先代国王マグラウドの罪
マーヴィンと別れたあと、私は一人屋上にいた。
昂った気持ちを落ち着かせようと、ベンチに腰を下ろして空を見上げている。
(ーーこうして冷静になってくると)
……だいぶ、やばいことを言ってしまった気がする。
『あなたが一番、命の重さを知ってるはずでしょう?』
まるで、私がマーヴィンの過去を知っているような口ぶりだった。
彼も、その違和感に気づいたはずだ。
(……やってしまった)
あの瞬間、どうしても許せなかった。
母の命を救おうとしていた彼が、命を軽んじる側に立っているなんてーー悔しくてたまらなかった。
「……はぁ……」
自然と口から溜息が漏れる。
さっきのやりとりに、選択肢はあったのか。あんなふうに詰め寄って、本当に良かったのか。
考えれば考えるほど、不安ばかりが膨らんでいく。
(なんか、色々間違えてる気がする……どうしよう……)
そんな気持ちで、胸が押しつぶされそうだ。
(それに……)
『パーナー先生だけじゃない。……君は、この学園の教師全員に狙われてる』
あの言葉の意味も、まだわからない。
なぜ私が教師たちに命を狙われなければならないのかーーまったく身に覚えがなかった。
(魔力測定のとき、石柱を壊したから? でも、それだけで命を狙われるなんて……)
ゲームにはなかった展開。
これは、物語の裏側で続いていた、隠された現実なのだろうか。
(でも……マーヴィンの言ってることだし、本当だとは限らない。私を脅してるだけって可能性もある)
とりあえず、今一番の問題はーー
生徒会で、マーヴィンとまた顔を合わせなければいけないということ。
(どんな顔して会えばいいのかわからない……)
そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、時間は過ぎ去っていった。
ーーそして、あっという間に放課後。
生徒会室の前で、私は立ち止まった。
胸の奥が重たくなって、ドアノブに手をかけられない。
(マーヴィンがいたら……どんな顔して会えばいいの?)
何事もなかったように振る舞うべきか……それとも、素直に「ごめんなさい」と謝るべきか。
(……まさか、そんなことでルートが変わったりしないよね……?)
「……何してんの?」
後ろから声をかけられ、ビクッと肩が跳ねる。
振り返ると、リアムが不審者を見るような目でこっちを見ていた。
(……ビックリした……)
立っていたのがリアムだったことに、ひとまず胸を撫で下ろす。
「……あ、その……誰かきてるかなぁーって思って」
ぎこちない笑みを浮かべながらそう言うと、リアムはため息混じりに私をかわして扉を開けた。
開いた扉の先を恐る恐る覗くとーーそこにいたのは、ルークだけだった。
「……今日は俺たちだけだよ。アルは王家主催の晩餐会に出てるし、マーヴィンも付き添ってるらしいから」
リアムのその言葉に、思わずホッと安堵の息を漏らす。
(……なんだ、良かった)
二人が不在とわかり、私はようやく生徒会室へと足を踏み入れた。
扉を閉めたその背後で、ルークが呟く。
「最近、アルの外交多いね」
その呟きに応えるように、リアムがソファへ腰を下ろしながら言った。
「隣国との鎖国が解けたばかりだからね。今までほとんど関わりがなかった国とも、交流が増えてるらしいよ」
リディアの祖国・オルコットと、私たちが暮らすローハン王国は、百年もの間、国交を断っていた。
その長い鎖国状態が、ようやく最近になって解かれたのだ。
「それにしても……国のために結婚させられるなんて、アルもリディア王女も気の毒だよね」
リアムが、同情を込めた口調で言う。
彼の言う通り、アルフレッドとリディアの婚約は、二つの国の絆を強めるために結ばれた政略結婚だ。
「……でも、それって俺たちにも無関係じゃないよ」
そう淡々と返すルーク。
王族に限らず、貴族である自分たちにも、いずれ似たような運命が降りかかる。彼は、それを当たり前のように受け止めているようだった。
そんなルークの言葉に、リアムは「まあね」とだけ返した。
(……私、この話の中にいていいのかな)
政略結婚なんて、庶民の自分には縁のない話。
そんな私が、彼らと同じ目線で語ることなんてできるわけがない。
場違いな自分を誤魔化すように、私は静かに棚へと向かい、置かれていたファイルの整理を始めた。
「……でもさ、なんで今になって鎖国を解いたんだろう」
ふと、ルークがリアムに問いかける。
