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その魔力、異常です

詐欺まがいの授業をする教師、それに従う生徒たち、平然と友を殺す男。

 敵だらけの学園の中で、私は大切な人を守ることを決意した。


(アルフレッドルートを回避して、戦争を止める)


 そう決意したのだけれど……


(なんで……?なんで思い出せないの?)


 バッドエンドでマーヴィンがアルフレッドを殺すことは思い出したけれど、やっぱりまだ戦争までのストーリーが思い出せない。


(婚約破棄させるだけで、戦争って止まるんだっけ……)


 物語を知っているというのが私の武器なはずなのに、これじゃ戦える気がしない。


(あぁ、どうすれば……)


 思わず頭を抱え込んだ。

 そんな私の様子を見て、攻略キャラの一人、エリオット・フランクリンが話しかけてきた。


「大丈夫か?体調が悪いなら、先生を呼ぶが」


 きっちりとセンターで分けられた、藍色の前髪。キリッと引き締まったまっすぐな目。

 その整った顔立ちには、優等生らしい上品さが漂んでいた。


「あっ、いえ……大丈夫です。ありがとうございます」


 私が答えると、「そうか」とエリオットは再び前を向いた。

 その様子にふと我に返り、今日は年に一回行われる魔力測定の日だったことを思い出す。


 ここは、魔力測定塔ーー通称マギア・タワー。

 高さ100メートル近くある白銀の尖塔。内部に広い測定室があり、そこで魔力の測定が行われる。


(だから、一つ上のエリオットがいるのね)


 進級したばかりのこの時期は、いろんな学年の人との関わりが多いみたい。 

 それなのに、一番関わりたいはずのリディアがまだオルコット王国から帰国してない。


(……ヒロインの不在期間長くない?ゲームの裏側って、こんな長い日常が送られてたの?)


 リディアがいないことにより、私の焦りがどんどん膨張していく。

 

「お前、魔法石何個売った?」


 横の列に並んでいる男子生徒の会話が聞こえてくる。


「俺まだ1個。お前は?」

「俺はもう10個も売ってるぜ!」

「すげーな。俺も頑張って売らないと」


 どの生徒を見ていても、相変わらずジェムの話。

 昨日よりは落ち着いてるけれど、それでもまだ洗脳魔法の効果は、色濃く残っているようだった。


 ふと、私の前に並んでいるエリオットに視線を向ける。


(エリオットは普通に接してくれてたけど、昨日の授業には出てたのかな……)


 さっきの彼を思い出しても、洗脳されている感じはなかった。

 もし出席していたなら、あの授業が変だと気付いたはず。


(……ちょっと、聞いてみようかな)


 まさか真面目なエリオットが、マーヴィンのように裏切ってくることはないだろう。そう思った私は、勇気を持ってエリオットに話しかける。

 エリオットは、私の声にゆっくりと振り向いた。


「あの……昨日の特別授業受けましたか?あの授業って、いつもあんな感じなのかなぁって思って」


 問いかけると、エリオットは難しい顔をする。そして「あれか」と意味深に呟いた。


(も……もしかして、エリオットもなんか引っかかってる……?)


 エリオットの反応に、私は急いで言葉を紡ぐ。


「そう、あれです!!おかしいですよね、あの仕組み!絶対何かあると思うんです!」


 あの授業に引っかかっていたのは私だけじゃない。嬉しくてついはしゃいでしまう。


「ああ。俺もそう思っていた」


(……エリオット……)


 私は彼のような人を待っていたのかもしれない。攻略キャラの一人が味方になってくれるなんて、こんなに心強いことはない。

 続けて、マーヴィンのことも聞こうと口を開いたそのときーー


「何を言っているのか、全くわからなかった」


 エリオットは堂々と言い切った。

 私の安堵が風に吹かれて消えていく。


「誰かが誰かに売るとか言ってたけど、意味不明だった。変な授業だなと、以前からずっと思っていた」


(ろ、論外だった……!!)


 私が勝手に期待していただけ。彼は何も悪くない。なのに、ちょっと味方に裏切られた気分になるのはなんでだろう。


(……エリオットって、ゲームじゃ知的キャラだったのに……なんで?)


 ゲームでの彼の姿を振り返った。

 攻略中は“姉の幽閉事件”の真っ只中でそれどころじゃなかったけど、思い返してみると彼はしきりに「リディアの言葉の意味がわからない」って言ってた。


 あれって、まさか……


(「リディアの心がわからない」って感情の話じゃなく、「単語の意味がわからない」ってことだった!?)


 つまりは、バーー(自主規制!!)


「……すみません。今の話、忘れてください」


 何だか余計に悩みが増えたような気がして、エリオットとの会話を切り上げた。

 その会話を聞いていたのか、前方から笑い声が聞こえた。


「エリオットに話しても無駄だよ。

こう見えて、エリオットはお(つむ)が弱いんだ。ねぇ、ルーク?」


 彼は、リアム・キャンベル。私の二つ上の先輩で、彼もまた攻略キャラクターの一人だ。


(……わぁ、お人形さんみたい……可愛い……!)


