34 戦い
東川は息を荒げながら、デストラクターを片手に握り締めた。筐体の硬さが手に食い込む。太陽に全身を焼かれるように熱く、デストラクターを持つ手が汗で滑りそうになる。
人気のない道路を駆け抜けると、遠くで蝉の声が響いていた。
唐突に機械音が差し込む。
視界の先、管理ロボが2機、木影から姿を現した。東川を射抜くように、黄色のセンサーが同時に光る。
「くそ……!」
一機が顔を目掛けて突進してくる。頬に衝撃が走り、口の中に血の味が広がる。
東川はよろめきながら、デストラクターを振りかざした。
デストラクターを発射した瞬間、目の前の管理ロボはふらふらとした動きを始めた。
東川は体勢を立て直す間もなく、もう一機も突進してきた。
「ぐっ!」
東川は身をひねり、ハエのように纏わりつく管理ロボを腕で払う。管理ロボが身体から離れた瞬間、無我夢中で管理ロボにデストラクターを連射した。
二機の管理ロボは気を失ったようにその場に落下した。
そのまま駆け続けると、景色は閑静な住宅街に変わる。
白い壁の家々が並ぶ通り、昼下がりのせいかカーテンは閉ざされ、人の気配はない。
そこに、三機目の管理ロボが立ちはだかるように割り込んできた。
「……まだいるのか」
先程の2機よりもやや大きい個体だった。
踏み込む度にアスファルトが鳴り、蒸し暑さで行き場を失った汗が身体に染みついた。
東川は正面から突っ込んだ後、横へ滑り込むように回り込み、管理ロボを腕で抑え倒す。管理ロボがバランスを崩した瞬間を狙い、デストラクターを突き立てる。
『打倒モード:実行』
管理ロボは怒りを滲ませるように緑色に光る。東川は緑色に光ったセンサーに向けて発砲した。管理ロボは一瞬で沈黙し、その場に落ちていった。
「あの光ってるところが急所なのか……?」
東川は落ちた管理ロボに見向きもせずに走り続ける。
汗が額を伝い、視界を曇らせる。
呼吸は浅く、喉が焼けるように熱い。
それでも足を止めるわけにはいかない。
住宅街を抜けると、空地の脇道に差しかかった。
真上から降り注ぐ陽射しを遮るように、木陰が地面をまだらに染めている。
涼しさを求めて木陰に入り込むが、むしろ蒸し暑さが体力を奪っていく。
その時、カサリ、と枝を踏み割る音がした。木陰から四機目の管理ロボが飛び出し、正面から飛び掛かってきた。
「しつこいや!」
咄嗟に腕を交差させて衝撃を受け止めるが、管理ロボのスピードに身体が追い付かない。背中が樹木に叩きつけられ、視界が揺れる。
同時に電気ショックのような衝撃が身体に走る。
「がっ……!」
頭の芯がぐらつき、一瞬気が遠のく。それでも歯を食いしばり、デストラクターを横に振り払った。
デストラクターの銃口が管理ロボの頭部をかすめるが、機体は揺らぎながらもまだ動きを止めない。管理ロボは容赦なく東川に突進し、電気ショックを浴びせる。
――もう嫌だ……。でも。
唇を噛み切り、デストラクターを視線の先に掲げる。そして緑色に光るセンサーを狙って渾身の一撃を放った。
管理ロボの機体が崩れるように木陰に落ち込んだ。
肩で荒く呼吸しながら、東川は前を見据える。
木々の隙間から、橋の欄干が陽光を反射して輝いていた。
「もう少しだ……」
声は掠れている。その先に待つ“約束”が、足を動かす理由だった。
メカ野郎がROSAの基幹制御室に足を踏み入れると、空気が凍り付くように重くなる。逃げ道を確保するように扉を開け放ち、デスクトップの前に座る。
オートスタビライザーのプログラムをテストモードで開き、スマートフォンで事務所に控える研究員と通話する。
「東川です。今から作業始めます」
通話を切り、一度深呼吸をする。
ふと視界の端に青い光を捉えた。管理ロボはメカ野郎を遠目からじっと観察するように、静かにその場で静止していた。
