このヒロイン、何かおかしい
初めまして、れもねーどです。
よろしくお願いいたします。
※この話には戦争・流血描写があります
箱推ししてる乙女ゲーム「双王の婚約者」ーー略して「双フィア」の世界に転生した。
アイーダ・モルガン、16歳。壊れた魔道具を修理する小さな店の娘だ。
原作では、名前もセリフもビジュアルもない。存在していたのかわからないくらいモブ中のモブである。
「おはよう」
登園する生徒たちが、爽やかに挨拶を交わしている。
ここは、この国唯一の教育機関「ドラン魔法学園」。貴族も庶民も、魔力さえあれば通える。ヒロインと攻略キャラたちの出会いの舞台だ。
(うぅ……やっぱり輪に入りにくいな)
転生して1ヶ月、未だに友達はいない。というか、既にグループができていてどこにも入れない。
どうやら私が来る前から、このアイーダという子は一人ぼっちだったらしい。
用事がないと誰も話しかけてくれなくて、正直とても寂しい。
「今日は転校生を紹介します」
先生の言葉に教室にいる生徒たちがざわつく。
転生して1ヶ月、ここでいよいよヒロインの登場だ。
彼女が転校してきたということは、ここから物語が始まるということ。
(……楽しみだな)
これから恋が始まるんだな、なんて呑気なことを考えていた。
この始まりが、どれだけ運命を狂わせていくのかーー知らないままに。
「初めまして、隣国のオルコット王国から来ました。リディア・オルコットです」
生で見るヒロインは、別格に可愛かった。白い肌に大きな瞳。彼女が歩くたびに銀色の長い髪がひらひらと靡いている。
転校初日だというのに、それを感じさせない堂々とした姿は、さすがは王女様だと感心する。
(……友達に、なりたいなぁ)
窓に映る自分の姿が目に入った。短く切られた実用的な真紅色の髪。
これはこれで気に入ってはいるけど、彼女の隣には立てないような気がして落ち込む。
「きゃーっ!!アルフレッド様よ!!」
悲鳴にも似た声が廊下に響いた。気になって覗いてみると、護衛を連れて歩くアルフレッドの姿が見えた。
ローハン王国の第一王子ーーアルフレッド・ローハン。
18歳の彼は、私と歳が二つしか変わらないと言うのに、その貫禄は既に国を担う者、といった感じだ。
(……まさか。リディアに会いに?)
それしか考えられない。
王子であるアルフレッドは、すでに人並み以上の魔力知識を持ち、高等魔法も自在に扱える。
「社会勉強だ」と国王様に無理やり入園させられただけで、本来この学園で学ぶ必要などないのだ。
だから彼は、授業には出ずにいつも生徒会室にこもって仕事をしている。
そんなアルフレッドが、2年の教室に姿を現した。
それはつまり、婚約者であるヒロインを迎えにきたということ。
ガラッと教室の扉を開けるアルフレッド。教室という空間に、場違いなほどの気品と静けさが満ちる。
切れ長の目、筋の通った鼻、薄く整った唇。そのどれもが国宝級に美しい。
彼が持っている凄まじいオーラに、私たちは皆、言葉を発せないでいた。
「ようこそ魔法学園へ。リディア様、校内をご案内いたします」
隣国の王女に敬意を払いながら、アルフレッドは一礼する。そんなアルフレッドに動じる素振りもなく、リディアは彼の後ろについていった。
(……お似合いだな)
モブとして、遠くから推しキャラを見られるだけでも十分幸せなこと。それはわかっている。わかっているのに……すごく複雑な気持ちになる。
自分が彼を一番知ってるなんて、そんなものは自惚れだ。ゲームの中で甘い言葉をくれた彼は幻で、現実の彼にはこんなに可愛い婚約者がいる。
(……二人が結婚すれば、こんな気持ちはきっと消える。そうすれば、ちゃんと二人を祝福できる)
複雑な気持ちを消せないまま、二人のやりとりを見ていた。
そして目の前を二人が通り過ぎようとしたそのとき。
(え……)
一瞬だけど、アルフレッドと目が合った気がした。
深い青色の瞳がこちらを向いていて、ドキッとしたのは束の間のことだった。
次の瞬間には、頭の中にある映像が浮かんでいた。
空に広がる黒々とした煙、崩れかけた城壁、焼け焦げた旗。そこに倒れているーー血に濡れたアルフレッド。
(……また、これ……?)