 紅茶色の大きい目、小ぶりな鼻と口。橙色のカールした髪が、彼が動くたびに空気をまとって揺れている。

 初めて近くで見た彼の姿は、人形のように愛らしい雰囲気だった。


「うん。エリオットは、毎回授業内容に引っかかって、それ以上進まないからね」


 リアムに話しかけられて、後ろを向くルークことーールーク・エヴァンス。彼もリアムと同じ歳だ。


 白銀にも見える淡い色合いのボブヘアが、爽やかに揺れている。表情や仕草も柔らかい彼は、話すだけで癒されるような雰囲気だった。


 エリオット・リアム・ルークーー学年が違うため普段の授業では会えなかった攻略キャラ三人が、目の前にいる。

 双フィアファンの私にとって、これ以上ない幸せだった。


「で?なんで君は洗脳されてないの?」


 いきなりリアムに問われて、空気が変わった。彼の目つきは鋭かった。


「え……?なんで、って……」


 言われてみれば確かにそうだった。

 昨日の特別授業で生徒たちが洗脳される中、私は洗脳されていなかった。


「……魔法石を、直接手に取ってないから……とか?」


 自分の中で思い当たる理由を探して説明してみる。だけど、その曖昧さが余計にリアムの不信感を煽ってしまったようだった。


「とか?って何?自分でもわかってないの?」


 いつもの可愛らしい彼とは違って、今のリアムの目は私の本音を暴こうと鋭く射抜いていた。


「あの空間自体が、洗脳魔法の結界で覆われてた。ジェムはただの媒介で、触れてなくても吸い込めば効くんだ」


 リアムはそう説明する。

 実際に私もあの部屋にいたからわかる。あの空間には確かに嫌な魔法が充満していた。


「あの……皆さんはなんで掛かってないんですか?」


 三人が掛からなかった理由がわかれば自ずと答えが出るような気がして、彼らに問いかけた。

 答えてくれたのは、ルークだった。


「あの洗脳魔法は、魔力の総量が一定以下の者にしか作用しない。そう考えてる」


 魔力の総量が一定以下の者に作用する、ということは、魔力量が多い人は掛からないということ。


(でも、モブの私にそんなに魔力があるとは思えないけど……)


 やっぱり彼らとは違う理由なのかもしれない、そう思っているとリアムが口を開く。


「教えちゃっていいわけ?ルーク。コイツも危険人物かもしれないよ」


(……え?私、敵認定されてる?)


 いきなり敵扱いされる空気に、冷や汗が滲み始める。

 

「……リアム。何でも疑えばいいってものじゃない。この子はあの授業がおかしいって思ってるから、エリオットに相談してるんでしょ。危険人物ではないと俺は思うよ」


 横からルークのフォローが入り、リアムの目が少しだけ柔らかさを取り戻す。


(ありがとう、癒しのルーク……)


 まだそんなに言葉を交わしてないのに、彼には包み込まれるようなあたたかさを感じた。


「でもさ、前まで洗脳魔法に掛かってたわけでしょ?それが今回になっていきなりおかしいって言い出してさ。そっちの方がよっぽどおかしいよ」


 リアムのその発言に一番驚いたのは、多分私だった。


(私が洗脳魔法に、掛かっていた……?)


「あの魔法に掛かってなかったのは、俺とルークとエリオットだけだった。あとは、たまに顔を出すマーヴィン。でも俺たちはみんな魔力テストで上位にいる。だから、アンタがあの洗脳魔法から抜け出せるわけがないんだ」


 リアムの目が、また鋭く光り始める。


 前回の特別授業は3ヶ月前だったと、男子生徒は言っていた。

 つまり、3ヶ月前に掛かっていた洗脳が今回は掛からなかった。

 私には考えられる要因が一つだけあった。


(私が……転生者になったから?)


 3ヶ月前、私は普通のアイーダだった。

 だけど、1ヶ月前ーー前世の記憶を持つ私が転生して、アイーダは転生者になった。


(……何かが関係しているのかもしれない)


