二人をくっつければ、世界を救える?
最後の選択で“マーヴィンに手を伸ばす”か“アルフレッドを選ぶ”かーーその一手で、戦争が終わるか始まるかが決まる。
(絶対、リディアにはマーヴィンを選んでもらう)
そのために、私が動き出さなければ。
ーー魔法学園。
「アイーダ、選択授業同じよね?一緒に錬金術室に行きましょう」
移動のために席を立つと、リディアは当然のように私の腕を組んでくる。
彼女の髪が私の頬に触れていて、くすぐったいと感じるくらいの距離感。
(な、なんでこんなに距離近いの……!?)
変に心臓がバクバクして、手の置き場がわからない。
周囲の視線もなんだか刺さる気がする。
「こうして二人で歩くの、なんだか楽しいわね」
無邪気に笑うリディアに、私は引きつった笑みを返すことしかできなかった。
(この前はあんなに怒ってたのに……)
彼女と握手したとき、怒りの感情を感じた気がした。
(……あれは、気のせい……?それとも、私に対して怒ってるわけではないのかな……)
どちらにしても、やけに懐いてくるリディアに疑いの気持ちを持ってしまう。
もしかして、アイーダとして彼女に会ったことがあるんだろうか。
(……聞いてみようかな)
「ねぇ、リディア……?私たちって前に会ったことあったっけ?」
私の問いにリディアの歩く足が止まった。
(えっ、嘘。あるの……?)
それに釣られて私の足も止まる。
「……どうして、そんなことを聞くの?」
隣で見せるリディアの真剣な表情に、軽々しく聞いてはいけなかったのかもしれないと後悔した。
「ごめんなさい。リディアが私の名前を知ってるようだったから、ずっと気になってて」
私としても聞いておきたかった。
彼女が私の名前を知っているなんて、やっぱり不自然だから。
「……アイーダと私は、会ったことはないわ。私があなたの名前を知っていたのは、机の上にあったノートに名前が書いてあったからよ」
「ノート……?」
リディアの席は私の席よりも前にある。わざわざ振り返らないと、私の机の上なんて見えないはずなのに。
「教室に入った瞬間にね、あなたが目に入ったの」
「……私?」
「ええ。だって私とあなたって、なんだか似ているでしょう?」
「似てる……?リディアと私が?」
そんなことを言ったら、オルコットの人たちに怒られそう。
憧れのリディア王女が、こんな平民のモブ娘と似ているだなんて。
「……ええ。私、ずっと孤独だったの。オルコットでも友達なんていなかったから」
リディアは切なそうに笑った。
(あー、なるほど……)
外見ではなく友達がいなくて寂しそうなところが似ている、ということみたいだ。
(確かに、私も友達がいなくて寂しかったけど……)
リディアの場合、憧れが強すぎて友達になれないって人が大半な気もする。
……いや、きっとそうだ。私とは絶対に違う。
(でも……彼女が私と友達になりたいと思ってくれているのは、素直に嬉しい)
「ありがとう。私も、リディアと友達になりたいと思ってたから嬉しい」
少なくとも、最初は……と心の中で付け足したのはもちろん秘密だけど。
リディアは私の知っているヒロインとはちょっと違うけど、悪い人ではないのかもしれない。
(というか、ヒロインが悪だったら困る)
「ねぇ、アイーダ」
「……ん?」
「アイーダは好きな人とかいないの?」
リディアの唐突な質問に、心の中でむせ返った。
(こ、心の準備ができてないよ……!)
「……い、今はいないかな……リディアは?」
だけど、あっちから恋の話を振ってくれたのはありがたい。
こっちはこっちで、自然な流れでリディアの気持ちを聞き出せる。
「おかしなことを聞くのね、アイーダ。アルフレッド様以外に好きな人がいたら大変だわ」
(……それは、確かに……)
仮に彼女が密かに誰かを想っていたとしても、今の関係ではまだ教えてもらえないか。
「あ、マーヴィンがいるわ」
リディアの目線を辿っていくと、錬金術室の扉の小さい窓から椅子に座ってるマーヴィンの姿が見えた。
(マーヴィン……?この授業選択してたっけ……?)