そのあと、すぐに映像は消え去った。
けれど、私の心の中には何かが引っ掛かっていた。
(……これ、最近夢でよく見る……)
ここ1週間、毎日夢に出てくる映像と同じだった。
この映像が何なのか、私にはわからない。
だけど、うまく言葉にできないけど、忘れてはいけないことを忘れているような……そんなモヤモヤした気持ちになる。
(……ちょっと、風に当たってこよう)
スッキリしない気持ちを落ち着けるために、私は中庭に向かって歩き出した。
* * *
「こんなの、形だけの案内でしょ?」
中庭に足を踏み入れた瞬間、女性の声がした。
その声はちょっと怒気を含んでいて、カップルが喧嘩でもしているのかと思って、思わず柱に隠れた。
「あまりにもそちらが話を聞かないものでな。これ以上の案内は無駄だと判断し、中断したまでだ」
聞こえてきた男性の声、その声にはすごく聞き覚えがあった。
(……アルフレッドの声。ということは、さっきの女性の声はリディア……?)
柱から少しだけ顔を出し、二人の姿を覗いた。
予想通りそこに立っていたのはアルフレッドとリディアだった。
「婚約者に対して無駄って、よく言えたものね。案内を中断するかどうかを決めるのはあなたじゃない。私だわ」
リディアは腕を組み、鋭い目でアルフレッドを睨みつけている。
(ちょっと待って。リディアってこんな性格だった……?)
彼女は次期女王として、オルコット王国では女性の誰もが憧れる存在だった。
穏やかで、優しくて、全てを包み込んでくれるような器の大きさ。
それが……
(……全然、違う……)
私のリディア像が、音を立てて崩れていく。
その動揺と共に、私の周りの空気が揺れたようだった。気が付けば、アルフレッドが鋭い目をこちらに向けている。
(しまった……魔力がブレた!?)
いつの間にかリディアもこっちを見ている。
二人の目線に囚われて、逃げることはできないと悟った。
恐る恐る柱から出ると、二人は私を見て驚いていた。
「一体何者だ?ここまで綺麗に気配を消すとは……」
何故か感心したような声で話しかけてくるアルフレッド。会話を盗み聞きしていたことには一切触れず、私の影の薄さの方に注目している。
多分、本当に気配がなかったんだろう……私の魔力が小さすぎて。
(……なんでだろう。褒められているのに全然嬉しくない……)
「ちょうどよかったわ。私、この子に校内を案内してもらおうかしら」
リディアはガシッと私の腕を掴んだ。一瞬冗談かと思ったけれど、彼女の視線は真っ直ぐに私を向いている。
(……ほ、本気……?)
思わずアルフレッドに助けを求めた。
「無理です」「案内なんてできません」「助けてください」そう目で必死に訴えたつもりだったのに、彼はほんの一瞬だけ私に視線を向けて、すぐに逸らした。
「……案内を頼む。すまない」
そう告げると、アルフレッドは踵を返し迷いなく歩き出した。
「すまない」の一言で、全部こっちに押しつけてきたのがわかる。
お姫様の相手という大変な役割を、私に丸投げしてきたのだ。
遠ざかっていく背中を見つめながら、思わず叫びたくなる。
(……薄情者……!)