 例えば、アイーダが知るはずのない情報が頭に入ってきたことで、脳が異常状態になって洗脳魔法が効かなくなった、とか。

 もしくは、そもそも転生者には効かないのかもしれない。


「まぁ、俺たちの考えが間違っていた可能性もある。もしかしたら魔力の総量は関係ないのかもしれない。また何かわかったことがあれば、情報共有をしよう」


 ルークの提案に、私は素直に頷いた。

 話がまとまりかけたそのとき、奥の方から先生の声が響く。


「ルーク・エヴァンスさん」


 いつの間にか順番が回ってきていた。ルークは小さく返事しながら、測定器の石柱の前へ向かう。


 余裕のある笑顔を浮かべて、彼は石柱に手を添えた。

 石柱に触れている手が光り、白い髪がふわっと揺れた。


 ぴぴっと測定音が鳴りルークの魔力数値が表示された。

 その数値を見て周囲の教師たちが小さくうなずき、何やらメモを取っている。


「次、エリオット・フランクリンさん」


 ピシッと姿勢を正して、一歩前へ出るエリオット。

 彼の測定が始まり無事に終わると、再び呼び声がかかる。


「次……リアム・キャンベルさん」


 軽く片手を挙げてリアムも前へ出る。

 どこか面倒くさそうな態度だったけど、魔力を測るその指先には力がこもっている。


 そして、全員が終わったところでーー


「では、次。アイーダ・モルガンさん」


 私の番が回ってくる。

 係の先生に促されて、私は測定器の台の前に立った。


(魔力って……どうやって出すんだろう)


 思わず後ろを振り返りそうになったけど、前からリアムたちの視線を感じてやめた。


(……さっきの3人みたいに、それっぽくやれば大丈夫よね)


 私はそっと石柱に手を添え、目を閉じて意識を集中させる。

 体の中心から、何かを押し出すようにグッと力を込めた。


ーーピシッ。


 小さくひび割れる音が石柱から聞こえた、気がした。

 その直後、測定器からピーピーピーとエラー音が鳴り響く。


(え……?)


 戸惑う私の目の前で、石柱の表面がバキバキと音を立てて崩れ始めた。

 反対側で計測を行っていたハーヴィー先生の動きが止まり、即座に振り返る。


「わぁっ……!!」

「キャー!!!」


 大きな柱の瓦礫が生徒たちを襲う。


「……っ!」


 ハーヴィー先生が空中に結界を張り、なんとか生徒たちは無事だった。


 しかし、私の心は穏やかではなかった。


(……もし、破片が誰かに当たっていたら……)


 私のせいで、誰かが傷付いていたかもしれない。

 当たりどころが悪ければ、命を奪っていたかもしれない。


 守ろうとしていたこの世界で、私が誰かを殺してしまっていたら……そう考えると足がすくんで動けなかった。


 そんな私に向けられている無数の冷たい視線。

 その中には、リアムやルーク、エリオットの姿もあった。


(……そんな目で、見ないで……)


 大好きだったはずのゲームの世界で、自分が異物として扱われている。

 そんな視線に晒されながら、手の震えが止まらなかった。


「はい、皆さん。落ち着いてください」


 ハーヴィー先生の穏やかな声と共に、手が叩かれる音が講堂に響く。

 私に集中していた視線が一斉に先生へと向けられた。


「石柱が壊れたのは、ただの劣化です。これまでの皆さんの魔力が蓄積された結果、たまたま彼女の順番で壊れただけ。だから彼女を責めないように」


 その言葉に場の空気が緩んだ。

 笑い声がちらほらと上がり、何事もなかったかのように話題がすり替えられていく。

 先生の気遣いに、生徒だけではなく私も少しほっとした。


(……たまたま壊れただけ。そうだよね、先生がそう言ってるんだから)


 自分に言い聞かせながら視線を上げると、リアムだけはまだ私をじっと見ていた。

 先生の言葉に納得していないような顔をしている。


「行くよ、リアム」


 ルークに呼ばれて、リアムはしぶしぶその場を離れていった。

 背を向けるギリギリまで、彼は私から目を離さなかった。


(……リアムは、私を疑ってる……)


 攻略キャラたちに敵対視されるなんて望んだ展開じゃない。

 肩を落としていると、ハーヴィー先生が静かに歩み寄ってきた。


「大丈夫ですか?アイーダ。怪我はありませんか?」


 顔色を確かめるように、私の顔を覗くハーヴィー先生。

 本名はコリン・ハーヴィー。年齢は28歳。

 白髪の長い髪をゆるくひとつに結び片眼鏡をかけたその姿は、どこか現実味がなく浮世離れして見える。

 彼は魔法学園の教師で、全てのルートをクリアすると出てくる双フィアの隠し攻略キャラクターでもある。


「私は大丈夫です。みんなを助けてくれて、ありがとうございました」


 頭を下げると、ハーヴィー先生は柔らかく微笑んだ。

 その優しい表情に、ほっと胸が温かくなる……はずだった。


「いいえ。生徒を助けるのが、教師の役目ですから」


 模範解答のような返答に、教師の鑑だと感心したくなる。

 ……だけど。


(……胸が、ざわざわする……)


 安心するどころか心が落ち着かない。

 ハーヴィー先生の目を見ていると、理由もなく心臓がドクンと音を立てる。


「……あ、あの……失礼します」


 何となく居心地が悪くて、軽く頭を下げてその場を離れようとした。

 ハーヴィー先生に背を向け、一歩踏み出したそのとき。


「記憶は……戻りましたか?」


 背後から静かに投げかけられたその声に、足が止まる。


(……記憶……?)


 振り返ったときにはもうハーヴィー先生の姿はなかった。

 廊下の先に、消えかけた足音だけが残っていた。

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