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信じたはずの道の途中で

【マーヴィン side】


 図書室の扉が開いた。


 僕は、本棚の陰に身を隠し気配を消す。

 アイーダは一歩だけ室内に足を踏み入れたものの、それ以上は進まずに諦めて出ていった。


 彼女がこの空間に長くいられるはずがない。そう思って、僕はここを選んだ。


(……なぜ、あの子は僕を探しているんだろう)


 彼女は魔道具屋の娘で、目立たず感情の起伏も少ないーー周囲と距離を置くような、静かな少女だったはずだ。


 それが今は、まるで何かに取り憑かれているかのように、僕を 執拗(しつよう)に追いかけてくる。

 以前の彼女からは考えられない変化だ。


 僕は周囲の様子を(うかが)いながら、扉の奥にある棚へと足を進めた。


(……ここか。昨日、彼女が襲われた場所は)


 歴史書や、古い記録書が並ぶ棚の前。

 彼女は、この国の歴史について調べていたらしい。


(この国の歴史を……?そんなもの、彼女が気にする理由はないはずなのに)


 記録書にそっと手を触れたところで、僕は自分の役割を思い出す。

 ……そうだ。それよりも先に、やらなければならないことがある。


「……ふぅ」


 小さく息を吐くと、ポケットからガーゼを取り出した。


(「念のため、痕跡が残っていないか確認しろ」だなんて……まったく、あの人も人使いが荒い)


 辺りを見回すと、確かにところどころに小さな血飛沫が残っていた。

 聖水をガーゼに染み込ませ、それを静かに拭い取っていく。


(……もう、何度目だろう。こうして後始末をするのは)


 ハーヴィーの「研究」を手伝うことにも、もう慣れてしまった。

 そのたびに罪を重ねていくことにも、以前ほどの抵抗は感じなくなっている。


 なのにーー


『……人の命を、なんだと思ってるの?』


 彼女の言葉が、頭にこびりついて離れない。


 殺したのは僕じゃない。

 けれど、彼を処理するようハーヴィーに促したのは、間違いなく僕だ。


 だって……パーナー先生は、確実にアイーダを消しに来ていたから。


(僕が保健室に入ったとき、部屋の空気は異常なほど薄かった)


 おそらく、酸素の薄いところに閉じこめて、アイーダの息の根を止めるつもりだったんだろう。


 これまで僕は、ずっとハーヴィーの指示に従って動いてきた。

 彼女が生きようと死のうと、僕には関係ない。

 そう思って、彼女に接してきた。


 だけどーーアイーダが保健室に閉じ込められたと知ったとき、どうしようもなく焦った。

 彼女を死なせてはいけない、そんな感情になった。


 僕が保健室に辿り着いたとき、既に扉には無数の(つた)が絡みついていた。

 それを、扉ごと凍らして砕くには時間がかかる。

 だから僕は、監視カメラの死角に身を潜めて、木を燃やした。


(……けれど、命を狙われたというのに、彼女は怯えていなかった)


 恐怖も、動揺も見せなかった。

 それどころか、蔦まみれになった保健室の後始末を心配していた。

 その落ち着きぶりが、まるでこの出来事が起こると知っていたかのように見えた。


(……まさか。未来を予測できるわけでもないのに)


 そんな馬鹿げた考えが浮かぶのは、彼女があまりにも多くのことを知りすぎているからだ。


 例えば、僕たちが王族を 殲滅(せんめつ)するために戦争を企てていることさえも。


(母さんを、助けようともしなかった……あの男の血を、断つために)


 指先に力を込めると、小さな青白い炎が静かに灯った。

 その火にガーゼを近づけると、布は音もなく燃え、跡形もなく消えた。


 王族だけが使える特別な魔法。

 

 というのも、昔から炎魔法は制御が難しく、術者が自らの火に巻き込まれて命を落とす事故が相次いでいた。

 それ以来、人々は炎魔法を 忌避(きひ)するようになり、使い手は徐々に減っていった。

 

だから、火そのものが希少なのではなく、それを扱える魔法スキルを持つ者が極端に少ないというだけのこと。

 中でも、高濃度の魔力を込めた青い炎を出せる者となると、王族の中でも数えられるほどしかいない。


(それが……僕には、できる)


 母さんも魔法の扱いには長けていた。

 料理の際に、小さな火を自在に灯せるくらいには、火を使いこなしていた。


 だけど、この力は違う。

 間違いなく、あの憎き王ーーマグラウドから受け継いだ力だ。


 幸か不幸か手に入れてしまった、この力。

 僕はそれを、母さんを救うために使うんだと、ずっと信じてきた。

 そう信じなければ、罪を重ねる自分を正当化できなかったから。


 ーーだけど。


『あなたが一番、命の重さを知ってるはずでしょう?』


 彼女は僕にそう言った。

 まるで、僕の過去を知っているかのように。


 ハーヴィーの話では、彼女は確かに研究室で母さんを見ている。

 でも……どうしてそれが、僕の母親だと気づいたんだ?

 顔が似ていたから?

 いや、それだけで、あの装置に入れられていた理由まで察せるものなのか。


 何度考えても、わからない。


 ただ、まっすぐに自分の正義を訴えてくるあの目がーー心底、鬱陶しいと思った。


(あの子は知らないんだ。誰かの命を背負いながら、選ぶことすら許されない人生を)


 綺麗事だけで生きてこられた人間に、僕の苦しみなんてわかるはずがない。

 彼女が何を言おうと関係ない。僕は、僕の信じた道を進むだけだ。


(……僕は、彼女の言葉に惑わされたりしない)


 そう自分に言い聞かせながら、彼女の気配が完全に消えたのを確認して、図書室を出た。


(もうこれ以上、彼女には近づくべきじゃないな)


 彼女の言葉ひとつで、こんなにも思考が持っていかれるなんて。

 深みに(はま)ってしまっては大変だ。


(ただ遠くから監視していればいい。必要以上に近づく必要はない)


 そう心に決めて、僕は廊下を歩き出す。


 心の奥に芽生え始めた迷いを、誤魔化すかのようにーー

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