メカ野郎は額に汗を滲ませながらしばらく頭を抱え、シミュレーターを回しながら脅威係数を簡易的に算出するためのメモを走らせた。紙の上で数字が乱れ、汗でインクが滲む。
プログラムにゲーティング係数の処理を追加し、g=0.1と入力する。
管理ロボはまだ動かない。
安堵の息を吐き、次の修正に取り掛かる。
「これからが勝負か……」
小声で呟き、衛藤の手帳と照らし合わせるようにモニターを睨む。
事前の打ち合わせで提示されたシミュレーション結果とパラレルメーターを見比べる。口元で手を組み、焦り混じりの息を漏らしながら考え込む。
ここでプログラムを変更すると、管理ロボが攻撃してくることがほぼ確実となる。
呼吸を整えて顔を上げ、プログラムに補正値を加えて更新する。
その瞬間、視界の端にいた管理ロボが黄色に点灯する。
『攻撃モード:実行。執行官は対象の保護準備をしてください』
メカ野郎は咄嗟に腰のベルトを探るが、直後、目を見開いて硬直する。
「デストラクター……トロ助に渡したんや……」
急いでスマートフォンを出し、焦りが滲む声で通話する。
「デストラクターを至急届けてください。基幹制御室です」
その間も、管理ロボは機械音を吐きながら体当たりを続けていた。頭や背中に鈍い痛みが走る。鼓動が早くなり、額に汗が滲む。
管理ロボにまとわりつかれながら、再びプログラムの修正に戻る。身体中が殴られたように痛み、呼吸が浅くなる。
その時、背後で力強い声がした。
「東川くん、デストラクター!」
ベテランの技術官が基幹制御室の入口の外からデストラクターを投げ渡してきた。メカ野郎は力無く受け取り、息切れとともに技術官を見上げる。
「それ、威力上げてるから!これくらいしか手伝えないけど……負けるな」
技術官の声にメカ野郎は控えめに笑った。
デストラクターを構えて管理ロボに発射すると、一発で管理ロボの動きがゆっくりふらつくようになった。隙をつくようにセンサーに当てると、管理ロボの光が消えて直下に落下する。
メカ野郎はよろめきながらモニターの前に座り、プログラムに分岐パターンを差し込んだパッチを適用した。その後、最初に追加したアルゴリズムにg=0.5と入力する。
「――来るか」動悸が激しくなり、胸や背中に汗が滲む。
メモを走らせようとした瞬間、モーター音が耳に入る。
『除外モード:実行。対象を排除します』
管理ロボが殺意を示すように下面を赤く光らせ、小銃を構えている。
メカ野郎は唾を飲み、震える手でデストラクターを構える。躊躇せずに発射すると、管理ロボはゆっくり降下する。とどめを刺すようにセンサーを狙って連射し、管理ロボは静かに落下した。
ふと目線を周囲に向けると、赤く光った管理ロボたちに囲まれて銃口を向けられていた。
――殺される。
デストラクターを持つ手に汗が滲む。再びデストラクターを構えた瞬間、管理ロボたちの光が緑色に変わり、モーター音とともに小銃が納められる。
事前の打ち合わせ通り、裏方の研究員が除外判定の格下げ処理を行っていた。
管理ロボの1機が電気ショック攻撃を仕掛けてきた。奥歯を噛みしめながらデストラクターで周りの管理ロボを散らすように連射し、管理ロボたちを次々と落としていく。
息を切らしながらパラレルメーターのモニターを見る。数値が落ち着いたことを確認し、プログラムにg=1.0を入力する。
深く息を吸ったあと、テスト環境から実環境にプログラムを更新する。懐中時計をデスクトップ脇のスペースにはめ込み、プログラムを実行する。
「オートスタビライザーの書き換えは、完了」
呟くと同時にデストラクターを素早く構える。再び“除外対象”を狙う管理ロボを警戒した。
『除外モード:実行。対象を排除します』
