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25 記録

 ROSA事務室で、五島は泣き腫らした顔をデスクトップに向けて『障害報告書』を作成していた。ふと事務室の後方へ目をやると、仁内のデスクが視界に飛び込んできた。ほんの数日前まで仲間がいた場所が、今はまっさらになっている。

 小さく鼻を啜り、報告書の『状況』の続きを入力しようとしたとき、背中を軽く叩かれる。

「気分転換しようや」

 メカ野郎は小さく声を掛け、事務室を出るぞと言いたげに首を小さく振る。五島はラップトップ片手にゆっくり立ち上がった。

 廊下を歩いていると、メカ野郎は休憩室に入ろうとする。

「そこは……嫌です」

 五島が沈んだ声を漏らすと、メカ野郎は休憩室を横目に通り過ぎて小会議室に入った。


 五島は窓側の席に座り、メカ野郎はその後ろの席に腰を下ろす。

 しばらく互いに無言のまま、五島は障害報告書の続きを打ち込み、メカ野郎は自分のラップトップを睨みつけて静止していた。

「……気分転換になってる?」

 メカ野郎の声に、五島が小さく息を吐く。

「あの、昨日の緊急会議の議事録、見ましたか」

「私はその会議に出席していた」

 淡々と返す声に、五島はしゅんとしたように目を伏せた。


「……なんか、がっかりしました。仁内くんがなぜ狙われたのか、なぜ彼だけ除外対象として処分されたのか、そんな話ばかり。彼のことを何も知らない人が、憶測で『管理ロボに敵対行動でも取ったんじゃないか』とか言ってて」

 五島は言葉に詰まり、ため息をついた。

「彼がまるで原因探しの材料にされてて。確かに対策を決めるのは必要なことなんですけど……結局何も解決してないし」

 声が掠れ、拳が膝の上で小さく震える。

「よくわからないですけど、悲しいし、悔しかったんです。……仁内くんが死んだことまで、踏み台にされてるみたいで」


 メカ野郎は視線を落としたまま黙っていた。

 ――「人が亡くなったこと、踏み台にしないでください」。

 耳の奥に、藤崎の涙声が蘇る。

 五島はラップトップの画面に映る『障害報告書』を見ながら、沈み込むように続ける。

「仁内くんが死んだ記録よりも、彼が生きてた痕跡を残したいのに」

 悔しさを滲ませた強い声だった。涙は枯れ果てて、もう出なくなっていた。


 メカ野郎は思い出したように黒い手帳を取り出す。それは衛藤の生きた痕跡だった。


 ゆっくりと手帳のページをめくると、スケジュールにはほとんどプライベートのような予定が乱雑に書きこまれていた。『ラーメン食べる』、『ペルセウス座流星群☆彡』、『ねる!予定禁止』。直近では『花火』、『東川くん招待予定』、『東川くんと会う@APUS』と書き込みがあった。

 さらにページを進めると、罫線のページにAPUSの構想と思わしきメモが走り書きされている。ページをめくると、APUSの機能解析のために解読したページにたどり着く。文字が汚くて読めなかったものだ。さらにページを進めると、詳細まで書き込まれたオートスタビライザーに関するスキームがあった。


 ページをめくって終わりに近づいたとき、整った黒い文字で埋められたページに当たった。あまりの異様さに思わずメカ野郎は目を止める。文字をなぞるように目で追い、内容を読む。


『最初は、ただワクワクしてた。 ROSAを立ち上げるとき、東川くんがいてくれて、彼はまだ若いのにすごく頼もしかった。何か大きなことが始まる気がして、未来のことばっかり考えてた。


 でも、あれから時が経って、ROSAは思ってたのと違う方向に進んでいった。最初は観測するための仕組みだったはずなのに。今じゃ自己防衛が目的で、観測を手段とした恐ろしい演算装置になってしまってる。


 彼も変わってしまった。変わらざるを得なかったのかもしれないけど、人間らしさがどんどん削がれていくのを見てるのは、正直つらかった。それでも、ROSAのやつらは盲目的に彼を肯定して、彼の中身なんて気にしていないみたいだった。それが一番つらかった。


 彼を変えてしまったのはROSAだ。でも、そのきっかけを与えたのは、僕かもしれない。そこは彼に申し訳なさがある。


 ROSAのパラレル干渉は、µ世界やほかのパラレル、そしてO世界の自然な在り方を壊してしまう。そこから世界を守りたかった。でもROSAはそれを許してくれなかった。


 もう少しこの世界を見守りたいから、まだROSAには殺されたくないなー。


 でも、東川くんが人間性を取り戻して、自分の感情や意思で動ける日が来たら、

 それだけで、もう思い残すことはないだろう。』


 手帳の重さで押さえつけられるように、手が止まっていた。

 目を閉じると、死ぬ瞬間に微笑んでいた衛藤が脳裏に蘇る。今、その意味が頭の中で繋がった。

「最初から最後まで俺のこと……」

 声にならない声が漏れる。


 しばらく茫然としていたが、急いでラップトップに目を向け、パラメーターのモニターを開く。

 ROSAのパラレル干渉はもう限界だ。このままではμ世界も、O世界でさえも壊してしまう。パラレル干渉機構は一度止めなければならない。

 そしてオートスタビライザーの書き換えが必要だ。

 だが、その行為は着手しようとするだけで、一発でROSAに“除外対象”と判断される危険なことでもある。

 それでも、やるしかない。

 それは衛藤の意思に関係なく、メカ野郎自身の意思だった。


 五島は沈黙に耐えられず後ろを振り返ると、メカ野郎が眉を歪めて何かを考えこんでいた。五島はギョッとして小さな叫び声が漏れる。


「……五島さん。仁内くんのことは、君が時々思い出してやって。彼の生き様をどこかに記録してもいい。どんな人だったか私に話してくれてもいい」

 メカ野郎は落ち着いた声で言うと、五島は視線を下げて小さく笑う。

「じゃあ……仁内くんの人となりを、プレゼン資料にでもまとめて……。1日かけて語ります」

 力ない声でぽつりと言った。

 メカ野郎は「勘弁してくれ」と呟いた後、しばらく間を開けて小声で続ける。


「……私のことも、どっかに適当に記録してほしいな」

 その言葉に、五島は胸の奥で小さな不安がちらついた。


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