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夢の先にある破滅

『紅茶もケーキも、本当に美味しいです』


ーー無意識のうちに、ヒロインの台詞を口走っていた私。


(……思い返してみると、リディアが転校してきてから、攻略キャラとの関わりが急に増えた)


 廊下でぶつかったアルフレッド。

 特別授業で隣に座るマーヴィン。

 魔力測定で会話したリアム、ルーク、エリオット。


 知らないうちに、私が出会いイベントを果たしていた?


(……でも、どれも原作とは違う)


 アルフレッドとぶつかるのは、オルコット王国で開催された親睦会での出来事だったし、マーヴィンとの出会いも貴族だけが集まるお茶会。

 リアム、ルーク、エリオットとも、城の中庭や訓練場で順番に出会うはずだった。


(……まさか……)


 思い出していて気付いた。

 オルコット王国も、お茶会も王城も、平民の私が行けるはずのない場所。


(……もしかすると、私がいないところではイベントは起きないってこと……?)


ーーつまり、イベントのほうが私に合わせて場所を変えている。


(……そんなことって……)


 全部私の想像でしかない。

 だけど、そう考えるとマーヴィンの舞踏会イベントが錬金術室に変わった理由も、説明がついてしまうのだ。


(……なんで、こんなことに)


 通行人Aでいるつもりだった。誰の目にも止まらない、モブのままで。


 それがいつの間にか攻略キャラたちと普通に会話して、気がついたら名前を呼ばれていて。


ーー浮かれていた。舞い上がっていた。

 私はこの世界の主役じゃないって思って。何もかも他人事で……


 推しと恋をするーーそれを夢見たことは何度もある。


 でも今の私は知っている。

 その夢の先にあるのは甘いエンドではなく……

血と涙で塗りつぶされた未来だということをーー


「大丈夫か?顔色が悪いが」


 顔を上げると、アルフレッドが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 きっと今、相当酷い顔をしているのだろう。


「だ、大丈夫です」


 そう答えるのが精一杯だった。


 私が言い終わる前に、アルフレッドは静かに椅子を引きすっと立ち上がる。


「来い。少し静養室で休むべきだ」


 そう言って彼は私に手を伸ばした。


 けれどその手が一瞬だけ空中で彷徨ったようにも見えた。

 私に触れていいのか、迷っているみたいに。


 ……だけど結局、その手はそっと私の腕を掴んだ。


「……あの、自分で立てます」


 心配させないように何とか自力で立ち上がったけど、足に力が入らずふらりと身体が傾く。


(あ、やばい……)


 ゆっくりと視界が床に迫っていったそのときーー


 体が優しく包まれた。


 あたたかいアルフレッドの胸に、飛び込んでいた。

 鼻先をくすぐる彼の香りに、一気に胸が熱くなる。


(……アルフレッド。ずっと、私が恋してた人)


 そんな彼の腕の中に、私がいる。

 それは夢のようで……


(夢、じゃない。これは……)


ーーイベントスチルだ。


 抱き寄せる手の位置までまったく同じで、熱を帯びていた心がすっと冷えていく。


 プレイ中に何度も心を踊らせたあのシーン。

 でも、それが現実になったこの瞬間、胸の奥に広がったのはーー恐怖だった。


(ダメだ……このままじゃ、本当に好きになってしまう……)


 そしたらもう、二度と戻れなくなる。


「……ごめんなさい……」


 思わず彼の体を押し返していた。


(何も気づかずにいられたら、どんなに幸せだっただろう)


 そうすればただ、夢のような時間に浸っていられた。


 だけど、それはもう無理だ。

 偶然が二度も続かないことを、私は知っている。


(……私が、ヒロインの役割を担っている)


 だったらもう、彼にはもう近づいてはいけない。


 今だって、私の心が彼の言動ひとつひとつに抗えず惹かれていくのがわかる。


 何度も心を奪われた相手……だからこそ。


「……ちゃんと帰れます。大丈夫ですから」


 それだけ伝えて、彼に背を向けた。


 顔なんて見られない。

 今のアルフレッドがどんな顔をしているのか、想像するのも怖かった。


ーーでも。


 ダメだとわかっているのに、彼が気になって仕方ない。


(……早く、早くここから離れないと……)


