そのポジション、私じゃない
リディアとマーヴィンをくっつけるため、私は密かに作戦を実行していた。
その最中、偶然にもマーヴィンのイベントが発生したーーただし、原作とは違う場所で。
(……いや、でもいいのよね。これで)
場所は違えど、イベントそのものは起きた。
つまり、リディアとマーヴィンの距離が縮まってきている証拠……の、はず。
「あ、忘れていたわ」
錬金術の授業が終わり、教室へ戻る途中でリディアが呟いた。
「忘れてたって、何を?」
「……アイーダ、ちょっとついてきて」
何の説明もないまま、私はリディアに連行されることになった。
魔道馬車に揺られること10分。
辿り着いたのはーー
お城の中庭だった。
(……まさか、これ……)
その「まさか」だった。
中庭でのこの時間は、原作でヒロインとアルフレッドが二人きりで愛を深めるーーいわばデートイベントの場。
そんなところに、まさか私が連れてこられるなんて。
噴水の水音が静かに響き、薔薇が咲き誇る美しいガーデン。
手入れの行き届いた芝生の上には、真っ白なテーブルクロスと繊細なティーセット。
並べられたスイーツは、市場では手に入らないような限定品ばかり。
まさに、王族のお茶会と呼ぶにふさわしい優雅すぎる空間だった。
(……これ、絶対に私が来ていい場所じゃない)
先に席についていたアルフレッドが、不思議そうに私を見た。
目が合った瞬間に、私は慌てて頭を下げた。
「あの……私、邪魔ですよね。リディアをお送りしただけなので、すぐ帰ります。では、失礼します」
くるりと背を向けた瞬間、リディアに腕をガシッと掴まれた。
「そんなことないわ。二人では食べきれないもの。私のお友達がいてもいいわよね?アルフレッド様?」
一見笑顔で問いかけているけど、完全にアルフレッドに圧をかけている。
(……だけど、ここは私だって譲れない)
「いや、さすがにお二人の時間に私が割り込むのは……」
「どうして? アイーダが同席したからって、私たちの婚約が解消されるわけでもないでしょう?」
(いや、そんな極論ある!?)
そのとき、ずっと静かに様子を見ていたアルフレッドが口を開いた。
「せっかく足を運んでくれた客人を、おもてなしもせずに帰すわけにもいかない。……嫌でなければ、職人が作ったスイーツを食べていってくれ」
(うぅ……ずるい言い方……)
そう言われてしまっては、「嫌です」なんて言えるはずもない。
一刻も早くこの場を離れたいのに、完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「……じゃあ、少しだけ。お邪魔します」
渋々ながら席についた私を見て、リディアは嬉しそうに微笑んでいる。
(多分これ、二人きりになるのが嫌だったのね……)
こうして、三人でのお茶会が始まった。
噴水の音、鳥のさえずり、風に揺れる花々のざわめきーー
すべてが優雅で、癒しの空間のはずなのに。
(……誰も喋らんのかい)
妙に静まり返るテーブル。
その沈黙に耐えきれず、私は震える声で口を開いた。
「きょ、今日の紅茶とってもいい香りですね……!どなたのセレクトなんでしょうか?」
精一杯笑顔を作って問いかけたつもりだったけど、声が少し裏返った気がする。
「王宮の専属茶師が調合したものだ。リディア王女の好みに合わせている」
アルフレッドがカップを置きながら、落ち着いた声で答える。
「す、すごい……!リディアは、こういう紅茶が好きなの?」
急いで話題をリディアに振ると、彼女は上品に微笑んだ。
「花の香りがするお茶が好きなの。アイーダも好き?」
「うん、もちろん!」
場を盛り上げようと、元気よく返事をした。
でも、私の努力も虚しく……また、沈黙。
「……さて、そろそろ帰ろうかしら」
ケーキを食べ終えたリディアが、椅子を引いて立ち上がる。
その動きにつられるように、私も慌てて立ちかけたその瞬間。
「アイーダは、ゆっくりしてて」
肩にそっと置かれた手。
リディアは微笑んだまま、私を椅子へと押し戻す。
(えっ……?)
状況を理解できずに固まっていると、リディアはふっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、あとはよろしくね」
その言葉だけを残して、リディアは軽い足取りで侍女を伴って去っていった。
(……婚約者とモブ娘を二人きりにするって、彼女はいったい何を考えているの?)
見送ったその背中が花壇の向こうに消えていく。
(ひょっとして、リディアはこの結婚に乗り気じゃないのかも?アルフレッドが誰かとくっついて、婚約破棄になればいいと思ってる……?)
真意はわからないけれど、彼女がアルフレッドと距離を縮める気がないのは確かだった。
(……まぁ、理由はどうあれ、私にとっては悪くない流れね)
でも、だからといって二人きりの空気が心地いいかというと、まったくそんなことはなかった。
目の前には、気品をまとったまま静かに紅茶を口にするアルフレッド。
そしてその向かいで、場違いな自分が一人取り残されている現実。
(……王族同士のお茶会って、実はそんなに喋らないものなのかな。むしろ、私が喋りすぎてた?)
遠慮して、しばらく黙ってみる。
けれど、食器が触れ合う音だけが淡々と響く空間にやっぱり耐えられなくなる。
「あっ、ケーキ美味しそう!いただいちゃいますね!」
自分でもテンションがおかしいのがわかる。
ごまかすようにフォークを取り、目の前の小ぶりなケーキをひとくち口に運ぶ。
苺の酸味と甘さのバランスが絶妙で、思わず顔がほころんだ。
「……おいしい」
自然と漏れた小さな呟きに、向かいに座るアルフレッドがふと視線を上げた。
「そうか。なら良かった」
紅茶を口に運びながら、彼は微笑んだ。
「……はい。紅茶もケーキも、本当に美味しいです」
そう口にした瞬間ーー
(……あれ……?)
自分の口から出た言葉に、握っていたフォークが落ちそうになる。
思わず手が緩み、慌ててフォークを持ち直す。
『紅茶もケーキも、本当に美味しいです』
そのフレーズが、頭の中で何度も繰り返される。
(うそ……今の……)
さっきまで感じていたケーキの甘さが、すっと消えていく。
(……ヒロインの、台詞だ……)
恐る恐るとアルフレッドに視線を向けると、彼は視線を紅茶に落としながら微笑んでいる。
伏し目がちな横顔、湯気に揺れる柔らかい表情。
(……アルフレッドの、イベントスチルだ……)
原作にもあった、お茶会イベント。
ヒロインが恋心に気付く大切なシーン。
でも、あの台詞を言ったのはリディアのはず。
(……なんで、私が……?)
次々と浮かんでくる違和感たちが、頭の中でひとつに繋がっていく。
妙に私に懐いてくるリディア。
原作とはまるで違う彼女の性格。
アルフレッドと噛み合わないやりとり。
そして何より、私と攻略キャラたちをくっつけようとする不可解な行動。
それって、もしかしてーー
(どこかで私が、ヒロインに成り代わってたから……?)
ーーカチャン!
その瞬間、手が小刻みに震え、思わずフォークを強く置いてしまった。
「も、申し訳ありません……!」
反射的に謝ったものの、指先の震えは止まらない。
(もしも私がアルフレッドを好きになってしまったら……その瞬間、世界は破滅へと向かってしまう……?)
どれだけ甘い時間を過ごしても、甘い言葉を向けられても。
私が彼を好きになることは許されない。
ーーそれが、この世界のルールだった。