「単純に金欠なんじゃない? 鎖国をやめれば通行税が取れるし、観光客も増える。このまま国境を封鎖しとくより、開いた方がメリットあるって判断したんでしょ。ライナルト王がさ」
ライナルト王ーー正式には、ライナルト・ローハン。アルフレッドの父であり、ローハン王国の国王の名だ。
ゲームではリディアのナレーションで語られていたその説明を、リアムがあっさりと言ってのけた。
「今のローハンには、お金がないからね。……先代のせいで」
その言葉に、ルークはわずかに目を伏せた。
きっと、記憶の中にある苦い記憶がよみがえっているんだろう。
(ここで明かされるんだ……【マグラウドの罪】が)
ーー先代国王、マグラウド・ローハン。
アルフレッドの祖父にあたるその男は、まるで絵本に出てくる暴君そのものだった。
しかし、王妃が健在だった頃は、賢い彼女が彼を諌めていた。
けれど、第一王子ライナルトを出産した直後に王妃は命を落とし、王は彼女を失ったことで理性のすべてを失った。
そこから、堰を切ったように始まったのは、欲望と暴力にまみれた暴政だった。
金で飾られた玉座に腰掛け、ひと月に十回以上も宴を開かせた。
料理はすべて他国からの高級品、酒は百年物。
異国の楽団を呼び寄せて演奏させ、舞い踊る側女たちには宝石を惜しみなく与えた。
それだけじゃない。
気に入った女にはドレスや宝石を贈って愛人にし、断る者には「権力」という暴力が振るわれた。
極めつけは、王宮の敷地内に私設の劇場と闘技場を建てさせたこと。
気まぐれで舞台を開かせ、気に入らなければ役者を国外追放。
闘技場では、他国から買い集めた魔獣を使って、民間人に殺し合いをさせたとか。
魔獣と剣を交えさせられる、命懸けの見世物ーーそれを王と取り巻きは、酒を片手に笑いながら眺めていた。
そんな馬鹿げた贅沢のすべてが、国庫から支払われていたというのだから、もはや笑い話にもならない。
民が飢えても、街が荒れても、彼は「王の暮らしが貧しくてどうする」と豪語していた。
その結果、国民は疲弊し、飢え死にする者も多くいた。
怒りを口にした貴族は粛清され、逆らえば命すら危うい。
当時のローハン王国は、まさにマグラウドという男の手で築かれた独裁国家だった。
このアルフレッド&マーヴィンルート第一章『マグラウドの罪』ーー
かつてゲーム内でナレーションとして流れていた重すぎる歴史を、今、リアムとルークの口から現実として聞かされている。
(……これ、本当にこの世界であったことなんだ……)
思わず背中がゾクッとした。
「……あんまり、亡くなった人のことを悪く言うのは好きじゃないんだけど……マグラウド王だけは、死んでくれてよかったって……心から思ってる」
穏やかなルークが、珍しく怒りをあらわにする。
「……本当にね。確か病死だったっけ?でも案外、城の中の誰かに殺されてたりして」
リアムが冗談めかして放った一言。
(それが……まさかの正解なんだよなぁ)
マグラウド王の暴政によって国庫が尽き、反乱の火種がくすぶり始めた頃。
王宮内で一人の男が立ち上がった。
――その名は、ライナルト・ローハン。
マグラウドの実の息子にして、正統なる王位継承者。
彼は腐敗しきった王宮を粛清し、父を失脚させ……その命をも、自らの手で奪った。
(もちろん、そんな情報はごく一部の王族しか知らない極秘中の極秘だけど)
たまたま放った冗談で真実を言い当ててしまうなんて、リアムって本当に恐ろしい。
その後、ライナルトは即位し、荒れ果てた国内の立て直しに尽力した。
贅沢を禁じ、重税を撤廃し、民の声に耳を傾けるーー
その誠実な統治は、やがて「正義の王」と呼ばれるほどにまで国民から支持を得るようになった。
だがその即位の裏では、王宮内に渦巻く血の争いがあった。
かつてマグラウド王が寵愛した数多の愛人たち。
その間に生まれた子供たちは、彼の死をきっかけに勃発した玉座を巡る暗闘に巻き込まれ、一人、また一人と姿を消していった。
中には、夜襲や毒殺、事故に見せかけた殺害などもあったと言われている。
そんな闇にまみれた王宮の混乱を、唯一、圧倒的な力と血筋で生き延びたのがライナルトだった。
正妃の子である彼が正式に即位したことで、王位争いは終息を迎える。
しかし、その混乱のさなかーー
一人だけ、王宮の外で生まれ、存在すら知られぬまま育った子供がいた。
庶民の女との間に生まれた、隠された王の子
ーーそれが、マーヴィンだった。