凄まじいモーター音が響き、無数の赤い光と小銃に囲まれる。
メカ野郎はデストラクターをマシンガンのように連射すると、複数の機体が真下に落下した。
不意に機械音が耳元で聞こえ、背筋が凍り付く。振り向くと、上蓋が歪んだ管理ロボがすぐ近くにいた。補強されたような跡がついた小銃が、目の前に構えられる。
その光景がスローモーションのように流れ、心の中で絶望を吐き出すように呟く。
――終わった。
最後の抵抗としてデストラクターを目の前に構えた瞬間。
目の前の管理ロボが真下に急落下し、機体が床に叩きつけられる音が響く。
「……は?」
訳が分からないまま見回すと、取り囲んでいた管理ロボたちは床に散らばっていた。
乱れた呼吸音だけが基幹制御室の中で響く。
メカ野郎はしばらく茫然と立ち尽くした。
息を整えてスマートフォンを取り出し、研究員に連絡する。
「東川です。オートスタビライザーの書き換え、完了しました。……これから、パラレル干渉機能の停止に取り掛かります」
デスクトップ脇のスペースから懐中時計を取り出す。懐中時計の時刻を見ると、15時55分頃だった。作業を開始してわずか20分あまりしか経過していなかった。
パラレル観測室に入ると大画面のモニターにパラレルメーターがリアルタイムに映し出されている。
モニターに目を向けず、奥の制御室のドアに向かって進む。ドア横のセンサーに懐中時計をかざすとドアが開き、中に足を踏み入れる。
制御室の壁には大量のスイッチが並んでいた。うろ覚えの記憶を頼りにパラレル干渉機能の主電源を探す。
探し当てたスイッチに手を掛けた瞬間、ふと東川のことが頭をよぎる。
「トロ助……加納と会うって言ってたよな」
パラレル干渉機能を停止した瞬間、加納はμ世界からROSAに強制送還されてしまう。
――トロ助が加納に会えるまで見守るべきじゃないか?
スイッチから手を離す。制御室を出て、足早に観測スペースへと向かった。
『除外モード:実行。対象を排除します』
待ち伏せしていたかのように、管理ロボが現れる。
デストラクターを向けて発砲する。管理ロボに命中し、機体が一歩退く。直後、管理ロボの光が黄色に変わり、『攻撃モード』に変わったことを知らせた。
管理ロボを横目に観測スペースに入り、懐中時計を装着する。そして、μ世界の東川――“トロ助”と視線を同期した。
東川は走っていた。
橋を渡りながら、全身の傷が悲鳴を上げた。アスファルトを蹴るたびに足首に鈍痛が走り、肺は焼けるように苦しい。
川面のぎらぎらした反射光が目に突き刺さり、思わず視線を落とす。
真夏の陽射しが容赦なく照りつける。汗に濡れたシャツが張り付き、喉が焼け付いて呼吸が途切れる。頭は熱に炙られ、視界が揺れた。
腕時計は15時58分を指している。
川沿いの道に出ると、湿気がまとわりつき、草むらの虫の声が耳を刺す。熱を帯びたアスファルトが足裏を焦がすようだった。
公園まであと2分――。
人影のない小道に入る。住宅の影を踏むたび、熱と涼しさが交互に襲ってくる。50メートル先に、最後の曲がり角。
――間に合え。
額を汗が伝い、呼吸が喉で詰まる。思わず両膝に手をつき立ち止まった。
咳き込みながら時計を見ると、15時59分を指していた。
もう一度走り出す。
角を曲がると、公園の柵と広場が目に飛び込む。
その奥に、佐倉の姿を捉えた。
デストラクターを投げ捨て、東川は叫んだ。
「佐倉ちゃん!」
佐倉がぱっと立ち上がる。揺れるポニーテール、ほどける表情。
東川もつられて笑い、汗を飛ばしながら駆け寄る。
佐倉までの距離は10メートル、5メートル――目前。
視界が霞み、何も見えなくなる。
それでも最後の力を振り絞り、彼女に向かって走り抜けた。




