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36 エピローグ

「そいやっ!」

 キーボードのエンターキーを叩きつける。

 東川は『上昇鬼竜』の最新話を投稿した。

 ラップトップの時計は午前8時を示す。カーテンの開いた窓から太陽光が部屋の中を照らし、棚の上に横たわるストラップが光を反射して小さく光っていた。


 今回投稿した小説は、死にたいと言ったケイイチとレイカが思いをぶつけ合うシーンだった。ケイイチを強くするために手助けをしていたレイカが初めて胸の奥の感情を語り、ケイイチがそれに答える。ケイイチが本当の意味で強くなる瞬間を描いていた。

 それはまるで、東川自身やどこかにいる誰かの背中を押すために綴られた一場面のようだった。


 深呼吸をしてラップトップを閉じる。そろそろアルバイトに行く準備をしよう。また1日が始まる。座椅子から立ち上がり、シャツを羽織り部屋の姿見を見ながら髪を軽く整える。鏡の中の青年と目が合い、顔を綻ばせる。


 玄関のドアを開けた瞬間、思わず立ち止まった。

「今日は涼しいな」

 穏やかな青空だった。




 アルベルトでのシフトが終わり、藤崎が東川に声を掛ける。

「東川くん聞いてよ~!さっき、常連のマダムたちがさ~、店長のことイケメンって揶揄って、店長が顔真っ赤にして照れてたの!あははは」

「あの店長が……」

 東川は困惑を浮かべながら小さく笑う。藤崎はニコニコしながら常連のマダムたちについて語り始めた。

「あの人たち、声が大きくて話が聞こえちゃうんだけど、いっつもアイドルの話で盛り上がったあと、お孫さんの自慢大会が始まるんだ~」

 東川は藤崎が嬉しそうに語る言葉に耳を傾けていた。


 藤崎はふと東川に目を向けた。

「東川くん、なんか顔つき変わったね。……ちょっと、強そうになった感じがする」

 東川は驚いたように目を開いた。藤崎は笑いを漏らしながらバックヤードを出る。

「ふふふ。それじゃあ、お疲れ」

 東川はしばらくバックヤードで立ち尽くしていた。


 アルベルトの店外に出る。夜になり空はすっかり暗くなっていた。大通りを過ぎ、いつもの裏道を通る。

 薄汚れたアパートと寂れた雑居ビルが建ち並ぶ暗い道を歩く。

 静かな裏道の真ん中で、東川はふと立ち止まる。


 佐倉と初めて出会った場所だった。

 あの日から少しずつ、東川の世界が変わった。生きる理由が書き換わった。


 夜の空気を深く吸い込むと、ひやりとした空気が肺を満たす。

 それは紛れもなく、自分が今この世界で呼吸をしているという実感そのものだった。

 ――今日もただ、生きていてほしい。

 夜空を見上げて、ふと佐倉に思いを馳せた。

 それは、どこかで同じ時間を生きる彼女への、小さな祈りのようだった。


 東川は振り返らずに、裏道を歩き進んだ。




 ――完――





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