まさか彼がこの授業を取っているなんて。普段は見かけないだけに、驚きを隠せない。
(……いや、でもこれはラッキーかも)
学年が違うマーヴィンと教室が被るのは、特別授業か選択授業だけだ。
こんな絶好のチャンスを逃してなるものかと急いで扉を開けた。
だけど……
「すごいわね。彼のテーブルだけびっしり埋まってる」
取り巻きが彼の周りをぐるりと囲んでいた。
一瞬勇気を出してそのテーブルの前に立とうかと思ったけど、彼女たちの視線が一斉にこちらを向いて、足が止まってしまう。
(うぅ……割って入る勇気なんて、私にはない)
諦めて違うテーブルに移動しようとしたそのとき、リディアが一歩前に出た。
そして、ためらいもなく彼に声をかけた。
「ねぇ、マーヴィン。一緒に座ってもいいかしら」
周囲の取り巻きがざわつく中、私は思わずリディアの横顔を見た。
(……もしかして、リディアはマーヴィンのこと、気になってたりする……?)
そんな考えがよぎって、急に胸がドキドキする。
取り巻きの中心にいたマーヴィンは、顔を上げるとすぐに口元を緩めた。
「いいよ。ここ座って」
マーヴィンも「待ってました」とでも言いたげな笑顔だった。
二人の様子を見て、席を空けようと取り巻きが慌てて動き出す。
(なんだ……二人ともちょっといい感じになってきてるじゃない)
ニヤつく顔を手で抑えていると、突然リディアが私の背中を押した。
「さ、アイーダ。座りましょう」
(えっ……!?)
気付いたら私はマーヴィンの隣に座らされていた。
目の前でリディアは当たり前のように、私の反対側に腰を下ろす。
(な、なんで……? どうしてこうなるの?)
動揺で完全に固まってしまった私を見て、マーヴィンはいつもの笑みを浮かべている。
(……違う。私じゃなくて)
混乱の渦に飲み込まれたまま何も言えずにいると、ふと周りから視線を感じた。
マーヴィンの取り巻きたちが彼の隣にいる私を見て、思いっきり顔を曇らせている。
(それは、そうだよね……リディアのために席を空けたのに、なんで私がマーヴィンの隣に……)
居心地の悪さで肩が縮こまる。今からでも立つべきか迷っていると、先生の声が教室に響いた。
「では、各グループに一つずつ薬草を配ります」
係の生徒が手早くテーブルごとに薬草を置いて回り始める。
あっという間に私たちのテーブルにも一束の薬草が置かれた。
(……ちょ、ちょっと待って。この席のまま授業始まっちゃうの?)
だけど、先生は作業スタートの合図を出してしまった。席はもう変えられない。
私は渋々薬草に手を伸ばしたけど、マーヴィンの手に触れそうになってビクッとする。
「どうしたの?」
「な、なんでもないです……!」
いや、本当はなんでもある。
ビックリするほど隣が近い。
(パーソナルスペースってものは彼には存在しないわけ?それとも、私の距離感が間違ってる?)
頭の中で色々と考えながら、触れそうな手に何度もドキッとする。
(……集中できない……!)
「では、後ろの棚から調合用の瓶を取ってきてください」
先生の声にマーヴィンがすっと立ち上がった。
その動作は素早くて無駄がなく、さすが王子の側近、と思わず拍手したくなる。
「僕が取ってくるよ」
マーヴィンは部屋の後ろにある棚へと向かい、何かの瓶を手に取っている。
ようやくこの距離から解放されて、私は小さく息をついた。
(……ふぅ。なんかもう隣にいるだけで気疲れが凄い……)
だけど、その安堵は一瞬で打ち砕かれた。
「よろしいかしら?」
目の前にすらりとした女性が立ちはだかる。
(で、出た……シルフィーナ!!)