 何とか平静を保って歩き出したその瞬間ーー「アイーダ」と、呼ばれた気がした。


 今振り返ったらきっと、自分の気持ちを抑えられなくなる。


 だから私は走った。


 廊下の向こうから聞こえる生徒たちの笑い声すら、今はただの幻のようで。


(甘い夢なんて、二度と見ない……)


ーーその先にあるのが、破滅だと知ってしまったから。

 

 ドキドキしてはいけない。

 好きになってはいけない。


 芽生え始めていた想いを振り切るようにーー


 私は、走った。



* * *


 帰宅後、部屋にこもり背中を扉に預けて座り込む。


(……いつから、狂い始めたんだろう)


 転校してきた初日、彼女は既に原作と違っていた。

 ということは、物語が狂い出したのはリディアの登場よりも、もっと前ーー


 思い出して、ハッと息を呑む。


(……もしかして……)


『……お願いです、ハーヴィー先生。戦争なんて、やめてください……』


 転生した直後の出来事が頭に浮かぶ。


 ハーヴィー先生の研究所に忍び込み、私は彼を止めようとした。

 それはゲームのシナリオにはない。

 あのとき、私だけが物語から逸脱した動きをした。


(……じゃあ……世界の歯車が、狂い始めたのは……)


 私が物語に介入したからーー?


 その瞬間、私は物語の外側から中心へと引きずり込まれていたのかもしれない。


(……バカだ、私……)


 安易に物語に手を加えてはいけない、少し考えればわかることなのに。


 ただのモブが本筋に手を出してしまったらどうなるか。

 その罪の重さを、今頃になって思い知ってしまった。



* * *


ーー翌朝。


 教室に向かう途中、後ろからマーヴィンに声をかけられた。


「アイーダ、ちょっといい?」


 自分の選択が物語を動かしてしまうかもしれない。

 そう思うと、投げかけられる質問に慎重になってしまう。


(……これは選択肢ではない、はず)


 小さく頷きマーヴィンのほうに体を向けた。

 マーヴィンはちらっと私の顔を見ると、ジャケットの内ポケットから白い封筒を取り出した。


「先生方から生徒会の推薦状が届いたんだ。君宛にね」


 封筒をひらひら揺らすマーヴィン。


(推薦状……?)


 原作にこんな展開はなかった。

 生徒会の加入はリディアからの申し出だったはず。


(……やっぱり、イベントの方が私に合わせにきてる)


 生徒会に入ると攻略キャラとの距離は一気に縮まる。

 それがわかっているだけに、即答はできない。


(正直……入りたくはない。これ以上、アルフレッドと関わるのは危険すぎる……)


 でも、これを断ったらどうなる?


(攻略キャラと関わらなければ……いくつかのルートに分岐したはず)


 ある時は通り魔に殺され死亡。

 またある時は実験の爆発に巻き込まれ死亡。

 一番最悪なのは、家族共々……


(だっ、ダメダメダメ……!!!)


 言葉にしたくもない恐ろしい結末を思い出してしまった。


 頭の中に、父と母の顔がよぎる。


(……守らなきゃ。家族を……)


 ゆっくりと推薦状を受け取ると、マーヴィンは満足そうに微笑んだ。


「じゃあ、また生徒会でね」


 そして廊下の向こうに消えていく。


 マーヴィンから受け取ったその推薦状に視線を落とすと、白い封筒が金の縁で装飾されていて、憎らしいくらいに華やかだった。


(……生徒会に入って、アルフレッドと毎日顔を合わせないといけない)


 ふと、画面の中の彼を思い出してしまった。


 金色の綺麗な髪が風に(なび)き、穏やかな笑顔でこっちを見つめている。

 背後から顔を出す夕焼けが彼の頬を赤く染めていて、その顔は少し照れているようにも見える。


(……可愛い……)


 想像にキュンとして、我に返る。


(……バ、バカバカ私。自爆してどうするのよ……!)


 アルフレッドのことを考えるだけで、補正がかかるようになってしまっている。


(大丈夫……まだ、なんとかなるはず)


 そう自分に言い聞かせた。

 アルフレッドと距離を取れば、きっと元の安全な位置に戻れるはず。


 私と彼は王子と平民。決して結ばれることはない運命なのだ。


(いくらゲームの強制力があると言っても、この関係性を崩すのは不可能よ)


 この時の私は、まだ強気な気持ちを保っていた。

 次に起こるイベントのことなど、何も考えずに。


 ……それが、私の乙女心を動かす最大のイベントだと知るのはーーもう少し後のことだった。

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