堵のせいか、涙を流していた。

「よかった、死ななくてよかった。ありがとう、東川くん」


 五島が東川たちの元に辿り着く。

「ご無事ですか?そちらの方はお怪我されているようなので、処置しましょう」

 五島は藤崎に声を掛け、救急箱を取り出した。

「ううん、ありがとうございます。本当に。うぅ、死ぬかと思って怖かった。良かった。っ、本当に良かった。ありがとうございます」

 藤崎は嗚咽しながら五島とメカ野郎に言った。


 東川はその様子を見て、納得できない顔をした。

「さっき、藤崎さん助けようか迷ってたくせに……」

 誰にも聞こえないような小声で呟く。メカ野郎に目をやると、先ほどの怒りを思い出した。

 東川はメカ野郎の前にずいっと詰め寄る。

「お前が守ろうとしているものは何や?優しい人の命よりも、あの意味わからんドローンの命令を守りたいのかや?お前なんなんや?その子に怒鳴られないと分からんのか?」


「東川くん、もういいよ。その人も助けてくれたんだから」

 藤崎の怪我の手当が終わっていた。藤崎は東川を宥め、涙混じりの笑顔をメカ野郎に向ける。

「ありがとうございました」

 藤崎はそう言って頭を下げた。

 東川はメカ野郎を睨みつけた。心なしか、メカ野郎の表情はネジがあちこち緩んで、隙があるような気がした。


 藤崎は何かを思い出したように手を叩く。

「そういえば東川くん、この手帳って東川くんのじゃない?さっきアルベルトで掃除してたら出てきて……」

 東川は藤崎から黒い手帳を渡される。その手帳を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 ――見覚えがある。いや、間違いない。衛藤さんがあの時取り出していたものだ。


「これ、俺のじゃないです」

 東川は慌てて答えた。

「あれ……。パラレルワールドがどうのとかよくわかんないことが書いてあったから、東川くんの小説のメモかと思ったのに」

 東川の顔は羞恥と動揺で熱を帯びていた。

 メカ野郎と五島は目を見合わせる。


「それ見せてください」

 五島は東川から手帳を受け取る。中をパラパラとめくると、五島の眉がわずかに動いた。

「これですね、管理ロボに追われた理由は。これは危険なので我々で預かります。まずはお身体とメンタルのケアをされてください。……それでは、お気をつけて」

 五島は藤崎に声を掛け、メカ野郎と二人でそのまま去って行った。

 東川は額の汗を拭いながら五島たちの背中を見送った。



「今日の仕事、行けそうですか?休んだ方が」

 東川は藤崎を見て言う。

「え~。仕事はしたいなあ」

「……分かりました。アルベルトまで一緒に行きましょう」

「ドレッシングが残り少ないから買って行きたいな~。開店までまだ時間あるかな」

 二人は並んで歩きだした。


 ……あの手帳、衛藤さんのものだよな。

 歩きながら、東川は先日衛藤とアルベルトで話をしたことを思い出す。そしてパラレルワールドに関するメモがあったという藤崎の言葉。

 その手帳が衛藤を殺害しようとしているメカ野郎たちの手に渡ってしまった。

 ……この状況、まずいのでは。

 東川は息が詰まり、口元に手を当てた。



 五島はメカ野郎に突っかかる『東川』と呼ばれた青年のことを思い返し、隣を歩くメカ野郎を窺う。

「あの、前からずっと引っかかってるんですけど。さっきの人と、どういう関係で?東川さ……メカ野郎さん」

「彼は私が個別に追跡調査をしている個体だ。それと、今回のようなことを繰り返すのは良くない。ROSAの意思に背いた行動を続けると、我々が除外対象と認識されるリスクがあることを忘れないでください」

 メカ野郎の顔には何かに納得できていないような曇りがあった。




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