シルフィーナ・ロザミアーー彼女は、ロザミア公爵家の長女で、マーヴィンの取り巻きのリーダーである。
雪のように白い肌、紫陽花のような紫の瞳。桜色のゆるく巻いた髪を、片側に垂らし金の髪飾りでまとめている。
(いや、実物……普通に可愛いんかい)
その愛らしい見た目とは裏腹に、性格は超がつくほど腹黒い。
原作でも、彼女には散々な目に遭わされたっけ。
「あなた、急に現れてマーヴィン様の隣を横取りするなんてどういう神経ですの?」
にっこりと笑いながら、言ってる内容は完全にケンカ腰。
(うわぁ、目をつけられるとややこしいかも……)
敵に回したくない気持ちが勝って、私はさっと立ち上がる。
「……あの、すぐ退きますから」
マーヴィンの隣になんの未練もない。
むしろ言ってくれて助かったとすら思ってる。
すぐに立ち上がって、席を離れようとしたそのとき。
「何故アイーダが退かないといけないのかしら?」
リディアがシルフィーナにはっきりと言い放った。
ガタッと立ち上がって、シルフィーナと向き合うリディア。
笑顔を浮かべてはいるけども、その目は完全に怒っている。
(……えっ、まさか、戦おうとしてる!?)
「リ、リディア……大丈夫!私は大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないわ、アイーダ。あなたマーヴィンの隣に座りたかったんでしょう?退く必要なんてないわ」
(……えっ?)
どうやら、リディアには私がマーヴィンの隣を狙ってるように見えていたらしい。
(だから……あのとき、率先して席を確保してくれたんだ)
そこに悪意がないのはわかってる。リディアは本気で、私の気持ちを代弁してるつもりなんだ。
「ありがとう、リディア。でも、私は窓際が良かっただけなの。前の方の窓際の席が空いてるし、そっちに移動しよう?」
リディアの気遣いはありがたいけれど、それ以上にこの空気を早くなんとかしたい。
リディアを連れて席を移動しようと、彼女の腕を引っ張った。
だけど、びくともしない。
(……え?)
「アイーダ、私は納得がいかないわ。この人たちに言われてあなたが席を退く意味がわからない」
(正義感が頑固……!!)
もはや彼女の気持ちをどう収めればいいのかわからず、呆然とその場に立ち尽くしていると、カタッと音がした。
瓶を手にしたマーヴィンが静かに席へと戻ってきた。
彼は無言で瓶を机に置くと、シルフィーナの方へ向き直る。
「シルフィーナ嬢、隣国の王女にまで敵意を向けるなんて、さすがに見苦しいよ。
君らしくない短慮な行動だな」
その言葉に、シルフィーナの顔がみるみる赤くなっていく。
目に涙を浮かべながら、彼女は何も言えず自分の席に戻っていった。
取り巻きたちも押し黙ったまま、気まずそうに着席する。
ひとまず騒動は収まったらしい。
気まずさを引きずりながら、私はそっとマーヴィンの隣の席へ戻った。
(……ここで、いいんだよね?)
何食わぬ顔で座るのも気まずいけど、かといって別の席に移動するのも許されない空気。
私が腰を下ろすのを見届けて、リディアも満足そうに自分の席へと着席した。
チラッと隣を見ると、マーヴィンは何も言わず、淡々と薬草を擦り潰している。
その静かな動作をぼんやり眺めながら、さっきのやりとりが頭の中で繰り返されていた。
『シルフィーナ嬢、隣国の王女にまで敵意を向けるなんて、さすがに見苦しいよ。
君らしくない短慮な行動だな』
(……マーヴィンのこの台詞、原作で聞いたことがある)
確か舞踏会でのイベントシーン。
シルフィーナがリディアに喧嘩を売って、それをマーヴィンが止めに入る……
そんな、華やかな会場での出来事のはずだったのに。
(イベントの場所が……変わった?)
だけど、それが何を意味するのかーーこの時の私には、まだわからなかった。