けれど、もちろんそんなことを言えるわけもなく。
仕方なく目の前で圧を放っているリディアと向き合った。
(言葉選びをミスれば、どんな罰が下るか……あんまり考えたくない……)
できるだけ失礼のないように、私はゆっくりと口を開いた。
「よろしくお願いします……リディア様」
リディアはわずかに目を細め、私をじっと見つめた。
一瞬、「やってしまった」と冷や汗をかいたけれど、彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「同じ学生なんだから、様はいらないわ。敬語もやめて」
その予想外の提案に、彼女が何を考えているのか私にはもうわからなかった。
いや、何を考えていようとも関係ない。モブ平民の私が隣国のお姫様の指示を断ることなんてできないのだ。
「……わかった。リディア」
名前を呼ぶと、リディアはゆっくりと微笑んだ。
絵に描いたような美しい笑顔。
でも、その完璧さがどこか人間味を欠いているように見えた。
(……なんだろう、この違和感)
何かが引っかかる。
これまで彼女が見せていた笑顔を頭の中に浮かべて、私は気付いてしまった。
(……全部、同じだ……)
口の角度も目元の動きも。
普通の人間なら、場面が違えば多少なりとも笑い方は変わるはず。けれど、彼女が見せる笑顔は全く同じだった。
まるでーー「こう笑いなさい」と、誰かに指導されているかのように。
(……もしかするとリディアは……ヒロインを、演じている……?)
戸惑う私に、彼女は静かに手を差し出した。細く白く美しいその指先は、握手を求めているのだとすぐにわかった。
(怖い……けど、断れない……)
迷いを捨て切ることができないままゆっくりと手を差し出すと、リディアの手が飛び込んできた。
その勢いのまま、私の手を逃がさないようにぎゅっと掴み取る。
(……な、何……?すごい力……)
握手と言うにはあまりにも強引だった。
その手に込められている力に、いったいどんな意味があるというのか。
彼女に掴まれた手をじっと見て考えていた。
「よろしくね。……アイーダ」
名前を呼ばれた瞬間、息が止まりそうだった。
勢いよく上げた視線の先に、美しく微笑んでいた彼女の姿はもうない。
無言のまま、ただ私を見つめている。
(私は……リディアに名乗った覚えなんてない)
それなのに、彼女は当然のように私の名前を口にした。
得体の知れない恐怖に、体を震わせていたそのとき。
ーーズキンッと、激しい頭痛が私を襲った。
その頭痛と共に、目の前が焼けるように白く染まっていく。
そこに、ある二つの人影が浮かび上がった。
アルフレッドと、その手を必死に握りしめている……ヒロインの私。
(これは……ゲームの中……?)
空に広がる黒々とした煙、崩れかけた城壁、焼け焦げた旗。
さっき思い出していた光景と、まったく一緒だった。
(どういうこと……?夢は、ゲームの記憶だった……?)
『そんな、アルフレッド様……』
アルフレッドの胸には、氷魔法で貫かれた跡があった。そこから大量の血が溢れ出ている。
もう助からない。頭のどこかでそう分かっているはずなのに、居ても立っても居られなかった。
『ア、アルフレッド様……!!待ってください、今助けを……!』
慌てて周りを見渡す。けれど、生きている者は、一人としていなかった。
荒れ果てた地に、兵士たちの亡骸が、山のように積み重なっている。
『そんな……誰か……』
立ち上がろうとする私の手を、彼は微かな力で握り返した。
「もういい」と、言っているようだった。
助けはいらない。自分の終わりを、もうわかっている。そんな、静かな彼の意思が伝わってきて……涙が止まらなかった。
助けを呼ぶことも彼を救うことも叶わず、私はただ彼の手を握りしめていた。
そして、ついにーー彼の瞼は、完全に落ちてしまった。
『アルフレッド、様……?』
愛を誓い合った婚約者。その最後は、あまりにも非情で、残酷だった。
こんな終わり方しかなかったのか、どこから間違っていたのか、何度考えても答えが出ない。
どうしようもない絶望と、胸を引き裂くような悲しみの中で、私はぽつりと呟いた。
ーー戦争さえ、起きなければ。
その言葉と同時に、視界が歪んでいく。
現実に戻った私は、立っていられず地面に手をついた。額にはじっとりと汗が滲んでいる。
(……戦争……?)
知らないままでいたかった。
何も知らないまま、この世界を楽しんでいたかった。
だけど……思い出してしまった。
何度も夢で見ていた彼の死。
そして、さっき見たゲームのワンシーン。
これは、アルフレッドルートの結末。
そしてーーこの世界に訪れるであろう最悪の未来だった。
読んでいただき、ありがとうございました。
頑張って更新していきます。